761:残骸
「……何か、祭りでもあったっけか?」
壁に囲まれた街の入口、人々の通行を制限する門から行列が続いている。
いや、行列が出来ている事はそこまで珍しい事でも無い。
セスの街は一応規模が大きい。
街から街を巡っている商人集団もいるので、そう言う集団が来ると定期的に行列は出来ている。
ただ、今回列に並んでいる人間を見ると、どうもいつもの商人達の集団では無い。
大体がそれなりに身なりが整っていて大きな荷物を背負っている、言ってしまえば元の世界の観光客の様な見た目に感じられる。
「あの街、別に観光資源のあるような所じゃなかったよな?」
<冒険者の団体……と言う訳でも無さそうですね。
本当に魔物の集団移動の話があったとしたら別ですが、あれはフェイクでした。
あの街にも観光的なスポットはあるにはありますが、ここまで人気になる様な場所では無かったかと記録しています。>
不思議に思った俺は、フードを目深に被ると行列の最後尾に近付き、退屈そうに順番を待っているちょび髭の男に声をかける。
「あの、この街で何かあったんですか?」
「ん?何だよお前さん、何も知らずにこの街に来たのか?」
ちょび髭の男は俺を見て不審そうにしている。
俺は慌てて、自分がこの街の冒険者で、ここしばらく迷宮に籠もっていたから世情に疎くなっていると説明する。
男は少し胡散臭そうな表情をしていたが、値踏みするように俺を見、首から下げている冒険者証と腰から吊るしている剣とメイスに目が行ったと思うと表情が明るくなった。
どうやら、俺の話を本当だと思ったらしい。
「あぁ、そりゃご苦労さんだね。
そうか、冒険者さんだとそういう事もあるのか。
……いやね、最近この街の近くで魔女が出たらしくてさ、魔女裁判で有罪になった魔女が晒されてるらしいってんで、魔女ってのはどんなもんかと見物に来たのさ。」
話を聞いて、血の気が引く。
いや、怒りで頭に血が登ったのだろうか?
どちらでも良い。
とにかく、一気に最悪の気分にさせられた。
ただ、目の前のこのちょび髭の男にそれをぶつけても意味が無い。
「へ、へぇ、そんな事があったんですか。
そりゃ怖い。」
俺は動揺を表に出さないようにしながら、適当に相槌を打つ。
<勢大、今の話が本当だとすると、勢大はこのまま列に並び街に入ろうとするべきでは無いと予測します。
一旦、適当な理由をつけてここから離れましょう。>
“その方が良さそうだ”と感じながら、ちょび髭の男に意識を戻す。
ちょび髭の男は自分がここに観光に来た意味を誰かに話したかったのだろう。
俺の反応が鈍い事を良いことに、嬉々として語りだしていた。
いわく、ここの領主の末娘が魔女の教えに感化されて街を飛び出したらしい。
そして山の中で同じく魔女の教えに従った者たちを集め、邪教の祈りを捧げていたらしい。
それを危険と判断した領主は、実の娘と言えど天下泰平のためにと、苦渋の決断で魔女の村を焼き、そして末娘も天に登れるように改心させ、処刑したという。
その悲しみを忘れないようにするためにも、その骸を広場のよく見える場所に吊るしているのだという。
その領主の偉業が周辺の街や村で噂になり、それを一目見ようと皆集まってきているらしい。
それを聞きながら、“マキーナの言う通りだな”という思いが強くなる。
マントのフードを目深に被っていて良かった。
多分、あの村に関わった俺も既に指名手配の対象だろう。
いや、或いは既に死んだものとして扱われているか。
後者なら次の街に移動しても何食わぬ顔して生きていられるが、前者ならちと厄介な事になる。
ただ、どちらにせよこのままノコノコと街に入ろうとすれば、バッドエンドが待っているだけだな。
熱弁を振るう男に対して適当な返事をしながら、俺は迷宮に忘れ物があったと告げ、そこから離れる。
ちょび髭の男はまだ話足りないようだったが、“それは残念だ、間に合うようならまた私に声をかけてくれれば、場所を確保しておくよ”と笑顔で手を振る。
決して、この男が狂っているわけでも、宗教に狂信的な訳でもないだろう。
普通の、平凡な善人だ。
大昔、何かの本で読んだ事がある。
西洋の方の暗黒時代と言われた時期には、娯楽というものは殆ど存在しなかった。
だから、こういう罪人の晒された死体を見る事も市民の娯楽の一部だったのではないか、と言う論調だった気がする。
<この世界の娯楽に関する考察は良いですが、通常モードに変身しますか?>
「いや、まだ早い。
もう少し潜伏して、日暮れと共に内部に入る。
宿屋で荷物の回収だけのつもりだったが、広場も念の為確認しておきたい。」
マキーナからは“辞めておいたほうがいい”という回答だったが、それでも俺は確認しておきたかった。
それで何になるとも思えないし、だからどうしたという話なのだろう。
それでも関わった以上、知らずにはいられなかった。
<間もなく日が落ちます。
行くなら今がベストかと。>
「……そうだな。
マキーナ、通常モードだ。」
光の線が走り、変身が完了する。
四肢の隅々から痛みが引き、復元中だった左腕もしっかりと動くのを確認する。
『安全なルート検索は任せた、行くぞ。』
<視覚に表示します。>
音もなく走り出し、一気に城壁へと近付く。
そのまま飛び上がると、壁の中央辺りに張り付く。
城壁と言っても、完全に綺麗な平面ではない。
山ほど凹凸がある以上、この状態の俺からすれば坂道と大して変わりがない。
猿のように素早く城壁を登ると、警戒している衛士がいない事を確認して内側の壁を下る。
夕暮れは半端に陽の光がある分、影はよりその濃さを増す。
残光のような陽の光が当たらない道を選びつつ、泊まっていた宿屋にたどり着くと、同じように壁を登り俺が借りている部屋に侵入する。
(……まぁ、そりゃ多少は調べるか。)
俺が置いていた荷物が部屋の中に散乱している。
多分、迷宮に行っている間に何か魔女の証拠としてでっち上げられそうなモノか、金目の物でも無いかと探したらしい。
<衣類の一部が無くなっているようですが、殆どは無事ですね。
まぁ、ここには衣類か依頼完了証の類しか残していないので当然ですが。>
『とはいえ、予備の着る衣服が無いのも困るからな。
ある程度は無事で助かった、という所だな。』
やれやれ、と思いながら依頼をかき集め、長距離移動用のバッグに詰めて担ぐ。
『それじゃあ、次だな。』
宿屋の窓から屋根に登り、そのまま屋根伝いに広場を目指す。
広場に到着する頃には殆ど日が落ち、酒場の明かりがチラホラと確認できるような状況だったが、マキーナの力もあってソレはしっかりと確認できた。
<……言語化しづらいものがあります。>
『お前にしては珍しいな。
……まぁ、そういうもんだと思えばいいさ。
これはそういうもんだ。』
確か、車輪刑、だったか。
四肢の骨を砕き、車輪に括り付けて放置する。
半ば腐り落ち、鳥についばまれたであろうその顔は骨が見えていたが、絶命するその瞬間まで苦悶の表情を浮かべていた事は解る。
あの可憐な少女のような面影はほとんど残っていない、老婆のゾンビの様な顔つきだ。
そこに吊るされているのは、領主の末娘、オリビア・セスの残骸だった。




