752:不穏な予測
「ハイよ、セーダイさん、いつもありがとね!!
これ、オマケ付けとくから、帰り道にでも摘んでおくれな!!」
俺は雑貨屋のおばちゃんに礼を言って店を出ると、早速もらった小袋を開ける。
袋の中身はドライフルーツの欠片が少し入っている。
甘味が貴重なこの世界でこれは、とても有難い。
早速俺は1つ摘むと口の中に放り込む。
久々に感じる甘みに、ここ最近の不満も少し薄れるようだ。
<もう一月以上経ちますが、有効な情報には巡り合いませんね。>
「言ってくれるなよ、ここでの基盤も多少は築かないと、捜索も出来やしねぇじゃねぇか。」
マキーナの言葉でまた少し気持ちが重くなる。
あの、この街でも揉め事が起きた後、一月以上変わらない生活をしていた。
当初は報復でもあるかと構えていたのだが、冒険者ギルドや街中、居酒屋での噂等をまとめると、この街の冒険者達は俺に対して“徹底した無視”を決め込む事にしたらしい。
というのも、俺の立ち位置が絶妙だったらしい。
領主を激怒させた女達の村、そこへ手を差し伸べると言う事は、この街で生きる者には社会的な死と同等の意味を持つ。
だから表立っても裏でも、支援をしようとする者は少ない。
とはいえ人を見殺しにするのも後味が悪い。
そんな二律背反じみた状況で、ポッと現れたよそ者の俺。
コイツが勝手にやった事だ、という言い訳があれば、領主の言いつけを守りながらも村を見殺しにせずに済む。
そしてもしも何かがあれば、簡単に切り捨てられる。
そういう、“便利なよそ者”という立ち位置に、俺がピッタリと収まった事から、“俺に手出しはしないが協力もしない”という暗黙のルールが出来たらしい。
俺自身も、誰かと組むような大規模依頼を受けない事からも、ギルドとしても最低限の仕事を手配しつつも、俺の行動に関しては何か注文をつけることはしない、という流れになっていた。
こうして、街での俺の立ち位置は定まり、欲をかいたりしなければ安定した、そこそこの生活が出来るまでになっていた。
誰も羨まないし、誰からも相手にされない。
そういう、地味で透明な存在へと変貌していった。
それ自体はどうでもいい。
俺自身としても非常にありがたい立場になれたと思っている。
ただ、問題は村の方だ。
「毎度、ご依頼の食料と資材、それとタバコとコーヒー豆を集めてきましたよ。」
「おぉ、セーダイか、悪いがいつもの倉庫に入れてもらえないだろうか?
オリビアは……そうか、今日はいないんだったな。
じゃあ、鍵はベスの奴に言ってくれ。」
シャルロッテが笑顔でそう言うと、俺も笑顔で了解の意を伝える。
「そうだセーダイ、良かったらこの後稽古でもどうだ?
まだ夜になるまでは時間があるからな。」
「いやぁ、生活が苦しいもんでして。
この後もすぐに戻って次の依頼が待ってるんですよ。」
“それは残念だ”とシャルロッテは名残惜しそうに言うと、手をひらひらと動かす。
“もう行っていいぞ”と、その手が語っていた。
<たまにはお付き合いされたらいかがですか?
異世界での情事なのですから、別に問題はないかと。>
“バカ言え”とマキーナに言うと、すぐに荷物を担いで倉庫の方へ歩き出す。
この村は基本的に男を泊めない。
遭難しただの重傷を負っただの、非常事態は別として、平時に異性を村に泊めることはない。
それはマツへの操を立てている、という事らしい。
だが、この村でも子を成せなかった女も数人いる。
その内の一人が村長のシャルロッテだ。
その前提を踏まえた上で、面倒な勘違いが同時に発生していた。
マツの動向を探るべく、倉庫への荷運びも手伝うなどして、オリビアから色々と情報を引き出していた。
だが、それがどうやら他の女達には“俺がオリビアを狙っている”のだと勘違いをしてしまったらしく、村中の女が俺をオリビアと会わせようとはしなくなった。
しかも、俺のターゲットをオリビアから自分に反らそうと、シャルロッテが体を張って誘惑してきている、という何とも混乱した事態になっていた。
「勘違いを何とか晴らしたいが……、しかしこの手のゴシップは一度広まると面倒な事になるんだよなぁ……。」
<なので、いっそシャルロッテの誘いに乗ってしまえば、“興味が村長に移った”と安心されるか、“ホイホイ色んな女に手を出すクズ野郎”のどちらかに認識を改変させられると思いますが?>
後者はマツにも刺さってねぇか、それ?
しかしまぁ、恋は盲目って言うからなぁ、俺にはその称号当てはめて、“マツはそんな奴じゃない”とか言われそうだよなぁ。
「……セーダイさん?何ブツブツ言ってるの?」
思考の海に沈みそうな所を、案内を終えた女性が振り返り、不思議そうに聞いてきたところで我に返る。
「あ、あぁ、何でもない。
この後の依頼をどうこなそうか、頭の中で考えていてね。
不思議に思わせちまったならすまないね。」
「なぁんだ、てっきりセーダイさんもマツみたいに“神様の声”を聞いてるのかと思ったよ。」
栗色の髪でおかっぱ頭の、目の前の少女はそう言って笑う。
表情が強張るのを抑えながら、それとなくその話を聞く。
どうやら、マツは“この世界の神の声が聞こえる”と言い、時々誰かと会話しているかのような独り言を呟いている事があったそうだ。
ある時またその声が聞こえて、“俺は少し旅に出る、また戻ってくるから、それまで待っていてほしい”と言って村を出ていったそうだ。
「アタシ、最後までマツを見送ったんだけどね、マツがアタシに約束してくれたんだ。
“寒くなる時期に入る前には戻って来る、その頃には、全部片付いているはずだから”って。
そうしたら、アタシを1番にしてくれるんだって。
いいでしょー。」
無邪気で、明るいその声から聞く台詞は、しかしそのトーンとは裏腹の不穏なモノを感じさせる。
“全部片付いている”?
普通に聞けば、マツの方の用事が全て終わって、王国を作る準備が出来たから迎えに来た、というニュアンスだろう。
ただ、その前の言葉が気になる。
“誰かと会話している”というのが酷く引っかかる。
そろそろ、朝晩は冷気を感じ始めてきた所だ。
残り時間は、もしかしたら意外と無いのかも知れない。
その後、ベスという少女に何を言ったのかあまり覚えていない。
適当に挨拶をした後、すぐに街へ戻ろうと急いでいた。
色々不安定ではあるのですが、とにかく再開いたします。




