740:深夜の攻防
「お、お前、あの睡眠薬を飲んでも寝てなかったのか!?」
スコットが焦った表情で俺に問いかける。
そう言われ、あぁなるほどと思う。
確か元の世界でも、ごぼうのお茶やミントのハーブティーは心を落ち着かせる、睡眠導入の効果があるんだったっけか。
なるほど、そこまで文明が進んでるワケでもないこの世界じゃ、薬の調合が出来るはずもない。
もっと原始的な薬、こういう根菜やらミントの葉が薬と認識されている訳だ。
ただ、それを説明してやる必要もない。
俺はスコットに向けてニヤリと笑う。
ちょうど月にかかる雲が流れたのか、天窓から光が差し込み、互いの姿が見える。
「わ、笑ってやがる……。
や、やっぱり“黒髪”には関わっちゃいけなかったんだ!
お前、この間のアイツの仲間なんだろう!!
お前も“スキル持ち”って訳だ?
でもなぁ、今度はやられねぇ、死んだ仲間の仇もとってやる!!」
ん?と不思議に思う。
目の前のスコットの怒りは本物そうだ。
おかしくなって、突然妙な事を口走っているわけでもない。
となると、この村には俺と似たような特徴の先人が来ていたらしい。
そして多分、口ぶりからするとだいぶ暴れてここを立ち去ったのかもしれない。
「さぁな、それが誰の事を指しているか知らんし、もしかしたら俺が追っている奴かもしれねぇな。
だが、だとしたらどうする?
そいつと同じような事を、俺もやってやろうか?」
そんな、“暴力に任せて暴れる”ような奴はこの世界でよほど力のある無法者か、転生者くらいだろう。
そして、力のある無法者がこんな場所を今の時期に襲うとは考えられない。
日中チラリと見た畑の様子では、収穫どころか実をつけるのはまだ先だ。
それに随分と規模の小さい村だから、まぁ狙うとしたらゴブリンの群れだの野犬の群れの類といった、そこまで強くもない集団だろう。
であれば、残った可能性は転生者。
しかもスコットの口ぶりでは、黒髪が珍しそうな言い方だ。
と言う事は、ほぼ当たりだろう。
最初の出現地点に現れ、この村にたどり着いて入り込み、何かをして村人から狙われ、そして反撃して立ち去った、という所か。
ただ、俺自身の体験もある。
この村の人間は、恐らく信用が置けない。
俺をこの部屋に誘導するまでの流れが、手慣れすぎている。
部屋の扉が引き戸ではなく開き戸なのも、内部から突っ張り棒等で侵入を防止されないためだろう。
更に、扉自体も外開きということは、扉の前に何かを置いて開かない様に細工する事も出来ない、という事だ。
部屋の中も防御に使える物は何もなく、脱出しようにも窓が高くて簡単には外に飛び出せない。
周到に用意されたキリングフィールド、と言うのが俺の見立てだ。
また、それは部屋だけではない。
この村に立ち寄る場合、最初に目に付く建物であり畑でもある。
スコットがここにいるのも、何も知らずに村を訪れる旅人が最初に声をかけやすいように、だろう。
門番であり、吟味役であり、そして恐らくは村で一番強い男、なのだろう。
「ほ、本当か?
アンタ、あの黒髪の追っ手なのか?
なら、アンタに話しておきてぇ事があるんだ、だからその爺さんを離してくれねぇか?」
スコットが警戒をとき、こちらに歩み寄ろうと一歩足を踏み出す。
それを見て、俺は少しだけ締めている老人の首を更に締める。
次の瞬間、老人が更に苦悶の声を上げる。
「なら、まずは武器を捨てろよ。
あぁ、もちろん足元に、じゃねぇ。
こちらに放って投げろ。
ただ、あまり勢いよく投げるなよ?
下手したらこのジジイに当たるぜ?」
暗闇でバレないと思ったのだろう。
一瞬だけスコットは不快そうな顔をした。
どうやら想像通りだったらしい。
つまりは、結局の所こいつ等はこうして村に訪れる旅人を襲い、その金品を奪取していた、と言うことだ。
そして、俺の前に来た転生者にも同じ事をして、返り討ちにあったのだろう。
スコットと隣の若者は、互いに顔を見合わせると諦めたように手にしていたクワとナタをこちらの足元に放り投げる。
俺は警戒しながら、老人の首を絞めたまま素早くナタを拾い上げようと屈む。
「うぉぉぉぉ!!」
次の瞬間、屈んだ俺に対してスコットが体当たりを仕掛けようと突撃してくるが、それは想定済みだ。
老人を若者の方に突き飛ばし、屈んだ状態から伸び上がるように飛び、膝をスコットの顔面に叩き込む。
「虎さんアパカーッ、ってな。
悪いな、だろうと思ってたよ。」
飛び上がりながらの膝蹴りで、スコットの体は回転しながら宙を舞う。
かなり派手な音を立てながら床に落ち、そのままピクリとも動かなくなった。
「……さて、お二人さんはどうする?
そいつと同じようになりたいなら言ってくれ。
すぐにそうしてやる。」
改めてナタを拾い、切っ先を老人と若者に向ける。
2人はチラとスコットの状態を見ると、生つばを飲んでいた。
「ま、ま、待ってくだされ!
その、儂等はあなた様と似た風貌の男に、悪さをされましてな!!
て、てっきりまた仲間が儂等の村を襲いに来たのかと疑ってましてな!それでこの男にけ、警戒させておりましたのじゃ!!
今回の事は、その、不幸な事故なのですじゃ!!」
俺は表情を変えることなく、老人の言葉を聞き流す。
だが、よく聞けばこの老人、この村の村長らしい。
なら多少はこれまでの流れを知っているかと、いくつか話を聞く。
どうやら、俺の想像通り少し前にこの村に黒髪の若者が訪れていたらしい。
久々の旅人だからともてなしていた所、男は調子にのり、次々と村の若い女を手籠めにするわ食い物や酒を手当たり次第に奪うわで、ホトホト困り果てて村の有志で寝込みを襲った所、反撃されて被害が出て、そのまま街に逃げられた、という話らしい。
だから今村は困窮しており、こうしてやって来た俺を襲って少しでも金品が得られないか、と思っていたとの事だ。
俺を狙ったのは、やはりこの衣服のせいだ。
見た目にもかなり上等な服装をしていたから、かなりの商人かどこかの屋敷の使用人ではないかと思っていた、と。
この話がどこまで本物かはかなり疑わしい。
もてなして、と言うが、俺と同じような目に遭って逆に物資や女を略奪されただけ、とも言える。
それは転生者側の話も聞いてみないと解らない事だろう。
大体話を聞いた俺は、スコットの服を裂き、そこから作った紐で2人に猿轡を噛ませて縛り上げる。
ついでにスコットも縛っておく。
「正直な所、今の話が真実かどうかも俺には関係ない。
ここが旅人を襲う人喰い村であっても、だからと俺が断罪するのは違うからな。
ただ、俺が安全にこの村から出られるまでの間、お前等には大人しくしててもらうぜ?」
俺はナタを老人の首筋に当てると、静かに笑う。
老人は必死な目で、何もしないと言わんばかりに首を振る。
それを見た俺は、音を立てないように部屋を出る。
まぁ、老人の懐に小刀らしき物を隠していたのは理解していた。
先程首を絞めている時に抜いて襲ってくるかと思っていたが、タイミングを逸していたらしい。
まぁ何でも良い。
それでそのうち脱出するだろう。
俺はスコットの部屋に入ると、手当たり次第に旅に使えそうな物資をかき集める。
やれやれ、ようやくこの世界でのスタート地点にたどり着いた、そんな事を思いながら。
ちょっと、“あ、ヤバい、無理やこれ”な状態なので、次回4/3(木)の3〜4時更新にいたします!
皆様も年度末の進行お疲れ様です。




