757:そして、出会う
残念ながら、遅すぎた。
いや、これ以上早くは到着出来なかっただろうと自分に言い聞かせる。
魔物の大規模移動を使い、自分達の手を汚さずにあの村を地図から消すのだとばかり思っていた。
ただ、今更ではあるが冷静になって考えてみれば、そんな事を領主がするはずが無い。
迷宮の中にいる魔物を外の世界に解き放てば、後々の駆除が面倒になる。
あの村は山の中腹、生い茂る森の奥深くに位置しているのだから、いくらでも隠れられ、いくらでも繁殖してしまう。
そこで大量に繁殖されてしまえば、今度は自分の領地そのものが危機に晒される。
やる筈の無い可能性に俺は思考を奪われ飛び出したのか。
あの時、もう少し熟慮していれば。
いや、熟慮していたとして、そんな噂は……。
<探知、完了しました。
現状、あの村で建物があったと思しき場所、敷地範囲だと思われる場所に、生命反応はありません。>
マキーナからの報告が聞こえ、思考の沼に沈んでいた俺は急速に現実に戻る。
あの村が見渡せる丘の上で伏せたままの姿勢で、村の方向を見る。
マキーナが俺の右目を調節し、望遠レンズのようになった風景で村を見る。
あちこちから煙を噴き上げ、炎もまだ微かに残っている。
家という家は焼かれ、燃えないものは破壊され尽くしていた。
「……兵士や伏兵は無し、か?」
俺の問いに、マキーナは“検知されない”と返す。
マキーナの探索も万能ではないが、状況から見てあそこで待っていてもあまり意味はないだろうから、引き上げたと見るべきだろう。
俺は立ち上がると、脇に置いていた剣とメイスを装備して小走りに村へ向かう。
もう日が落ちかけていた。
村について少ししたら暗くなる。
日があるうちに、調べられることは調べておこう。
「本当の意味で、跡形もなく、だな。」
遠景で見た通り、村の跡地には何もなかった。
家は焼かれ、畑や花壇の類は荒らされている。
仮にここに新しい移民が来たとして、その時にはゼロから開拓し直しになるだろうと予測できるくらいには破壊の限りを尽くされていた。
もちろん、人もだ。
言葉もなく、元々は広場だった所に転がされているソレを見下ろす。
丸まった姿勢のまま黒焦げになっているソレは、複数体転がっていた。
間違いなく彼女達だ。
中には、腹を裂かれ、中の子供の首まではねられているソレもあった。
徹底的、念には念を入れた行為だ。
「マキーナ、ここで何があったのか知りたい。
できる限りで良い、再現データは表示できるか?」
<……見ない事を推奨します。>
「早くしろ!」
思わず怒鳴ると、マキーナは俺の右目に映る視界を変える。
真っ暗な中に、緑のグリッド線が地面を作り、デッサン人形のような黄色いフレームがアチコチに表示される。
<周辺の破損が多すぎて、完全な表示は不可能です。
断片的な情報から推測される行動の一部を表示いたします。>
右目でフレームの世界を、左目で現実の世界を見る。
複数体の黄色い人形が手をかざしている。
その先には、黒焦げ死体の所で後ろ手に縛られ倒れている黄色い人形。
更に、その倒れている黄色い人形と重なるように、座っている黄色い人形の首や腹を裂いている黄色い人形。
その近くには、走って逃げ出そうとしている人形を後ろから切りつけている人形。
家の辺りにいるのは、ハンマーを持って壁を破壊して……。
そうした、“痕跡からの部分的な推測”が無数に映し出されていた。
しばらく村の中を回って歩いて、何となく状況や時系列が見えてくる。
恐らく、何かしらの通達を持って領兵がここを訪れたのだろう。
あの広場以外で、女達が抵抗した跡が無い。
そうして広場に一同が集められた後、何かを告げた事で女達が反発、村長を含めた何人かの戦える女が抵抗したと思われる。
一番激しく四肢を切り刻まれていたのが、多分村長だろうか。
焼け焦げていて面影が全くなくなっていたが、近くに落ちていた装飾品、耳飾りの残骸からみると、そうでは無いかと推測できる。
腹を裂かれていたのは例のオリビアだろうか?
ただ、この村には他にもマツの子を孕んでいた娘がいたはずだし、あの焼死体はそこまで小柄ではなかった気もする。
ともかく、他の戦えない女達はその場で縛られ、広場に座らされる。
そこから兵隊達が、彼女達が見ている中で次々と家を破壊して回り、家の中に隠れていた、或いは動けなかった女達も追加で運ばれたのだろう。
そうして全ての破壊活動を終えた後で、魔法使い達が一斉に、それこそ“彼女たちも含めた全て”に炎の魔法で火をつけた、という所だろうか。
人間は、意外とそんな簡単には燃えて死なない。
何せ体内の大半は水分なのだ。
炭化するレベルで燃え尽きるには、こんな野ざらしの場所で、しかも自然の火なら数日はかかる。
それに、そうなれば当然焼かれている人間は暴れるはずだ。
ここまで一気に、しかもほぼ無抵抗のまま燃やし尽くすには、魔法の威力は必須だろう。
<勢大、これからどうするのですか?>
ある程度状況を把握した俺は、広場に戻り、手を合わせる。
人の焼けた臭いというのは、とんでもなく悪臭だ。
ただ、今はその臭いも気にならなかった。
「……俺は。
俺は何もしない。
このまま街に戻るのは危険だ。
なら、ただ黙って次の街に向かうだけだ。」
<意外ですね?てっきり領主を討つものだと。>
ふと思い出し、懐からタバコを取り出す。
この世界でもタバコがあったので買っていたが、恐ろしく高いのと火が中々手に入らないので吸う機会が無かったのだ。
近くの民家の、くすぶっている火を使い、タバコに火を付けると一息、そして煙を吐き出す。
保管方法が良くなかったのか、少しシケってしまっていて不味い。
「……俺は“異邦人”だ。
この世界の領主が決めたこの行為を、俺の判断で悪と断ずる事は出来ない。
本当にこの行為が正しくないのだとしたら、遅かれ早かれあの街の人間が反応するだろう。」
もしかしたら、この村がこういう結果を迎えた最後の一押しは、俺の存在だったのかも知れない。
俺が来なければ、この村の女は困窮し、結局解散して街に逃げ込んでいたかもしれない。
命までは奪われずに済んだかもしれない。
だが、と、思う。
もっと手前の段階で、この女達の運命を決定付けた奴がいる。
俺自身を断罪するなら、まずはソイツを一発殴ってからだ。
「おぉ、何だよ、もう終わってたのかよ。
せっかく楽しみにしてたモンが見られると思ってたのに、意外にお前の予言も使えねぇな、キャスパー。」
場違い過ぎる明るい、そして若い男の声が後ろから聞こえる。
振り返ると、短く刈りそろえた黒い髪の男が、周囲の様子を伺っていた。
「あ?何だよ、オッサンこの村の関係者だったのか?
何だよキャスパー?何を急に……。
……あ、ふぅん、このオッサンがねぇ。」
最初はとぼけた表情でこちらに声をかけてきたが、突然誰かと会話しているような口調になったかと思うと、表情が引き締まる。
<勢大、恐らくは。>
「だろうな。」
俺はタバコを吸いながら振り返り、足を肩幅に開いた。




