73:暗闇の狩り
小屋の扉を開けて中に入る。
小屋は、その扉の狭さとは相反して中はそれなりに広い作りになっていた。
外見からは解らなかったが、恐らくここは猟師だけでなく、村人が山に入るときの休憩所というか、避難小屋として作られていたようだ。
(一人で暮らす……ってよりは、団体で宿泊する事を念頭に置いた感じの作りだなぁ。)
寝室もあったのだが、一人部屋でベッドとテーブルがあるような個室ではない。
入ってすぐ、左右には押し入れのように上下二段に分かれている空間が有り、そこに毛布と非常用の持ち出し袋なのか濡れた際の着替えなのか、衣類等が詰まったリュックがそれぞれに置いてあった。
大よそ8人位なら、いっぺんに眠れるようになっている。
狩猟の季節に、大人数が泊まれる施設もかねているのだろう。
ついでに炊事場を漁ると、僅かだが保存食の干し肉と、野菜代わりだろうか?干し柿の様なモノを見つけた。
幸先が良い。
炊事場の竈に火を付けつつ、寝室の入口に吊ってあったカンテラを持ってきて、炊事場の竈から火を分ける。
明るくなった室内で、とりあえず外の井戸から水を汲み湯を沸かす。
リュックの中の衣類が問題ないことをチェックし、下着以外の衣類をマキーナに回収して貰いつつ着替える。
少しボロいが靴も発見できていた。
やれやれ、やっとこの世界に溶け込めるような服装に着替えられた。
一息つくと腹も減る。
早速沸かしたお湯に干し肉を少し入れ煮る。
残りの干し肉も火で炙り、“炙り干し肉と干し肉のすまし汁”の完成だ。
ハハ、実に粗末だ。
炙った干し肉を噛み千切り、塩辛いだけの干し肉のすまし汁を嚥下する。
それでも胃に落ちれば体が暖まる。
簡素な食事を終え、白湯と共に干し柿の様なモノを楽しむ。
子供の頃、田舎で食べた干し柿の、素朴な甘味だった。
先程までの塩辛い食事に緊張していた舌と心が、素朴な甘味で柔らかくほどけていくような、心がホッとするような、そんな至福に包まれる。
(旨いなぁ)
そう思い、それしか単語が出てこないことに苦笑いする。
そう言えばそうだ。
いつも仕事の忙しさから、“食事なんざ栄養が補給できれば何でも良い”と考えていた俺だ。
これじゃ食レポはおろか、味を伝えるなんて出来そうにない。
ちゃんと帰れたら、奥さんの料理を食べよう。
それで、ちゃんと感謝を伝えるんだ。
上手く伝えられないかも知れない。
それでも、心を込めて伝えるんだ。
小屋の外で鳴る風の音で、現実に戻る。
やれやれ、少し疲れが出たか。
帰ってからのことをアレコレ夢見るのは、帰れるその時だ。
今じゃない。
少しだけ扉を開けて外の様子をうかがう。
月明かりが地を照らし、空気が静まっている。
見た目は深夜だが、体感は恐らく22時過ぎという感じか。
「マキーナ、アンダーウェアモード。」
小屋の外にあった薪割り用の手斧とナタを掴み、森に入る。
まぁ、この服やら干し肉やらを頂いたからな。
少しは返しておくか。
木々を伝い、移動する。
神経を研ぎ澄まし、周囲の音と空気の流れを感じる。
いた。
月明かりの下、目から赤い光を放つ、熊の様な生き物を見つける。
元の世界なら気付かれずに一目散で逃げる状況だが、今は違う。
静かに木を移動し、真上に位置取る。
音を出さずに落下し、一撃で首を断ち切る。
良かった、断ち切れた。
熊の首とか、下手な鎧をぶった切るのと変わらないからな。
首を落としたので、穴を掘り逆さにして血抜きをしていると、血の臭いに誘われたのか2頭の狼が現れていた。
襲ってきたらオマケ付きになるなと静かにしていたら、こちらの殺気に気付いているのか遠巻きに見ているだけだった。
担いで小屋まで持ち帰り、胸元を開いて魔原石を抜き取る。
握りこぶし2つ分位だろうか?
今まで見たことも無いサイズの大きさに、ちょっと嬉しくなる。
小屋に戻り、井戸から水を汲んでいざ解体作業、と言うところで、チラホラと灯りが見えた。
なるほど、猟師が帰ってきたって所だろうか。
魔原石は頂いたし、元からこの熊は代金代わりに置いておく予定だった。
もう少し休憩していたかったが、小屋に戻り残りの保存食をリュックに詰めると、その場を後にする。
確かこの山を越えてもう少し北西に行けば、例の魔拳将と戦った村があったはずだ。
そっちからの方が、王都には安全に向かえるだろう。
俺は静かに、そして頭の中の地図を頼りに、月明かりの山道を下っていった。
しかし、この世界だと転生者は何をしたんだろうか?
村人が総出で殺気立って襲ってくるなんて、尋常じゃない。
調子に乗って悪徳の限りを尽くした?
実は人類の敵側で召喚されて討伐対象?
結局推測だけではよくわからない。
ともかく情報集めだ。
山を下り平原を抜け、日も高くなった頃に王都の北にある村へ着いた。
こちらは王都から見て東の、いわゆる“最初の村”ほど防備がされていない。
簡易な木の柵に覆われており、入口も随分とオープンだ。
「あ、すいません、この辺で魔原石買い取ってくれる所ありませんか?」
村の入口からすぐの所で露店を開いているオッサンがいたので、声をかけてみる。
オッサンは、“旅人さんかい?”と言いながらそれを鑑定してくれる。
どうやらここでも買い取ってくれるらしい。
ここで買い取るならディセン銀貨3枚だと言われた。
ただ、王都に行けばもう少し高く買い取ってもらえるらしい。
素直にそう話すオッサンに好感が持てたし、何よりすぐに現金が欲しかった俺としてはそのまま売却した。
ついでに露店を見ながら、旅に足りないモノを見繕う。
携帯食糧や水を入れられる革袋、ランタンに油などを買っておく。
途中、“旅人さんじゃないのか?”と言われたので、その場で“過疎村から移動中に魔獣に襲われて散り散りになった”と、苦し紛れに言ったが、それが意外にこの露天商のオッサンに響いた。
「あぁ、お前さんそのクチか、まぁよくある話だからよ、気を落としなさんな。
俺等みたいな行商もさ、だから森を抜けるときや山に面した道を行くときは、荷馬車に魔物除けのお香をつけたりするんだけどよ、まぁ行商でもなければ、魔物除けのお香なんて知る奴いないだろうしなぁ。」
いやぁ、話し好きの露天商で助かった。
今度からはこの言い訳を使わせて貰おう。
ついでに、王都までの道を聞くフリをして、山向こうの村に関してもそれとなく聞いてみる。
途端に、露天商は渋い顔になっていった。




