738:ハードモード
<勢大、アンダーウェアモードを起動します。>
転送を終えた俺の耳に、いきなりマキーナからの通信が入る。
「解った、頼む。」
まだ転送後の光に眩んでいる状態で周りは見えていなかったが、俺は即座にマキーナに許可を出す。
ゆっくりと光が収まり、青々と茂る緑の大地が目に入る。
「……どうしたんだマキーナ?
パッと見た感じ、いつものはじまりの場所じゃねぇか?」
<周辺環境に害をなす生物が多数反応しておりましたので、完全に転送する前に割り込ませていただきました。>
何をそんなに慌てて?と思いながら、周辺を見渡す。
腰の辺りまで伸びた雑草が邪魔だが、多分いつもの出現エリアだ。
恐らくだが、ここが剣と魔法のファンタジー系異世界ならば、ここの雑草を掻き分けて少し行くと壊れた馬車がある。
それはいわゆるこの世界の重要人物が山賊、或いは追手に襲われた証であり、多分なのだがこの世界に降り立った転生者が最初に遭遇するイベント戦闘のような物だ。
そこでお姫様だったり主要人物を助けた事で気に入られて、城やら豪邸に連れて行かれてウハウハイベントが待っている、みたいな流れなのだと思う。
俺は言ってみれば“転生者の後を追って転移してきた異邦人”という立ち位置だからか、実際にその現場を目撃したことはない。
ただ、その時に賊が落としている武器やら防具やら金品は残されている事が多く、俺の初期所持品として重宝するため毎回漁っていた。
「こうやって、草原スタートって事は科学文明じゃないだろうからな。
いつものアイテム回収と行こう……か……?」
そこで異変に気付く。
草を掻き分けた瞬間、大量の小虫が飛び散って逃げる。
(ん?何だこれ?)
<複数の昆虫を検知しました。
小バエ、蚊、それと黒い点はノミの様です。>
うげ、と思わず手を引っ込めるがもう遅い。
小さな黒い点は、俺の足元にピョンピョンと飛んでいくのが見えた。
「これをお前は検知してたのか。」
危なかった。
アンダーウェアモードを起動していなければ、蚊に刺されるわ足回りをノミに食われるわと、恐ろしい事になっていた。
人里に降りるまで全身を痒みが襲うなど、正直考えたくもない。
「……この世界、ちょっと面倒くさいかもな。」
限りなく元の世界に近い生物環境なら、もう全てが危険だ。
アンダーウェアモードも地味に存在できるエネルギーを消費する。
あまりこの世界は、長期滞在は出来ないだろう。
<勢大、この周辺の虫の発生は、どうやらアレが原因のようですね。>
視界に矢印が映り、対象を指定する。
指し示しているのは、いつもの壊れた馬車がある所だ。
しかしそこには、馬車らしき残骸の木片と、元々は服だったらしいボロボロの布に包まれた白骨死体があるだけだ。
試しにそのボロ布を持ち上げようとするが、近付いた瞬間に大量の小バエが飛び上がり、思わず後ずさる。
「うへぇ、これはキツイな。
流石にこの服らしきモノを洗っても使えなさそうだな。」
<ですね、死体が腐る時にこの服もだいぶ痛んだようです。
どうやっても使用は厳しいかと。>
小虫に苦しめられながらも馬車周辺を漁ったが、金目のものはおろか使えそうな物は何一つ無いという、徹底した回収ぶりだった。
「……これは、もしかしなくても先客がいたんだろうなぁ。」
<でしょうね。
それも、少人数というよりは、かなりの人数でここを漁ったのだと思われます。
馬車にしても、かなりの部品が足りませんし、接続部の釘も抜き取られています。
手慣れた、それも組織的なものを感じます。>
マキーナの言いたい事は解っていた。
つまりは、これをやったのは村人だと言うことだろう。
この近くには、いわゆる“最初の村”がある。
この場所は、道を知っている者なら村から歩いて1時間もしない距離だ。
「……行きたくねぇなぁ。」
そう言いながらも、俺は村の方向へ歩を進める。
どうであれ、その先にある街か王都に行くにはそこを通るしかない。
<十分警戒した方が良いかと。>
“だろうなぁ”と呟きながら、俺は体についた虫をはたき落としつつ、村へ向かう。
「……見たところ、普通の穏やかな村に見えるな。」
山の麓、林の中から村の様子を観察する。
これまで見てきた風景と同じ、村の外周を簡単な柵で覆った、小さな集落が見える。
畑にはパラパラと働いている農民の姿が見え、村の中心を流れる小川には小屋に隣接している水車が音を立てながら回転しているのが見える。
農民達は皆疲れた険しい顔をしているが、それは労働の疲労から来るものだろう。
「……ともあれ、行ってみないと状況はわからんよなぁ。」
あらかじめ、通勤カバンと背広はマキーナに収納しておいた。
ワイシャツとズボン姿はどうしても目立つが、いつもの回収ポイントで衣服を拾えなかった以上、贅沢は言っていられない。
流石にすっぽんぽんで村に行ったら、それはそれで別の問題が発生してしまう。
他の異世界と同じように、この村を越えた先にある山の中腹に、猟師小屋がある場合もある。
そこでも衣服などが入手できる場合もあるが、先程の馬車の惨状を見るにあまり期待は出来なさそうな予感がする。
「よし、覚悟して行くとするか。」
意を決すると、俺は林から出て村への道を歩く。
歩き出してすぐに気付いたが、村の方の動きが慌ただしくなる。
どうやら俺の姿を向こうも観測したらしい。
村の入り口近くまで来た時、体格のいい中年男が愛想よくこちらに笑いかけて手を上げるのが見えた。
「こんにちわ!良い天気ですね。」
多分この場所なら、ダウィフェッド公用語の方が合っているはずだ。
異世界で学んだ言語だが、大体この地域での言語はそれが近いはず。
もう少し北西に行くと、そっちはアンヌ・ン公用語になるはずだが……。
「おぉ、兄ちゃん訛りが酷いな。
それに、ずいぶん変わった格好してるしな。
もしかして東の方から来たのか?」
どうやら言語としては当たりだったらしい。
ほんの少しだけ、中年男はホッとしたような顔をしている。
「そうなんですよ、街まで行く途中でして。
まだ距離あるなら、この村で休めるところあります?」
「なんだ、そんな事かい。
城下町までここから歩いて3日はかかるからな。
良かったらうちに泊まるといい。
旅の話でも聞かせてくれよ。」
中年男の笑顔を見て、俺はなるほど、と思っていた。
ただ、丁度いい。
俺は大げさに助かったと感謝すると、手招きする中年男の後を着いていく。
俺は歩きながら、気付かれないように村の地形を把握していっていた。
失礼しました。
ちょっとまだリアルが安定せずにおりますが、ズルズルと伸ばすのは良くないと思い再開いたします。
また急遽延期あるかも知れませんが、その際は後書きでお知らせ致します。
よろしくお願いいたします。




