743:最初の洗礼
「……オラ、次の奴、さっさと来い。」
呼ばれて、受付のカウンターへと進む。
……いやー、まぁなんて言うの?
解るよ?こういう世界だし。
そんなにね、期待していなかったし、そういう世界だし。
ただ、だからこそギャップっていうの?何かさ、そういうのあっても良いじゃん。
罰とか当たらんやん?
そんな事を思いながら俺は、カウンター越しに不機嫌そうな表情で俺を見つめる髭だらけのおっさんの顔を見つめる。
カウンター越しに見える上半身を見れば、かなり鍛え込まれていたであろう肩の筋肉が目に入る。
左目の眼帯と、同じく左手の指が中指から下が無い所を見ると、恐らくは元冒険者だろうか。
かつては前線にいたが、重傷を負って冒険者からギルド職員に転職、そんな風に見える。
俺の前の奴とのやり取りを聞いていても、それなりに知性が高いようで、そういう所も評価されてスカウトされているのだろう。
「あぁ、すいません。
冒険者として登録したいんですが。」
俺の言葉を聞いて、ジロリとこちらを睨むと値踏みするように視線を動かす。
そして面倒くさそうにため息をつきながら、近くの棚から書類を取り出す。
「んで?お前さん名前は?出身は?スキルやレベルは解ってるのか?」
俺は名前を伝えると、出身はここに来る前のカバーストーリーの通り、東の果てからやって来たと伝え、田舎の村なのでスキルやレベルは知らないと話す。
俺が話している最中も、受付のおっさんは厳しい表情で睨み続けているだけだったが、唯一、“東の果てから来た”という言葉にだけは眉を動かした。
「……お前、東の果てから来たって事は、アレか、黒髪か?」
門番とやりとりした時のような袈裟懸けの僧侶スタイルでは無く村人スタイルだったが、念の為にと頭にはターバンの様に布を巻いていた。
聞かれて、俺は“そうだ”と答えると頭に巻いていた布を取る。
黒髪があらわになった時に、ギルド内がざわつくのが解った。
「お前は知らんだろうが、今この街ではその髪色はタブーみたいなもんなんだ。
もう良いから、さっきみたいにその布を巻いておけ。」
ぶっきらぼうに言いながらも、もう良いとジェスチャーでも示すと何かを手元の紙らしきものに書き込んでいる。
「……あの、ここに来る途中でも言われたんですが、何かあったんですか?」
嘘は言ってない。
誰から聞いた、の話はしていないだけだ。
そう聞いた受付のおっさんは、少しだけ哀れむ目をした後、また元の厳しい表情に戻る。
「つい最近、お前みたいな真っ黒な髪をした奴がこの街で暴れたんだよ。
一応、別人とは書いておくが、後でお前さん面倒な事になるかも知れねぇな。
まぁ、恨むならソイツを恨む事だ。」
おっさんは意味深な事を言うと、手元の書類を書き上げ、1枚の銅プレート、そこにダウィフェッド語で俺の名前と数字の3が刻印されたモノ、をこちらに渡す。
「それが身分証明だ。
お前は駆け出しだから銅三等級からスタートだ。
このダウィードではそれが身分証明になるから無くすんじゃねぇぞ。
無くしたら罰金は銀貨1ディセンだからな。
依頼はあっちの掲示板に貼られてる。
朝早く来ればそれなりにいい仕事もあったりするが、お前の等級じゃいつ来ても大して変わらん。
実績が上がれば等級も上がるから、地道にやる事だ。
……あ、後な、依頼の斡旋以外の事はギルドは関知しないからな。」
“妙な言い回しをするな”とは思ったが、聞いている感じは大体他の異世界と似たようなシステムだ。
駆け出しは銅三等級で、多分そこから銅二等、銅一等と上がり、鉄、銀、金とかに上がっていくシステムだ。
ギルドは依頼斡旋のみで、最初に提示された報酬も現地交渉次第では増減があり得る。
その場で何かしら諍いがあったとしても、費用を払ってギルドに仲裁してもらうか、個人で役人に訴えるか。
大体どこもそんなシステムだったし、今更言われるまでもない、と、考えた所で“この世界では初めての説明になるのか”と思い直す。
確かにこのギルドに初めて登録したのだから、そりゃ説明するか。
期待に夢膨らませた新人がこの説明を聞いて、後で“話と違う!”と喚いた所で“説明しただろ”と、手痛い授業料を払う事になる、と言うわけだ。
了承の回答を返し、プレートを首から下げると“とりあえずは依頼を見てみるか”と、後ろを振り返る。
「よぉ、お前、あの黒髪の事何か知ってるんじゃねぇのかよ?」
振り返ると、まるで世紀末世界の雑魚みたいな奇抜な鎧に身を包んだ集団が、俺を取り囲んでいた。
すげぇわ、肩にトゲトゲ付きのアーマーとか、あの有名な緑のロボットでしか見た事ねぇわ。
ってか、それなら右肩にシールド着けてくれよ、と思ってしまうが。
「あの、その黒髪さんって、どういう方なんでしょうか?
私も地元を離れてから見た事なくて。」
「あぁ?しらばっくれてるんじゃねぇよ!!」
アカン、会話が通じん。
少し考えれば、知り合いだとか何かしら事情を把握している同郷の人間だとかだったら、ソイツが何かやらかして危なくなってるんだろうなぁ、みたいな場所にこうしてノコノコ現れる訳ないやんか。
と、説明した所で通用しない空気なのは十分に解る。
チラと受付のおっさんを見れば、タバコに火をつけながら新聞のようなものを読み始めている。
なるほど、“関知しない”には、これも含まれているらしい。
手に持っていた長杖を少し引き寄せ、しっかりと握る。
目の前にいるのは6人の冒険者。
それぞれ手に木の棒を持ちながら、ニヤニヤとこちらを見ている。
流石に刃物を抜いて流血沙汰にはしたくないのか、或いは新参の冒険者ならこれで十分と思ったか。
何にせよ、コイツ等自身“俺が関係者であろうとそうでなかろうと関係ない”という表情ではある。
恐らく、似た容姿の奴を袋叩きにして溜飲を下げたい、という欲望なのだろう。
(……参ったな、どうするか。)
選択肢は2つ。
黙ってボコボコにされて重傷を負うか、返り討ちにするか。
前者ならマキーナ頼りになるが、異世界の力を使えば回復は出来る。
ちょっと俺がしんどい思いをするが、ある意味で“通過儀礼”としてその後に受け入れられる可能性は高い。
後者であれば、多分前に来た黒髪と同じ結末を迎える事になるだろう。
(でも痛い思いするのは嫌だなぁ)
「お前等、何やってるんだぁ!!」
どうしようか考えあぐねていると、そこに馬鹿みたいな大声が飛ぶ。
“この状況を変えてくれるのか?”と、俺は期待しながらそちらに振り向いていた。




