749:トロフィー跡地
「……なるほどねぇ、各地を転々と。
しかしそれにしちゃあ、随分と冒険者証が真新しいようだが、これまではどこで何を?」
「いやぁ、それまでは冒険者だと思って薬草採取やら何やらやっていたんですがね、何でも向こうの街で聞いたら、冒険者として活動するには冒険者証が必要だって話でして。
あー、そんならちゃんとした冒険者になっておくかと、そんな感じで取らせてもらった訳でして。」
あくまでも、あまり物を知らない田舎者、という体で話を進める。
しかしそうか、冒険者証は確かに取得したばかりだから、見る人間が見れば真新しいとすぐにバレてしまうか。
これは注意が必要だな、と小さく呟く。
ただ幸いにして、俺が言う事もそれなりに信じてはもらっているようだ。
「何ともまぁ、そりゃあお前さん随分な田舎にいたんだなぁ。
どの辺の生まれなんだい?」
少しだけ、笑ってしまいそうになるのを堪える。
貫禄あるような喋り方をしているが、目の前の女性、シャルロッテの見た目は若い。
それに、見た所これまで農作業とは無縁の様な白い肌と荒れていない手をしている。
どこかの貴族のご令嬢といった方がまだピンとくる。
「東の、果ての方から来まして、何か、この髪もこの辺じゃ珍しいんですね?
前の街でも、何だか随分とアレコレ言われましたよ。」
笑いながら、自分の髪を指さす。
前の街では散々な評価だったのに、この2人からはそれが無い。
その事も、少しだけ不思議には感じていた。
「あ、あぁ、そう言えばそうだったな。
そこまで真っ黒な髪は珍しいだろうからな。
……そうか、東にはそなたのような見た目の者が多いのだな。
その、何だ、そなたの国は、ここからかなり遠いのか?」
微かな違和感。
まるでそれは、“近くであってほしい”と言うような、どこか懇願するような感情が含まれている。
「あ、ええ、そうですね。
何日くらい旅をしたのか、もう忘れてしまいまして。
……それが、どうしましたか?」
俺の言葉はどうやら、彼女等の期待には添えなかったらしい。
あからさまに落胆した表情をすると、“そうか”と言ったきり黙ってしまう。
「え、えぇ、そうなんですよ。
しかしアレですね、こちらの村は何という名前なんですか?
見たところ真新しいお家が多いですし、最近出来た村なんですか?」
あまりこういう時に先に話すのは、会話のイニシアチブを失いかねないので良くないとは思うが、流石に沈黙に耐えられなくなり話題を変える。
シャルロッテも、目の前に俺がいるのを改めて思い出したのか、明るい口調でこの村の事を教えてくれる。
「そ、そうなんだ。
最近、こちらの村を開拓する事を王国に認めてもらってな。
ようやく家も作り終えて、やっと一段落した所なんだ。」
聞いてみれば、ここにいるのはこれから俺が行こうとした街、セスと言うらしいが、そのセスの街にいた者が殆どなのだという。
しかも、女性ばかりで20人程度の村なのだという。
(……何だろう?そういう趣向の人達の集まりなんだろうか?)
流石にそれを聞くのをためらわれる。
何かの漫画にあった、“女の子は女の子同士、男の子は男の子同士で恋愛〜”って話だとしたら、あまり深く言及するのもどうかと思うしな。
「おっと、だがセーダイ殿だったか、そなたがどこかの家に婿入りしようとしても無駄だぞ?
我等の殆どは子を宿しているからな。」
「ありゃ、そりゃ残念!
……って、いやいや、そんなつもりはございませんよ。」
幸い、向こうからこの村の特殊事情を話し始めてくれた。
俺がオーバー目なリアクションで返すと、クスリと笑いながら、その事情を語りだす。
「実はこの村の夫は同一人物でな?村の名前も彼の名前をとって、“コトウ村”というのだ。
彼は今“重要な仕事が入り、一度故郷の方に向かう”と言っていたが、必ずここに戻ってくると約束してくれ、我々だけで村を作り、彼と共に暮らす為の理想郷を作り上げようとしているのだ。」
“孤島村”?何の冗談だ?と思いかけた所、この村の、いやこの女達の夫なる人物の名前を教えてもらえた。
マツ・コトウ。
その名を口にしたシャルロッテは、どこかウットリとした表情で虚空を見つめる。
その表情を見て、俺は僅かに背中に冷たいものを感じていた。
「あ、あー、そうなんですね。
その男性はこれだけの女性に囲まれて幸せ者ですねぇ。」
「まぁでもマツが本当に愛してるのはアタシだけどね。」
「ハハハ、オリビアは真実の愛を知るにはまだ幼いからなぁ。」
室内の温度が一気に下がり、火花が飛び散るのを感じる。
“あぁ、この村は長くないなぁ”と、思わずにはいられない。
この村にいる女性達の、共通している点は一人の男の存在だけ。
しかも当人が不在となれば、遅かれ早かれ空中分解する事になるだろう。
「いや、セーダイ殿は話しやすいから、つい色々と言ってしまったな。
もしかしたら、彼と同じ雰囲気があるからかも知れんな。」
勘弁してくれ、と心で思う。
俺を透かしてマツとやらを見られても困る。
「や、それはありがたいですね。
……あまり長居しても申し訳ないですし、それじゃあ私はそろそろここらで……。」
「や、待ってくれないかセーダイ殿。
実はこの村もお察しの通り出来たばかりでな、色々と物資が足りないのだ。
それに、ちょっとばかり力仕事もあったりする。
もしセスの街に向かうのならば、ちょっと頼まれ事を引き受けては貰えないだろうか?」
やっぱり、と、心でため息をつく。
実は、この村が出来るまではこうして行商人が顔を出すことがたまにはあったらしい。
そこで物資を交換するなど色々やりくりしていたのだが、行商人もある程度事情がわかるとパタリと来なくなるらしい。
そのため、最近は少しずつ物資が無くなってきていて困っていたと言う事だ。
「ちょっと我等にはセスの街に入りづらい事情があってな。
人助けと思って手伝ってはくれないだろうか?
そうだ、セスの冒険者ギルドにかけあって、これを依頼としてもいい。
少しの間、どうだろうか?」
<勢大、非常に微妙な所ですが、この話は受けても良いように思えます。>
マツの情報を仕入れる、冒険者として貢献度を上げるという観点では、きっとそうだろう。
逆に言えばそう言うのが無い行商人では、この村に先が無い事をすぐに察して、シャルロッテが言っていたようにすぐに見切りをつけていなくなるだろう。
「……解りました。
依頼と言うことであるなら、お受けしましょう。」
今ここで俺が受けなかったら、と言う事を一瞬考えてしまった。
仕方ない、乗りかかった船、と言うやつだろう。
俺は諦めて、自分の利益を頭の中で計算しだしていた。




