754:魔物退治
指示にあった迷宮入口に到着した俺は、早速違和感を感じていた。
(……何だ?もう終わったのか?)
山の中腹、生い茂る木々の中に鎮座する迷宮の入口は、ピクニックでも出来そうなほどの静寂の中に佇んでいた。
本当に大規模な戦闘があったのかと疑いたくなるからい、小鳥達がさえずり、爽やかな風が時折吹き抜けていた。
「おやおや、そこにいるのは色男じゃねぇか?
どうした?腰を振るのに飽きて、たまには剣でも振りたくなったか?」
入口近くには6人程のパーティがのんびりとキャンプを設営していた。
6人用にしては大きめなところを見ると、中にいる人間のための一時的な拠点でもあるのだろう。
「いやぁ、ギルドから脅されて、たまには剣も振れと言われましてね?
でもアレですか?もう終わったんですかね?」
ギルド内で、俺が“間男”だの“種馬”だのと噂されているのは知っている。
あの村の依頼を受けている唯一の存在なのだから、そう勘繰られる事はあるだろうと思っていたし、目の前の男がそれを堂々と言い出さないだけの知性があるのは解る。
首からぶら下げている冒険者証は鉄に二本線。
鉄二等級の冒険者と言うことは俺の二階級上。
当然この辺になると、腕前だけでなく人格やギルドへの忠誠度の高さが評価内容に入ってくる。
まぁ、多少口が悪いのは冒険者ならではの御愛嬌という所だろう。
「いいや、まだ終わっちゃいねぇよ。
中は未だに“モンスターハウス”だ。
俺達は突入部隊の避難所作りと、迷宮から逃げ出そうとする奴等の討伐でね。」
大規模の移動をされてしまうと、運が悪いと魔物達が出口に殺到してしまう。
それを倒す為にここで見張りと、中で負傷した冒険者を手当てするためにはこういう人材も必要だ。
ただ、パーティメンバーが戦士3人のトレジャーハンター、魔法使い、僧侶と、スタンダードな冒険者パーティの編成なのは人手不足から来るモノなのだろう。
「そりゃ失礼、そんじゃ、すぐに中の加勢に行ってきますわ。」
「おぉ、中の奴等も気が立ってるだろうからな。
気を付けてな。」
何となく、言い方が気になったが今はそれどころでもない。
俺は腰の剣を抜くと、静かに迷宮の入口をくぐる。
この迷宮はちょっと変わった形状をしていると、事前の情報で把握していた。
入口をくぐるとすぐに地下への階段が見える。
地下の階段を下りると、石造りの壁と先を見通せない暗闇の向こうから風が吹き、ヒヤリとした空気が全身を包む。
さながら、昔コンピューターゲームで遊んだことのある風景だ。
等間隔に張られた梁と石造りの壁、どこを歩いているか方向感覚を狂わせる、全く同じ風景の地下迷宮。
道幅も人間が3人並んで戦う事が出来るくらいの広さがあり、地道にマッピングしなければすぐにでも迷って出られなくなるだろう。
まぁ、ここまではある程度広大な迷宮でも見られる特徴だったりするのだが、ここは地下一階がやたらと広く、地下二階がいきなりこの迷宮ボスがいるフィールドになるらしい。
地下一階だけが異常に広大な迷宮であり、奥へ行けば強い魔物がいるのだが、それ故にちょっと引っ掻き回してしまうと簡単に大規模移動が起きてしまう迷宮として、それなりに有名らしい。
(そういう意味では、マキーナがいてくれて俺は助かるなぁ。)
右目の上に簡易マップが常に表示され、望めば全体的なマップも表示される。
(こういうの、全部埋めたくなるタチなんだけど、今は我慢だろうなぁ。)
そんな馬鹿な事を考えていると、早速のエンカウント。
炎が犬の形をとったような、四つ足の魔物。
<地獄の犬ですね。>
これも、入口近くで出会うような魔物ではなく、中間くらいに現れる魔物の筈だ。
(なるほど、確かに入り乱れてるって感じなんだろうなぁ。)
手に持っていた剣をチラリと見る。
あの炎の中にあるコア、魔原石をぶった斬らないと倒せないが、生半な剣では炎に突っ込んだ時点で溶かされるくらいには高温だ。
「とはいえ、やってみるしかねぇな!」
剣を右肩に担ぎ、一気に踏み込む。
俺の動きに気付いたヘルハウンドはすぐに姿勢を低く、こちらを狙う体勢に変わるが、俺はもう踏み込んでいる。
左手を剣の柄に添えて、一気に振り下ろすと剣は一筋の光の帯となり、スルリとヘルハウンドの頭部を通り抜ける。
「……これは、当たりだったかも知れねぇな。」
地獄の犬の頭部にある魔原石を斬った後の刀身を検めて見ても刃こぼれ一つない。
この剣を打った鍛冶師、確かレニとか言ったか。
また奴と会う事が出来たなら、今度はちゃんと金を積んで俺用の武器を作ってもらうのもありかも知れない。
そう思わせてくれる程には、良い仕上がりをしていた。
<感動しているところですが、新手です。>
マキーナの警告に顔をあげると、同じ地獄の犬が3匹、低い唸り声をあげながらこちらを睨んでいる。
俺はそれにニヤリと笑うと、静かに剣を構えた。
「……大規模移動なのは解かるけど、いすぎじゃねぇ?」
<それと、他の冒険者ともまだ会えていないのは少々不思議ですね。>
もうどれくらい倒したのか。
ヘルハウンドだけでなく、六本足の猪やら人間サイズの毒蜘蛛やら猿の化物やら、とりあえず手当たり次第に魔物を倒しているが、一向に収まる気配がない。
いや、それよりもマキーナの言うようにまだ一度も他の冒険者と出会っていない。
(……流石におかしいな。)
ふと、思いつくことがあり、俺はマキーナに合図をする。
「……いやー、流石に疲れたな。
武器もガタガタだし、回復アイテムも底をつきそうだ。
少し休憩して、これは1回戻った方がいいなぁ。」
俺は地面に座り込むと、腰につけているサイドポーチをゴソゴソと探るフリをしながら、独り言を呟く。
<勢大、動きがありました。勢大と出口へのルートをふさぐような形で、こちらに向けて移動する存在があります。>
(遭遇してから、他に出口へ向かうルートは存在するか?)
マキーナが別のルートを表示する。
俺はそれを見ながら、すぐに立ち上がると近付く存在に向けて警戒する。
「おぉ、増援が来てたのかぁ。
いやぁ、この依頼は大変だなぁ。
アンタ1人か、それは大変だなぁ。」
俺が警戒したと気付くと、足音を忍ばせて来る事をやめたらしい。
入口で会ったのとは違う6人パーティ、その中でも軽薄そうだが実力はありそうな若い男が、片手を上げながら俺に近づいて来ていた。




