760:破壊の跡
子供が泣いている。
わんわんと大きな声で泣き、しきりに涙をぬぐっている。
そのすぐ近くには、男が一人、呆れたような表情で立っている。
「何だよ勢大、どこか痛いのか?」
男は、ぶっきらぼうに子供に尋ねる。
「おと、おとうさん、足、足がいたい……。」
見れば、左足が血まみれだ。
それを見て俺は、“あぁ、子供の頃に鎌で草刈りをしている時に、転んだ弾みで足に刺しちまった事があったなぁ”と、懐かしく思い出す。
あれは何歳の時だったか、小学校に行き始めた歳だったか。
夏休みで田舎に帰った時に、思いっきりやっちまったんだよなぁ。
あれは痛かったなぁ。
「バカ野郎オメェ、男ならそんな事で泣くんじゃねぇよ、意気地ねぇなぁ。」
どこか他人事のような男の言葉に、子供の俺はまた更に泣き出す。
そうだった、そういう親父だった。
きっと、今の時代なら色々と問題のある発言なんだろうが、あの時はそう言うもんだと思っていたなぁ。
懐かしさと共に、少しの寂しさを感じていた。
こんな風に、声を上げて泣かなくなったのはいつぐらいからだろうか。
もしかしたら、忘れかけていたこの記憶を思い出したという事は、これが最後だったのだろうか。
兄貴が死んだ時はどうだっただろう?
親父が死んだ時は泣かなかった気がするな。
もう昔過ぎて思い出せない。
また妻と会う事が出来たら、こんな風に激しく泣いてしまうのだろうか?
いや、きっと心の中にいる親父の幻影が“泣くなよ、意気地ない”と叱ってきそうだな。
そういうもんだ。
それがきっと、大人という奴なのだろう。
ぼんやりと見ていたその風景が遠ざかり、滲んでいく。
そうだ、まだ泣くわけにはいかない。
まだ何も終わっていない。
『がっ!!あっ!!』
<目を覚ましましたか勢大!
……エネルギーを回復に回していますが、まだ起き上がらないでください。>
全身を激痛が包む、という表現が当てはまるだろう。
マキーナに言われるまでもなく、もはや指一本動かすのすらキツい。
(どうなった?状況は?)
<マツはこの場から立ち去りました。
現状、周辺に人間と思しき生体反応無し。
とは言え激しく山が崩れていますから、いずれ調査をする為に街の人間がやってくると推測します。
しかし、ギリギリでした。
後少し加速モードが遅ければ、勢大の全身は塵になっていたでしょう。>
“そうだろうな”と、ため息をつく。
砕けた右拳は一応の修復が完了している。
その後、防御に使った左腕は肘から下がまた吹き飛んでいたらしいが、今回はマキーナが機能している。
一応、外見的には修復され、今は内側の修復を行っているようだった。
(ブーストモードは、見られたと思うか?)
<いいえ、勢大の左腕を犠牲にするまで耐えてからの発動でしたから、どれだけあちらのサポートが優秀であろうとも認識出来ていないはずです。>
光の拳が俺を吹き飛ばし、背中で木々をなぎ倒し山を削っていく。
『グギギギギ……!ぶ、ブーストモードォ!!』
左腕を徐々に消し飛ばしている最中、十分な距離を取ったと判断した俺は、消えそうになる意識を何とか繋ぎ止め、ブーストモードを起動する。
視界に入る光の影響か、或いは赤血球の影響なのか、周囲が赤く染まる。
赤い世界の中で、宙に浮かんでしまっている俺には大地を蹴って方向を変える事が出来ない。
ならばと覚悟を決めて、先端が無くなりつつある左腕を更に突き込み、強引に体の向きを変える。
『アガァアァァッ……!!』
肘まで消し飛ぶ痛みに、俺は絶叫しながら意識を失う。
ただ、ギリギリ、本当にギリギリの所で光の拳の軌道から体を反らせる事が出来、俺はそのまま地面へと埋まり光が通り抜けていった。
その際に顔の右半分も仮面ごと焼かれたようだが、何とかマキーナが復旧してくれたようだ。
地面にほぼ埋まったまま空を見上げると、夜空でも青空でもない、薄紫の空が目に入る。
『あー……、この後どうするかなぁ……。』
マツとの戦いを思い返す。
正面切っての戦い方では、恐らく同じ事になる。
今の所、正攻法では打開策が見えない。
『しかし、随分とアンバランスな世界だな。
世界としては“暗黒時代”みたいな環境なのに、アイツだけ1人別世界線みたいにデタラメだ。』
<転生者、とは、そういうものではないでしょうか?
必死に生きている人間を嘲笑うかのような理不尽な存在。
……こういっては何ですが、勢大とてこれまでの世界から見れば、マツの様な存在に見えている可能性があると思いますが。>
言われて、言い返す言葉が見つからない。
俺のこの力の殆どは、自力で身につけたものだ。
ただそれとて、常人では生きていられない2億年近くの時間を費やして会得したものだ。
それに、マキーナなしでもブーストモードのような事は出来るが、実際は身につけている衣服や体の部位が邪魔するし、尚且つ思考能力にも制限がつく。
加速した時間の中で、当たり前のように動けているのはマキーナのサポートによる所が大きい。
他の不正能力に近い事を再現してくれたり、こうして死ぬはずだった俺を回復してくれたりと、言ってみればマキーナの存在そのものがある種の不正能力とも言えるだろう。
<私は元いた世界の最後の力を使って創り上げられた鎧です。
能力も、これまで数多くの転生者と対峙し、経験した事から会得したものです。
そのような、不正能力と一緒にされるのは些か不本意ではあります。>
やれやれ、マキーナ先生に怒られてしまった。
<先生ではありません。>
悪かったよ。
そう思いながら、ようやく動けるようになって来た体の感覚を確かめるように、ゆっくりと上体を起こす。
明るくなってきた周囲を見渡せば、かつて村のあった場所はその殆どがえぐり取られていた。
村の中央広場を貫通するように通り抜けている事から、あそこに転がっていた焼死体は吹き飛んでしまっただろう。
骸を晒さなくて済むのは、せめてもの救いか。
<勢大、これからどうする予定ですか?>
『一旦、街に戻る。
もしマツがいても、今は出くわさないように回避しつつ、だ。
とりあえず宿屋に置いてある荷物をそっと回収し、一旦別の街に逃げる。
もしマツが街に向かっていれば騒ぎになっている可能性が高いし、そうでなかったとしたら変身してでもバレないように回収だ。
よしマキーナ、通常モードからアンダーウェアモードに切り替えてくれ。』
地面から抜け出して立ち上がると、元の冒険者姿に戻る。
マツが街に行っている可能性は薄いだろうが、どういう状況かは確認しておきたい。
そんな考えからだったが、後から思えば、とりあえずその時の装備のまま、さっさと次の村に行くべきだったかも知れない。




