746:次の街へ
何でも無い風を装いながらも、急ぎ足で店で必要そうな物資を購入する。
店と言っても、ここの商売は屋台の様な出店だ。
その屋台を次々と回り、片手鍋やら寝袋代わりの布等を次々と購入していく。
ぱっと見は、何らかの理由で装備を失った冒険者が慌てて旅の装備を買い集めているように見えるだろう。
この手の世界では珍しい話ではない。
野営中にモンスターや魔獣の襲撃を受けた、迷宮のトラップで紛失した、強い相手と出会ってしまい、取るものも取り敢えず逃げた。
はたまた、飲み代や博打のカタに巻き上げられた、なんて事もあり得る。
冒険者仲間からすれば“ド素人”と笑われ後ろ指を指される姿だが、そう言った手合に物を売る商人からすると良いお客様だ。
「お、兄ちゃんずいぶん慌ててんな?
どしたい?冒険に遅れそうなんか?」
「ハハッ、いやぁ、実はそうなんスよ。
道中色々あって、ボロくなった装備を買い直そうとしてましてね。
東門に仲間を待たせてるから、急いで最低限のものだけ買っておこうと思いましてね。」
前歯が1本欠けた露店のオッサンが、愛想よく俺に笑いかけてくる。
正直、こういった雑談をしている暇も無いのだが、ここで無下にすると却って怪しまれるし、何より足元を見られかねない。
それらしい話をでっち上げて、やむを得ず急いでいる風を装う。
露店のオッサンは事情を勝手に察したのか、カラカラ笑うと“お前さんが買えそうなのは、あそこら辺の商品じゃないかな?”と、通りの一角を指さす。
その方向を見てみれば、もはや屋台すら無い、地面にゴザを引いて適当に商品を並べただけの店で、浮浪者一歩手前といった商人達が物を売っている。
(ははぁ、なるほど、このオッサンは俺が昨夜博打か何かに負けて身ぐるみ剥がされた新人、と思っている訳か。)
確かに、この街に来て腰を落ち着ける前にあんな事があったし、何より俺の首からぶら下げている冒険者証は新人のモノだ。
対して持ち合わせが無いと思ったのだろう。
<勢大、あちらの店は殆どが粗悪品です。
妙に品質の良いものがありますが、それらは盗品の可能性があります。
あまりあちらの店で購入するのはお勧めできません。>
(“お勧めできない”ってだけなら、アッチでいいな。)
俺は出店のオッサンに意味ありげに笑うと、礼を言って露店に足を向ける。
案の定、オッサンが後ろでクスクス笑っている空気を感じる事が出来た。
これで、“言い繕っていても想像通りのマヌケな新人冒険者”という空気は出せただろう。
「どれどれ……まぁ、想像通りって所か。」
ざっと見て回ると、どれも“安かろう悪かろう”だったり、“ちゃんと使うには微妙にサイズが小さい”とか、どれも微妙な商品ばかりだ。
だが、その値段は出店と比べても1/10以下だったりと、値段だけ見れば確かに丁度いい。
どうせ次の街に行くまでの繋ぎと思えば、これはこれで悪くない。
(元の世界で、“100円で何でも揃う”みたいな店を思い出すなぁ。)
“アレも結局100円じゃ買えなかったりするんだよなぁ”と思いながらアレコレ買っていると、ふと銅の剣が目に入る。
見た目はちゃんとした剣で、長さも申し分ない。
研ぎがいい加減なのかと刃を見てみるが、それなりにしっかりと研がれている。
「お、オジさんお目が高いね!
これは俺が研いだものなんだ、こう見えても俺はあの北の名工から修行を受けててね!
斬れ味抜群、しかも今ならたったの2メニ銅板で良い!
これはもう原価のレベルだぜ?お買い得だよ!!」
なるほど、と少し納得する。
冒険者にとって武器とは、自分の命を預ける大切な道具だ。
生きるか死ぬかの瀬戸際で必死に振り回した時に、折れない事、曲がらない事、そしてちゃんと斬れる事。
そういうモノを求める。
すると必然“実績のある武器屋”から買う事になる。
こういう“いかにも若くて直接的な後ろ盾も実績もない職人”は、物を売るにしても自然とこちら側に回されると言う事なのだろう。
「……よし解った、これを買おう。
ただ、アンタの実績も解らねぇのに2メニは払えねぇなぁ。
なぁ、そこの鞘とベルト、後は研ぎ石も付けてくれよ。
そしたら2メニでも良い。」
「オジさんそりゃ無いぜ!こちとらかなりの高級素材を注ぎ込んでるんだ、そこまでつけたら干上がっちまう!!」
空気が歪み、俺と若い職人との間に火花が散る。
お互いに不敵な笑いを浮かべ、舌戦が幕を開ける。
俺は実績のなさと、マキーナの分析から得たやや粗悪な品質をネタにオマケを求め、彼は自身の腕と世間知らずのプライドで高く買わせようとする。
結果、研ぎ石は無理だったが剣と鞘、そしてワンランク下の吊り下げ紐で、2メニ銅板となった。
“よし、勝った”と思いながら金を支払い、吊り下げ紐の調節をしているとマキーナからの警告が出る。
<勢大、このエリアの入口にギルド内にいた冒険者の一部が現れました。
集団で動いているところを見ると、勢大を探しているものと思われます。
ここからの離脱を推奨します。>
それはヤバい。
俺は若い職人に礼を言うと、すぐに荷物をまとめる。
「あ、オジさん、俺はレニって言うんだ!
良ければまたご贔屓に!!」
俺は笑いながら軽く手を振ると、人混みに紛れる。
名乗っても良かったが、そのせいであの前途ある若者に何か迷惑がかかるような事は避けたい。
「……それにまぁ、運と縁があればまた会う事もあるだろうさ。」
<勢大、感傷に浸るのはもう少し後でお願いします。
西門への安全なルートを割り出しましたので、マーカーに従って下さい。>
へいへい、とため息をつきながら、気配を殺し極力周囲の空気に紛れながら、西門を目指す。
出店のオッサンには“東門に仲間を待たせている”と言っておいた。
俺の目標はマツとやらが向かった次の街。
そこに行くには西門から出る必要がある。
どれ程の効果があるか解らないが、多少は時間稼ぎになる筈だ。
西門にたどり着くと、周囲の空気は特に警戒している様子はない。
言うなれば、“平常運転の警戒”といった空気だ。
この街、入る時は一人一人問答があったが、出る時は基本的に門番に何かしらの証書をかざしてそのまま歩いて出ていっている。
俺の番も来て、冒険者証を見せるが、特に興味の無い様子でチラと一瞥し、喋ることもなく顎で“行け”とジェスチャーされるだけで済んだ。
門を抜けると、不自然にならない程度に足早に移動し、かなり距離が離れた所で小高い丘に登る。
マキーナに頼み、右目の視力を上げてもらうと、どうやら門の周辺が慌ただしい。
「やれやれ、どうやら間一髪間に合った、って感じだな。」
それだけ見届けると、俺は次の街へ向かう。
次は揉め事を起こさず、平穏に足場固めをしたいもんだ。




