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異世界殺し  作者: Tetsuさん
昏い光
743/831

742:生きるという事

「……いやぁ、朝まで長かったなぁ。」


<そうですか?たった9時間程度の事です。

それよりも、いつまでこの変装を続けるのか、私はそちらの方が気になっています。>


おっといけねぇ、と呟きながら、薄明るくなってきた路地から離れ、路地裏で変装を解いていく。

ムキムキだった筋肉、俺の能力の僅かな解放から発生するパンプアップと、それに合わせたマキーナのアンダーウェアモードの拡張で見せていた幻影(それ)を、もとに戻す。


初めてやってみたが、これはこれで良い収穫だった。

やはりこういう、言葉よりも武器よりも人間の根源にあるような“見た目でわかる強さ、強そうな姿”は有効かもしれん。

不審そうなら捕まったかもしれない、弱そうなら見くびられたかもしれない。

でも自国の宗教の信者という扱いが難しい相手、しかも手を出したら自分もただでは済まないと感じられる力の差。

多様は出来なくても、強引に突破しなければならない時にこの手は有効だな。


「たった9時間ってお前……。

待ってるだけってのも、割と退屈で苦痛なんだぜ?」


<途中まではもう1周、街並みを見て回ったではないですか。

完全に灯りが無くなってから日が昇るまでの間で、やることが無くなった時間は恐らく3時間程度ですので、さほどの苦痛でもないかと思われます。>


そう、冒険者ギルドが閉まっているとわかった夕方から、今度は夜のこの街を見ておこうとまた街を見て回っていた。

時間にして、夜の7時にでもなれば辺りはすっかり暗くなる。

商業区と居住区ではいくつもの小さな光がつき、周囲に獣臭が立ち込めていた。

恐らく、一般的に普及しているのは動物の油を使ったロウソクか何かなのだろう。

あまりの悪臭に布で口元を覆う程だったが、ここで生きている住民は慣れているのか、楽しそうに夕餉の団らんをしていたり、酒場で談笑している。

ただそれも、夜の10時に近付こうと言う時にはすっかり静かになった。

いや、少々違うか。

住民達が寝る前に用を足すのか、各家の窓から糞尿が路地に撒かれるのだ。

新鮮な糞尿の悪臭が、また俺を苦しめていた。

そして、その糞尿を求めて路地に大量に徘徊し始めるネズミ達。


ほぼ完全な闇の中、夜の住人達が人の出した物を求めてうろつく、そんな場所だった。


マキーナの力を使い、右目を暗視モードにしていたため、それらが丸わかりだった。


<……勢大、この場所では、あまり長期間活動しない方が良いと思われます。

私の防御能力も完全ではないので、いつしか疫病や毒、寄生虫の類に侵食されるかわかりません。>


その時にふと呟いたマキーナのそれには、酷く同意だった。

これなら、あの村の方がまだ衛生的には清潔だったかもしれない。

ノミやシラミがいても、だ。


そうして真っ暗な街を見て回っても、既に殆どの家は寝静まっているし城壁のいくつか、恐らく兵士の詰め所らしき所に微かな灯りが見える程度だった。


総じて、不衛生な事を除けばこの城壁の内側にいる住民達は規則正しい生活をしている。

現に今、空が薄紫になり始めると街中が目を覚まそうとしているのか、少しずつ生活の物音が聞こえ始める。

そして夜の住人であるネズミ達も、危険が近付く時間と知っているのか次々と姿を消し始める。


(夕暮れが“逢魔が時”なら、この瞬間は“退魔が時”だったりするのかな?)


ふと空を見て、ぼんやりとそんな事を思う。


<感傷に浸っているところ申し訳ありませんが、そろそろ冒険者ギルドに行くのはどうですか?>


おっと、そうだった。

まだギルドが開くのは少し先だろうが、先に行って様子を見るのも良いだろう。


人が活動し始めるとまた、新鮮な悪臭が漂い始める。

それには気を向けないようにしながら、俺はギルドまで早足で進む。


<ところで勢大、髪色や髪はそのままで行くのですか?

だとしたら隠し続ける必要があると思いますが?>


移動しながらも、そうだなぁと悩む。

ここまでの断片的な情報から、まずあの村に来た転生者は俺と同じ世界の出身だろう。

そして、その転生者はあの村で大暴れした。

村の長老が言うには突然襲ってきた、と言うことだが、多分先に仕掛けたのはあの村の連中だろう。

そこで返り討ちにするときに、どうやら素手で暴れたらしい。

何かスキルのようなものを使っていた、というのは解っている。

どうやらこの世界にはスキルとレベルの概念があるようだ。

村長いわく、“レベルは高くなさそうだったが、スキル持ちだったので勝てなかった”という事らしい。


レベル制のRPGを再現した世界なら、スキルを持っていても威力が高くなくて終わりそうな気がするのだが、その辺は俺には解らないゲームが元になっている可能性はある。


<本人のレベルと、例えばスキルレベルが別物になっているジョブタイプや、或いはレベルが上がるとスキルの深度が上がるスキルツリー型の可能性もありますね。>


確かに。

あの村長が何でも知っているとは到底思えない。

マキーナの推測の方が可能性としては近いな。


「まぁ、その辺は冒険者ギルドで聞けたらいいんだけ……ど……って、もう結構並んでるな。」


まだ夜が開けきる前だというのに、もうギルドの扉の前には人だかりが出来ていた。


ちょうどいい機会だと、少し離れたところからギルド前の状況を観察する。


扉の前に張り付き、押し合いへし合いしながら時々小競り合いが発生している集団、それとは一歩引いて談笑している集団、この2つが大きく分けられる塊だろう。

前者の集団は、まるで浮浪者か荒くれ者の様な集団で、装備は木の棍棒や小さな革の胸当てなど、どう見ても安物だ。

そしてその表情にも余裕があまりない。

多少肩がぶつかっただけでも大げさに振り払って睨みつけるなど、一触即発の空気を出している。

彼等が揉めないのは、恐らく後ろの集団のせいだろう。


その、小汚い格好をした集団の後ろにいる奴等は、前の集団とは違い皆それなりに良い身なりをしている。

装備も金属製の剣やメイスを背負っていたり、盾を持っている者もいる。


(……底辺冒険者と成功している冒険者、って所なのかなぁ?)


ぼんやり見ていると、ギルドの扉が開く。

小汚い身なりの集団は我先にと室内に駆け込んでいき、その後をゆっくり歩いていい身なりの奴等が入っていく。

しばらくすると、小汚い冒険者達はまた我先にと駆け出してギルドから飛び出ていく。

そしてその後、良い身なりの冒険者達がギルドから出てくると、何やら仲間同士で気合いを入れ合いながら、それぞれ何処かに歩いていく。


「……マキーナ、何だか冒険者になる前から、何か世知辛いものを見た気がするんだが。」


<どの世界も一緒です。

諦めて登録しに行きましょう。>


何故だか重くなった足を持ち上げ、俺はギルドの入口に向かうのだった。

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