751:マツの足跡
「ヒィィィ!も、もう勘弁してくらさい!!」
「あぁ?よく聞こえねぇなぁ?」
顔面を何度も殴る。
本来の顔の倍近くには腫れ上がりつつ、折れた歯の隙間から奇妙な呼吸音を漏らして助けを懇願してくる。
だが、俺はそれに応えず、更に顔面一発入れる。
襲ってきた3人の内、これをやっているのは1人だけだ。
後の2人は縛り上げただけで、この行為を見せ続けている。
言っては悪いが、コイツはたたの見せしめだ。
“次は自分がこうされる”という恐怖を叩き込むための。
「何だよ、気を失いやがったか。
……さて、次はどっちが良い?
それとも、俺が聞きたい事を教えてくれるのかなぁ?」
俺はニコリと笑いながら、拳の血を気絶した男の服で拭う。
この手の“住民に悪の感情が強い、弱肉強食の異世界”の場合、親切は仇となり善意は裏切られる。
マフィアのように、徹底的な暴力と恐怖を植え付けるしかない。
少なくとも、“アイツに手を出すのは面倒だ”と思わせないと、今後通りを歩く事も出来なくなる。
「わ、解った!何でも言う!!
何でも言うから助けてくれ!俺達はただ雇われただけなんだよ!!」
3人の中で1番細身の男が、たまらず叫ぶ。
「そうかそうか、それはありがたいな。
でも、変に嘘を教えてもらっても、俺が後で困るかも知れない。
そうだ、こうしよう。
今から俺はそっちの君の目と耳を塞ぐ。
そうして君から話を聞く。
聴き終わったら交代して、今度はそっちの君から同じ話を聴く。
もしも違う答えが返ってきたら……その時は、解るよね?」
俺は笑顔で穏やかにそう告げると、2人は壊れた玩具のように首を縦に振る。
俺は優しく微笑む。
「君達が素直で親切な人達で、僕も助かったよぉ。
これで嘘でもつかれていたら、もう最終手段しかなくなっちゃうからねぇ。
いやぁ、君達のリーダーは大変だったねぇ、まさか階段から転がり落ちて大怪我しちゃうなんて。」
聞きたいことをあらかた聞き、もう解放してやるかと言う段階になり、拘束を解くと俺は意識のある2人に笑顔を向ける。
俺の言葉に、2人はボコボコになってまだ意識が戻らない男を抱えつつ、コクコクと頷く。
「たまたま僕が通りかかったけど、僕達は何も関係ないし、ちょっと事情を聞いただけで、別にこれからも関わりがないよねぇ?
……解ったならいい、行け。」
同じ様に必死に頷くのを見届け、笑顔をやめて去るように告げる。
2人の男は、彼等のリーダーを抱えると必死に路地裏から逃げ出していった。
もしこれでお礼参りがくるなら、その時は改めて対応するしかないだろう。
しかし、ようやくマツに関する情報を得られた。
彼はやはり、この街でも暴れていた。
今回彼が目をつけたのはこの街の領主。
前の街で力をつけていたのか、冒険者ギルドに登録してからすぐに頭角を表し、難易度の高い依頼を次々とこなしていったらしい。
そうしてこなしていくうちに、当時領主が“地竜の鱗”という武器にも防具にも使える万能素材を欲していると知る。
地竜そのものは付近の山奥に複数生息しているらしいが、それを退治、しかも極力鱗を傷つけないように持ってくるのは、中堅冒険者チームでも難しい、かなりの高難易度の依頼らしい。
だが、それをマツは単独で達成していたらしい。
それも1度だけではなく、何度も定期的に狩って来たというのだ。
その優秀すぎる成果は他の冒険者から妬まれ、潰される事が多いのだが、今回はその成果を領主がいたく気に入り、直々に館に呼んでもてなし、住民達にも新たな英雄と喧伝して持て囃したそうだ。
流石に、この街にいる冒険者達もそこまでされてしまうと、付け狙う機会が無くなる。
領主お気に入りの存在を狙ったとなれば、今度は自分達の立場が危うくなる。
そこでマツは調子に乗ってしまったのか、それとも狙い通りだったのか。
難易度が高い依頼をこなせば、当然収入も増える。
収入が増えればそのおこぼれにあやかろうとする者達も増える。
我が世の春とばかりに色街に繰り出し始め、更には金に物を言わせて町娘にまで手を出し始める。
次から次へと女に手を出し、そしてついにはこの街の高嶺の花、領主の娘にまで手を出してしまったらしい。
最悪な事に、その娘は領主が最も可愛がっていた娘だった。
いや、そんな相手だからこそ、マツも狙ったのかも知れない。
更に酷いのは、そんなマツの淫行に理解を示してしまっていた娘達が一定数いた事だろうか。
どうやらマツは女達に“自分はいずれ成り上がって女達と生きていく王国を創る”等という誇大妄想を垂れ流していたらしい。
そのマツの虚言を信じ切ってしまった女達の一人に、あろう事か領主の娘もいた事が事態を更に悪化させる。
街を揺るがす騒動が起きた後、マツはこの街から姿を消す。
表向きは“街からの追放”という話だが、実際は夜逃げしたという事だ。
ただ、一度マツを信じてしまった女達は止まらない。
“彼を迎え入れるための町を創る”と、荷物をまとめてこの街を飛び出し、領地の一部であり人の手があまり入っていない山の中で、勝手に村を作り出した、というのがこれまでの流れだったようだ。
領主としては難しい判断だったのだろう。
娘は可愛いが、歯向かった処罰をしなければならない。
新たな村を開拓するならば、将来の税収は期待出来る。
そうして下された決断が、マツの追跡中断と女達の命の保証、そして新たな村の開墾の許可と引き換えに、街からの永久追放なのだ。
そのあまりの厄ネタから、山の村と関わろうとする人間はいないし、街の人間には“黒髪の性獣”という伝説が残ってしまったのだという。
なので、今でも黒っぽい髪の人間を見ただけでも、街の娘は怯えて隠れてしまうのだとか。
そりゃ同じ髪質の俺を見たら、街の女は逃げ出すはずだ。
ついでに言えば、街から去っていった女達の中にはそれなりの身分の娘も複数いたのだという。
今回俺を襲った冒険者を雇った奴等は、恐らくそういう娘の親達だろう、と言う事もわかった。
今回の件の依頼者の名前が“被害者会”という名前だった事からも、1人2人の話ではない事は容易に想像
がついた。
<しかし、こうして街中で恐れられていると、それはそれで行動に制限がついてしまいますね。
それに恐らくマツという人間は、もうここには戻れないと思います。
次の場所を探した方が良いのでは?>
「それも考えてる。
ただ、だとしても今は情報がなさすぎる。
恐らくあの、コトウ村か、あそこの女達が何かしら情報を持っていると思うんだ。
マツの奴が何か吹き込んでいないと、あんな風に村を作って維持し続けようと思わないと思うんだよな。」
ふと、1人の少女の顔が頭をよぎる。
街から追放された娘。
オリビア・セス。
いや、今はただのオリビア、か。
「……女への尋問は、得意じゃねぇんだよ。」
先程のような暴力で訴えてくれたら、簡単に暴力で返せるのだが。
そんな事を思いながら、ため息をつく。
<勢大が色仕掛けで、逆にオリビアを落としてしまうのはいかがでしょうか?>
“バカ言え”とため息をつきながら、俺は山道を登り始めるのだった。
次回更新は5/13(火)の3時くらいを予定します。
いやぁ、どうしようもない状況ってあるんですね。
現在の繁忙に加えて、月末月初の恐怖がやってきそうでして。
最近は物語を考える精神的余裕もなく、忙殺と無になる時間を繰り返しまくってますので、ちょっと長いGWを頂きます。
よろしくお願いします。




