737:感想会
「……で、ここがそこ、なのか?」
[そうです。
ここまで連れてきてくれてありがとうセーダイ、でも、もう少しだけ力を貸してください。]
様々なトラップやら虫達やらのラッシュを乗り越えて、俺は街の中心にある塔の最上階まで来た。
マギカがフロアの入り口で何かをすると、自動ドアが開いた。
(……ここにはまだ電気が通ってる、って事か。)
開いた扉から中に入ると、フロアの中に動く物体がある。
思わず警戒して毛を逆立ててしまったが、よく見ればそれは大型の掃除ロボのようだ。
元の世界でも見たことがある。
家庭用の丸っこい小さな奴ではなく、子供くらいの身長がある大きなヤツだ。
それだと理解してホッとすると、だからなのかと納得もする。
ここに来るまでの建物全て、誰も使わないまま時間が経って廃墟化されていったような、どこかボロボロで侘しい風景だった。
ただ、マギカに案内され、たどり着いた塔の最上階は違った。
床は、それこそ俺の顔が映り込むくらいにはピカピカに磨かれており、ワックスもかかっているようだ。
機器のほとんどに埃も被っておらず、まるで今日がたまたま休日で、普段は人が働いているような空気すら感じさせる、“生きているフロア”だった。
[セーダイ、虫達の機能を停止させるためには生体認証が必要となります。
ここの機械を使ってあなたを登録しますので、そこのスキャナーの前に立って……座っていてもいいですから、そこにいてジッとしていてください。]
ついつい物珍しく、指示された機械の周囲を回って確認したり臭いを嗅いでいたら怒られてしまった。
俺は“にゃあ”と誤魔化して鳴くと、言われた通りにスキャナーの前にちょこんと座る。
やや眩しい光が俺を包み込むと、すぐに消えた。
[登録しました。
人間用でやや不安定ですが、起動スイッチを押すくらいであれば問題ないはずです。
まずはシステム全体を立ち上げます。
起動手順に従って電源を入れる必要があります。
私がここから指示しますから、言われた通りスイッチを押していってください。]
「何で、猫でも扱えるように大きなボタンになっているんだろうな。」
俺がふと、思いついたように呟いてみる。
マギカは操作マニュアルの画面を見ながら黙り、こちらを振り向く様子はない。
[さて、それでは今からお伝えする色のボタンを順番に押していってください。]
俺はパネルの上に飛び乗ると、マギカが指定する色に合わせてボタンを押していく……と言うよりは踏んでいく。
次々と踏んでいくと、フロアのアチコチから低い駆動音が鳴り、電源がつき始める。
そうしてフロア全体が完全に息を吹き返すと、中心にある大きな制御盤の一部が動き、大きな赤いボタンがせり上がってくる。
[そのボタンを、生体認証登録した者が押せば虫達に自壊信号が広がります。
そうすれば、この世界はもう一度生き返る筈です。]
俺は制御盤の、赤いボタンの隣に座ると、マギカを見つめる。
[どうしましたかセーダイ?
あぁ、ボタンが押しづらいのですか?
それであればそのボタンの上に乗ればセーダイの重みでスイッチが入ると思います。]
そう言われていても、俺は動かず、ただ座ったままマギカを見つめる。
[どうしましたかセーダイ?
空腹なのですか?
それであればこのフロアにはまだ保存食が……。]
「楽しかったかい?」
マギカの挙動が忙しくなる。
カシャカシャと、機械で出来た蜘蛛の足が動き、静かな部屋に金属音が響く。
「最初からな、出来すぎてるんだよ。
猫になった俺が通れる道や、たまたま渡れる鉄骨。
偶然通りかかった近くでまだ機能している部屋を見つけ、偶然その機械が世界の命運を左右する機能を持っていて。」
俺は一度アクビをし、前足の毛繕いをする。
「挙句の果てには猫でも操作できる操作パネルに、この制御装置だ。
こんな機能があるなら、もっと早くに人類が使うだろ。
この世界の人類だった奴等は、カカシよりも頭の中身が無いのか?
猫に活躍させるなら、もう少し相応しい理由やお膳立てが欲しかったな。
これだと、別に俺がいなくてもお前がいれば十分だからな。
ただ、もし次があるならば、もう少し優しいほのぼのとした世界で頼む。
せっかく猫になれるなら、ノンビリとした猫ライフを満喫するとかの方が俺は好みだね。」
「……何故、気付けたの?
完璧だと思ったのに……。」
マギカの声が、女性の声に変わる。
多分、最初に遭遇したあの女だろう。
「俺にはな、頼れる相棒がいるんだ。
その相棒と意思疎通が取れない時も、まぁ何パターンか考えられるんだが、今回の場合は2つ考えられる。
“幻術の類で、俺が勝手に囚われている”か、“全力で俺のサポートに回っているせいで、通信出来ない”か、の、どちらかだろう。
前者はその内相棒からの助け舟が出るから、時間を稼いでいればいい。
だがヤバいのは後者の方だ。
こっちは時間をかけると相棒も消耗し始めるからな。
そうだな、例えば今回の場合で言えば、“猫の脳では収まりきらない記憶や経験を、ずっと維持している外部記録媒体役”になっているとかな。」
マギカが警戒するのが見える。
「あ、アタシには、この世界でいいんだ!
アタシが描く世界なんだから、もっとちゃんとアタシの思い通りに動いてよ!!」
俺は座っていた姿勢から、獲物を狙う狩りの体勢へと変える。
頭を低く、後ろ足に力を溜め、いつでも飛びかかれる体勢だ。
「別に、お前の事を否定はしない。
あの小さな部屋の中で、こうして物語を紡ぐ事が楽しいというのならば、それを否定する気はない。
俺はただ、あの神を自称する奴と、この世界を切り離したいだけだ。
お前の趣味をとやかく言うのは、誰か別の奴に任せる。」
少しだけ、空気が和らぐ。
ポツリポツリと、マギカが、いや、その奥にいる彼女が語りだす。
どうやら、彼女は生前対人関係で色々苦労をしたらしい。
だから転生する時に、“誰とも会わずに自由を満喫できる空間”として、あの生前住んでいた一軒家と同じフォーマットの世界を貰ったらしい。
ただ、それもすぐに飽きが来る。
飽きてきた彼女は、本の中に世界を作る事が出来る事に気付き、暫くはそれに没頭していたという。
何冊も何冊も本を作って世界を作って、それにも飽きていた所で俺が来たらしい。
「そういえば、あなたの前にも誰か……あれは女だったのかな?変な奴が来て、本の世界の作り方と何冊か本を持っていったような気もするけど、もう思い出せないわ。
ずっと昔のような気もするし。
でも、そんな事よりも、良かったらその、あなたここにずっといない……?
あ、いや、それが無理でも、良かったら私の本の感想を聞かせてくれない?
やっぱり誰とも会えないのは、私も寂しかったみたい。」
瞬間、俺は元の人間の姿に戻る。
<勢大、良かった。
一時はどうなる事かと。
……状況は把握しています。
通常モードになりますか?
秒でこの世界など粉々にしてみせます。>
俺は苦笑いすると、マギカの前にドカリと座る。
マキーナの言葉が聞こえたようで怯えていたが、俺はただ笑う。
「長くは居られない。
ただ、この話ももう少しこう、ハッピーエンドになる様な流れにするのであれば、話し合う時間くらいはあるぞ?」
この話を作り上げた後で、彼女がどういう道を選ぶのかはまだ解らない。
それでも、この世界を創り上げた彼女の気持ちには、応えないといけないと思っていた。
※追加更新:3/18(火)
申し訳ありません。
ここ数日リアルでマズい事が起きており、更新3/20(木)からにさせて下さい!
恐れ入りますが、よろしくお願いいたします。
ちょっと2週間程お休み頂きます。
次回更新は3/18(火)午前3時の更新からスタート致します。
よろしくお願いいたします。




