748:奇妙な村
「……多分この辺……、お、あった。」
先程見かけた辺りを頼りに、鬱蒼と木が生い茂る山道を登る事数時間。
ようやく、真新しい家が立ち並ぶ森の中の村にたどり着いていた。
「ここから見えるだけでも、やっぱり建ててからそう時間はたってない家ばかりだな。」
森の中に昔から建っていれば、それなりに家もくたびれてくる。
それだけでなく、家の周囲も自然と乱雑になっていったり雑草が迫ってきていたりと、まぁ田舎の過疎村みたいな空気になっているはずだ。
だが、家だけでなくその周りも、道も、少し時間は経過しているがまだ真新しい。
何より、何と言うか、村の雰囲気というのだろうか、そういう物がまだ若い。
「……これで、実は俺が今見ているのは幻覚で魔物とか幽霊の仕業でしたー、とかだったら、それはそれで笑えるな。」
<何を馬鹿な事を言っているのですか。
こちらの村は私にも観測できています。
正真正銘、現実の建物ですよ。>
“解ってるよ”とボヤきつつ、村の中へと歩を進める。
それぞれの家の作りはほぼ同じで、階段や窓の近くには色とりどりの花が飾られている。
(……ずいぶん、洒落た感性を持っている人間が住んでいるんだなぁ。)
「そこのアンタ!この村に何しに来たの!!」
ぼんやりと家を見て回りつつ、中の住人達がどんな人間かと想像をしている時、後ろから若い女の声で怒鳴られた。
思わず声のした方とは逆の方向に飛び退って振り向き、構える。
声の主はと見れば、質素な服を着て山刀を持った若い女性が、震える切っ先をこちらに向けていた。
「あ、いや、これは失礼!私は旅をしている冒険者でして!!
街まで行こうとした所で森に迷ったところ、この村を見つけまして!!
“いやぁ、渡りに船だ”と喜んで村に入ったら誰もいないもんで、様子を見ながら歩いていた、って訳なんですわ!!」
極力慌てているふりをして、身ぶり手ぶりを交えながらしどろもどろになって答えている風を装い、観察する。
異世界だからか、逆に珍しくないピンク色の髪の毛をしているかなり美形の女の子……多分年齢的には元の世界換算で10代後半か、いっても20代前半くらい……まぁ、異世界だとこの見た目で10代前半とかあるから、アテには出来ないだろうが。
それでも、人生経験としてはそこまで無いのか、武器を持つ手が震えていたり、俺が滑稽な感じでここに来た理由を話すと、警戒心というか、敵意みたいなものはすぐに霧散していた。
そうした、人の言葉をそのまま受け入れてしまうところも恐らくは人生経験の無さから来るものだろう。
「あ、そうだったんですね。
そ、それは失礼をしました!!
あ、アタシ、てっきりこの村を襲いに来た悪い人かと思っちゃいまして!!」
女の子はすぐに山刀を背面に隠すと、ペコリとお辞儀をしながら慌てて謝る。
それを見た瞬間、俺の頭の中で警戒度が一段上がる。
何となく、これまでの経験から引っかかるモノを感じたからだ。
どこがおかしかったのだろう?と考えた時に、すぐに思いついた。
女の子の態度と、剣の隠し方が不自然なのだ。
右手で構えていた剣を、くるりと回転させて逆手に持ち、背に隠す。
その挙動は、他の異世界では騎士や、それに近しい“戦闘訓練を積んだ者”が行う挙動だ。
なのに、先ほど俺に剣を向けていた時は切っ先が震えていた。
「あ、いやいや、こちらこそ、特に声もかけずに村の中まで来てしまいましてすいません!!
あ、私、駆け出し冒険者のセーダイって言います。
あの、もしよろしければこの村に泊まっても良い所とかありませんでしょうか?
それと、少し薬草採取してるんで、お取引出来たら、とか……。」
俺の言葉を聞き、目の前の女性がまたほんの少しだけ空気を変えたように感じる。
何と言うか、先ほどまでは警戒を解いたフリ、で、今度は本当にもう少し警戒度を下げた、という感じだろうか?
「あ、そうだったんですか。
それなら、村長の家にご案内しますね。
あ、私オリビアって言います。」
オリビアと名乗る少女は“こちらです”と俺に笑いかけると、ずんずんと先に進む。
慌てて追いかけながらも、少女の後ろ姿を見るフリをしながら、何となく周囲に意識を巡らせる。
<勢大、家の中や物陰から、こちらを見ている存在が複数あります。>
マキーナの言葉を聞きながら、一番近くに隠れていると思しき方向を何気なく見る。
そこには、家の影に隠れながら恐る恐るといった表情で俺を見ている女性と目が合った。
目が合うと、すぐに隠れてしまう。
良い方に考えるなら村人全体が人見知りの村、なのだろうか?
まぁ悪く考えるなら、他に隠れているのは俺が何か悪さをしようとしたら飛び出してくる、この村の兵士的な存在、なのかもしれないが。
村長の家、と言われたが、実際には他の家と作りは変わらない、平屋の一軒家だ。
ただ、確かに家の周りの花壇には、他の家よりも色とりどりの花が植えてある。
「村長ー!いますー!?
冒険者さんの旅人ですー!!」
「うっさいボケ!聞こえとるわい!!
……入れ。」
家の中から、若い……とは言い切れないが、まだ元の世界の俺の年齢よりは若そうな女性の声が聞こえる。
若い女性の村長とは珍しい。
ここに来るまでの道のりで考えるなら、ある意味で一番ファンタジーしてると言っても良いだろう。
オリビアが扉を開け、笑顔で俺に中に入る様に促してくる。
少し不思議な気分になりながら家に入ると、入ってすぐの居間でのんびりお茶を飲んでいる1人の女性が目に入る。
「……アンタが旅人さん?
アタシはシャルロッテ。
この村の村長をやってるよ。」
少しだけ、面食らう。
オリビアという女の子、言っては失礼だが、こんなへんぴな所にある村には不釣り合いなくらいには美少女だった。
だが、目の前にいる村長を名乗る女性もまた、負けず劣らず美女だった。
……あとついでに、2人共大きい。
<勢大はそちらの派閥でしたか。>
は?ちげーし!
見たままを言ってるだけだし!
そも、どちらの派閥とか知らねーし!!
<ハイハイワロスワロス、と言えばよろしいですか?>
マキーナからのクールなツッコミを受けながらも、さして驚かないフリをしながら進められた席に座る。
座るとすぐに、オリビアがまるでいつもいるかのような手際でお茶を入れ、俺と自分の分の湯呑みをテーブルに置く。
2人の美女に囲まれて、俺は妙な居心地の悪さを感じていた。




