739:夜襲
「改めて、俺の名前はスコットだ、よろしくな。
……しっかし兄ちゃん、見ねぇ格好だなぁ?
ダウィード語は話せるからこの国のどっかから来たと思うが、その、なんだ?
おめぇさんのトコでは、その髪の色は普通なんかい?」
粥の様な椀物を俺に振る舞いながら、中年男は訪ねてくる。
お椀の中を見れば、何だかよく解らない野菜と米か、麦辺りを煮込んだ雑炊のような物だ。
それも液体が随分多い。
この辺では、これでもかなり豪勢な方なのだろう。
「えぇ、この国のあっちの、いくつかの山を越えた先に、俺が住んでた村がありましてね。
あっちじゃ土地が貧しいもんで、逃げてきたって訳なんですよ。」
俺は飯を食いながら、適当な理由をつけてふんわりとした話を返す。
今までの世界と同じようなものなら、もう少し詳しくカバーストーリーを考える。
例えば方向一つとってもそうだ。
極東にある島国から、このダウィフェッドでのし上がることを夢見て山を3つほど越えて、砂漠も一度越えて向かっている最中だ、なんて話をしてやってもいい。
ただ、ここではこれくらいの方が誤魔化せると思っていた。
宿としてこのスコット氏の家に迎え入れられてからいくつか会話したが、元々の知性はともかく教育レベルは恐ろしく低い、と推測していた。
文字の読み書きが出来ないし、数字の計算も出来ないようだ。
ただ、村長から言われるまま与えられた土地を耕し、そこで出来た作物を村でまとめて領主に納める、という生活が主なモノのようだ。
「ほーん、どこの村も苦しいんだなぁ。
でもアンタ、あんまりそういう事を大きな声で言わん方が良いぞ?
つまりはアンタも“のうど”なんだろう?
お前ん所の領主の追っ手がウチに来たら、俺も怖くてすぐに密告しちまうからな?」
のうど……あぁ、“農奴”かと俺は納得する。
そう言えば、農奴は街に逃げ込む事が出来れば無罪になるが、途中で捕まれば罰を受けるっていう話も聞いた事があるな、とぼんやり思い出す。
「ハハッ、まぁ口減らしみたいなもんですから。
それに、スコットさんはそんな事をしない人だとは思ってますよ。」
俺の返答に、スコットは一瞬だけ目を光らせたがすぐに笑顔になる。
「お、嬉しい事言ってくれるじゃねぇか。
それじゃあお前に、俺のとっておきのお茶を披露してやろう。」
そう言うと立ち上がり、鼻歌交じりに何かを用意し、鍋で湯を沸かし始める。
「ほい、お待ちどう。
この辺じゃ中々手に入らない、希少なお茶だ。
ゆっくり飲んでくれ。」
俺は礼を言うと、目の前の茶碗を手に取る。
茶色の液体の上に、ミントの葉がちぎって乗せられている。
香りを嗅ぐとお茶の香ばしい香りが感じられるのだが、ミントの強烈な匂いがそれを邪魔している。
一口飲むと、これはごぼうか何かだろうか?
クセのなく、さっぱりとしているが、やや土臭い味が口の中に広がる。
そして飲み込むと、喉越しにやたらとミントが主張してくる。
思わず顔をしかめそうになるが、そこはポーカーフェイスで堪えながら“良いお茶ですね”と言う事が出来た。
「おぉ、そうだろうそうだろう。
この村に伝わる、元気になるお茶だからな。
明日には体も軽くなっているだろうさ。」
飲みながら何となく、なるほど、と思う。
この文明レベルでは、病気になったとしても近代的な医療は受ける事は出来ないだろう。
そのため、こういったお茶やら草やらが、この世界での医療品と言うわけだ。
味はともかく、さしずめこのお茶は現代で言うところのエナジードリンクか回復薬の代わり、という所だろうか。
……“最終的な効果”だけみれば、だろうが。
「それじゃあ、俺はもう寝る。
お前さんは奥の部屋を使ってくれ。
さっき軽く掃除して、藁は引いておいた。
あぁ、悪いがロウソクはもう消すぞ、勿体ないからな。」
俺はそれに了承すると、真っ暗な中をあてがわれた部屋へ向かう。
振り返った時、男が自室に入っていくのが見えた。
男の部屋の入口は引き戸だったが、俺にあてがわれた部屋の入口は外開きの開き戸になっていた。
最大限好意的に考えるなら、客人には一番いい部屋を案内した、ともとれる。
部屋に入ると、板張りの何も無い部屋に、申し訳程度に藁が引いてあるだけだ。
<警告、藁の中に少量ですがノミとシラミがいますね。
それと……。>
解ってるよ、と、マキーナに返す。
改めて部屋を見渡す。
手の届く側面には窓はなく、天井近くの高い位置に小さな格子窓があるくらいだ。
それも今は閉じているため、外の光は全く入ってこない。
「……まぁ、いきなり嫌な世界に飛び込んじまった、って所かね。」
村中が全て眠りにつき、静寂が訪れる。
月も雲に紛れ、朧な弱々しい光を大地に照らす頃、村の一部が動き始める。
「……首尾は?」
「へぇ、やっこさん、特製の睡眠薬入りお茶をしっかり飲んでますからね。
今頃はぐっすりでさぁ。」
“声が大きい”と、静かに叱りつける老人と、怒られながらも“大丈夫でさぁ”と笑うスコットの姿がそこにあった。
その2人の近くには、鋤とナタを持った若い男が2人。
やや緊張した面持ちで2人のやりとりを見ていた。
「よし、お前等もいよいよ男になる時じゃ。
相手は所詮、脱走農奴じゃからな。
足がつく事もない、安心してやれ。」
「あんまり暴れると、後で掃除が大変だからな、サッサと決めろよ?」
老人とスコットに言われ、若い男達は汗を拭いながら頷く。
足音を殺して静かに家の中に入っていくと、目的の部屋の前にたどり着く。
“待て”と手で合図すると、老人が扉に耳を当てる。
中からはいびき混じりの寝息が聞こえ、満足したような表情を浮かべて後ろに下がると、3人に頷く。
「……よし、行くぞ。」
小さいながらも覇気に満ちた声でスコットがそう告げると、若い男が一気に扉を開けて中に踏み込む。
「だろうと思っていたんだ。」
俺は扉のギリギリに屈み、部屋に殺到してきた男が藁の束に武器を突き立てた時に、一番後ろにいる老人の首に腕を巻きつけ、羽交い締めにする。
「なっ!?あっ!?」
老人が苦悶の表情を浮かべながら呻き、男3人は動きが取れなくなる。
「さぁて、困ったねぇ。」
俺は笑顔を作ると、スコットに笑いかけた。




