753:大規模討伐依頼
「おや、セーダイさんお帰りなさい。
いつもの依頼の完了証ですね。
少しお待ちを。」
街に戻り、ギルドの受付で依頼達成の割印を提示する。
どんなに急いでいるとはいえ、軍資金がなければ何も始まらない。
貰えるものは貰わないとの精神だ。
しかし、と周りを見る。
珍しく冒険者がたむろしていない、ガランとした受付だ。
(……何かデカいヤマでも舞い込んできたのかな?
新人がチラホラいるくらいだなぁ。)
少数いる新人達も、今日は依頼を受けないのか、ギルドに併設された居酒屋で昼食か何かを取っているらしい。
一瞬だけ周囲を見回していた俺と目が合ったが、別に意味も興味もあった訳では無いようで、また無表情に視線を落として食事を続けている。
(……まぁ、こんなもんなんだよなぁ。)
何となく、この世界は“現実により近いハードモード系異世界”ではないかと考えていた。
暗黒時代と言われた中世ヨーロッパ。
それまでのインフラがほとんど消失し、不潔と不衛生の極みのような、感染症や伝染病の恐怖におびえる世界。
そういう時代だからなのか人心も歪み、自身が所属しているコミュニティ以外の者には非常に厳しい世界。
きっとここに来た転生者は、そういう真っ暗な世界を創造してしまったのだろう。
ただ、それも異世界になってしまうと、完全な再現は難しくなる。
“冒険者”だの“魔物”だの“魔法”だのが、大きなノイズになるのだ。
本気でハードモードにするなら、人知を超えた不可思議なモノは一切無くし、それこそ水車小屋の粉挽きにすら専用の人間を置くくらいガチガチに時代考証を重ねる必要があるが、そんな世界では他所から来た人間は絶対に受け入れられない。
その世界に転生したとして、誰にも受け入れられずにのたれ死ぬしか無いだろう。
結局の所、“外部の人間を受け入れる状況”というものが存在しているなら、どんなにキツい人間関係の狭間であろうと、後はコミュニケーションでどうにかなる。
街を牛耳る黒幕のような集団がいようと、時間が経てば人も入れ替わり、やがて考えは変わってしまう。
現にギルドの担当職員だって、もう俺自体は無害と思われているのか以前の強面のオッサンから、先ほどの事務的な女性に変わっている。
この女性はあのオッサン程偏見を持っていないし、ただ淡々と事務作業をしてくれるからかなり気が楽だ。
全ての人間が、最初の怒りや特定の人間を疎外した理由を覚え続けることなど、不可能なのだ。
「お待たせしました。
おめでとうございます、今回の実績で、セーダイさんは銅二等級に昇格です。
冒険者証も更新しておきましたから、無くさないようにして下さいね。」
小さな銅のプレートが更新され、3本線から2本線に変わっていた。
線が1本ないだけでも、これはかなりの大きな意味を持つ。
銅三等級がそれこそ“チンピラでも誰でもなれる”という階級ならば、銅二等級は“ギルドとしても人柄を認めました”という意味を持つ。
これで、他の街に行ったとしてもギルド制度が有効なところであればほぼノーチェックで通行が認められるだろう。
「依頼をこなしたばかりの所を申し訳ありませんが、ギルドから緊急の大規模討伐の依頼があります。」
これは良いもの貰ったと、いそいそと更新されたばかりの冒険者証をペンダントに通している時に、ギルド職員が資料を1枚こちらに滑らせる。
「集団移動討伐の依頼か……。」
近くの迷宮、位置的にはこの街とあの女だけの村のある山を直線で結んだ、正三角形の頂点みたいな位置の山にある迷宮で、魔物の集団移動が観測されたらしい。
「冒険者の誰かか、或いは未登録で物取りしようとした者なのか、ともあれ、その人物は失敗したらしく、迷宮内の魔物を集めるだけ集めて逃げ出したか食われてしまった様です。
それもついていない事に、迷宮の入口近くで。
そのため、魔物の何体かが飛び出し、冒険者の一部に被害が出た事で発覚しました。」
本当に淡々と、まるで自分には関係ない事だと言わんばかりに状況を説明するギルド職員。
これを見ると、“やはりこの人もこの世界の住人なのだなぁ”と実感する。
所詮冒険者など、危険な業務に従事する消耗品という事なのだろう。
「……と言うことで、現在戦える冒険者には全員この依頼を受けていただきます。
最低討伐数は小物であれば最低5体となります。
なお、本件を正当な理由なく拒否した場合には降格、または当ギルドからの追放となります。」
なるほど、拒否権はないぞ、と。
しかもやる前に昇格させるのだから、尚の事手口がいやらしい。
「まぁ、わかりましたよ。
浅瀬でチャプチャプ泳いでないで、ちゃんと深くまで潜りなさいって事ね。」
「出来ましたら大物も刈り取って頂けると助かります。
良い素材であればギルドでもしっかり査定いたしますので。」
笑いながら俺は依頼書を懐にいれると、ギルドを後にする。
ギルドを出た時には、自分でももう笑顔が消えている事が解る。
「出来すぎてるな。」
<あの娘が言っていた事とは、つまりこれの事なのかも知れませんね。>
“戻ってくる頃には全て終わっている”
マツが言っていた事の意味とは、つまりこれか。
魔物の大規模移動であの村を襲わせ、あの村にいる女達を全滅させる気か。
「しかし何のために、と考えるだけ無駄か。
要は、“邪魔な女を皆殺しにして自分の身辺を綺麗にしよう”って腹か。」
<恐らくはそういう事でしょうね。
何ともはや、人間とはそこまで残酷になれるものですかね。>
人間ならな、と、呟く。
最近では段々と、転生者に人間味を感じられなくなってきていた。
やはり転生などろくでもない、そんな気持ちにさせてくれる。
人間、今の人生を一生懸命生きるくらいの方が丁度良いのだろう。
<例えば、転生者でなく神を目指そうとするなら、こんなにも残酷にならなかったのでしょうか?>
「さぁな、どうだかは解らんね。
もしかしたら、神なんてモノの方がもっと残酷かもしれねぇぞ?」
どうやら、マキーナにはあまりお気に召さない回答だったらしい。
そのまま沈黙してしまった相棒を放っておいて、俺は迷宮へ急ぎ足で向かう。
装備品に不足は無い。
なら、すぐに向かう方が良いだろう。
早くたどり着けば着いた分だけ、あの村への危険度が下がるというものだ。
ここまでは、そう思っていた。
正直、俺はまだ甘く考えていたのかもしれない。




