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異世界殺し  作者: Tetsuさん
昏い光
759/832

758:圧倒的

「お前……いや、君がマツ・コトウ君か?」


はたから見ればただタバコを吸って突っ立っている様に見せるため、足を肩幅に開きつつ気付かれない程度に少しだけ腰を落とす。

俺と彼の間にある空気が、少しだけ歪む様に感じられる。


「なぁオッサン、アンタ今さっき誰かと会話してたよな?」


「どうだったかな?俺はその、独り言が多いタイプでね。

推理している最中、ついつい考えてる事が口から出ちまうんだ。

そういう事って、よくある事だろう?

それより、君はマツ君か?」


タバコの煙を吐きながら、何でもない事のように肩をすくめながら話す。


彼の表情を見ると、そこには何も浮かんでいない。

喜怒哀楽、全てを何処かに忘れてきたように無表情。

ただ見開いている両の目が、不気味に光っている様にすら見える。


「俺はさ、この世界に転生してから、神とか言うクソくだらねぇジジイからよ、好きに生きろと言われてるんだ。」


こちらの質問には答えず、微動だにもせず、ただ口だけが動いている。

会話をしているつもりではあるが、まるでこちらの言葉が通じていないみたいな空気を感じる。


「だからよ、俺は好きに生きてんだ。

このゴミみたいに低文明の世界はさ、強けりゃ何でも許されるんだわ。

そういうの、最高だったんだけどよ、強すぎるのも面白くねぇんだ。

そんでな、俺の相棒がよ、今日ここで面白い事が起きるって言うからよ、北の魔大陸からわざわざこっちに戻ってきてやった、と、そんな感じなんだ。

……オッサンよぅ、名前なんてぇんだ?

さっきから俺の相棒からよ、警告が出まくってるんだ。

アンタ、俺と同じ転生者で、俺の敵だろ?」


ぐにゃり、と、俺達の間にある空気が更に歪む。

パンパンに膨らんだ風船のように、何かの衝撃で破裂してもおかしくない緊張感が広がる。


<勢大、恐らくは彼も私のようなサポートの存在がいます。

事実、こちらに対して索敵の様な魔法が放たれています。>


「そんなに怖がるなよ、俺は田園(たぞの)勢大(せいだい)だ。

ただの人間で、どこにでもいるオッサンだよ。」


初めて、彼の表情が動く。

右頬が、唇の端がグニャリと吊り上がり、冷笑の表情を形作る。


「はじめまして、タゾノセーダイさんとやら。

俺は戸東(コトウ)(マツ)だ。

気さくにマツって呼んでくれよ。

……でも早速で悪いんだがよ、俺に何かさせたいなら、力ずくで来たらどうだ?

俺は言葉なんかじゃ従わないぜ?」


マツは同じように足を肩幅に開き、同じように僅かに重心を落とす。


(……なるほどな。)


奴の流派は知らないが、今お互いが取っている構えは大体どこの無手格闘でも基礎となる構えだ。

つまりは、奴も無手格闘の技術を持っている、というところか。


「……まぁ、少しはこの光景に思う所もある。

お望みというなら、やってやろうじゃねぇか。

……マキーナ、通常モードだ。」


<通常モード、起動します。>


懐から取り出した金属板を、へその辺りに構える。

金属板から光の線が俺の全身を走り、フレームを形作る。

光の線が俺を包むと、真っ黒な何かが俺を覆う。

光の線がそのまま広がり面となり、鈍い銀色に光る手甲、足甲、胸当て、肩当てへと姿を変える。

最後に頭部を光が覆い、髑髏の意匠が描かれたメットが俺を包むと、起動が完了する。


『さぁ、こちらの準備は整ったぜ?』


「へぇ、それも俺と似てるのか?

ただ、変身のキーアイテムを手に持って特定の場所にかざさないといけないのは、非効率的じゃねぇかな?

手が使えなかったり、キーアイテムを奪われたりしたら機能できなさそうだな、それ。」


マツはこちらを観察しながら、のんびりと両手を広げる。

その表情は、余裕というか、嘲笑の笑みを浮かべたままだ。


「こっちの方が便利なんじゃねぇかなぁ?

“変身”。」


一瞬の光。

マツが広げた両手の幅くらいの魔法陣が、足元と頭の上に現れる。

それらがスキャンの様に上から下へ、下から上へ通り抜けると、俺と同じ様な真っ黒なゴムのような素材に覆われ、そして瞬時に金色の鎧が現れてマツに貼り付く。


「音声を外部スピーカーに頼るのも、随分と時代遅れだ。

もうこの時点で、俺とお前の実力の差が解る、と、俺の相棒も言ってるぜ?」


『道具の良し悪しだけじゃ、勝負の世界ってのは決まらないもんだぜ?』


一気に踏み込み、間合いを詰める。

地面を蹴り、体重を乗せた右拳が、マツの胴体に吸い込まれる。


『どうだい?

少しは驚いたか?』


クリーンヒットした一撃はマツの体を跳ね飛ばし、真っすぐ後ろに吹き飛ばす。

いくつかの大木をなぎ倒したところで、ようやく止まるのが確認出来た。


「あぁ、なるほど、それなりに戦えるじゃねぇか。

それなら良かった、少しは遊べそうだな。」


マツは何事もなかったかのように立ち上がり、ボディスーツについたホコリを払っている。

それなりに、というか割と本気でぶっ叩いたのに、まるでダメージを受けている様子が無い。

次の瞬間、俺の全身の毛が逆立つような恐怖を感じる。


「じゃあ次は、俺の番だな?」


同じように一気に踏み込まれ、間合いを詰められるとマツの右足が消える。


「ッ!?」


腹の中心に丸太の杭が突き刺さる様な、その部分だけ後ろに持っていかれる様な衝撃が弾け、体が後ろへと吹き飛ぶ。


村の中の何か、石造りの残骸が背中に当たるが、その痛みが感じられないくらいの激痛が胴体を駆け巡っている。


<勢大、危険です。この場は退却を。>


マキーナの声が遠くに感じる。

ただの一撃、見えなかったが恐らくは蹴りの1発で、ここまでのダメージを受けるとは。

最初は自分のいる場所がどこかも解らなかったが、そこが村の奥にあった倉庫の辺りだと気付く。

村の入り口から飛ばされ、瓦礫の山となっていた倉庫に突っ込み、ようやく止まったらしい。


途中で何かを握ったのか、手に何かを持っていた。

それが焼け焦げた腕だった事が、なおさら俺の精神にダメージを与えていた。


「おいおい、1発で戦闘不能は予想外だぜ?

そんなつまらねぇ事はしないでくれよ。」


這いつくばり、何とか立とうと顔を上げた瞬間、目の前には変身したマツの姿。


俺が動くよりも早く、マツの足が俺の顎を蹴り上げる。


「っは!バラバラにならねぇサンドバッグみてぇだな!!」


視界が揺れながら、宙を舞う。

マツの右拳がくる、連続して左もだ。


見えてはいる。

ただ、体は動かなかった。

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