736:猫の手
「ちょちょちょ!!
何だよあの群れは!?」
俺は猫の体で、必死に四つ足で走る。
走るだけならだいぶ上手くなったが、今は背中に厄介なお荷物を背負っている。
それのせいで、高く飛ぶ事が出来ない。
[あれが虫達と呼ばれる生体兵器です。
元々は人類を滅亡させる為に人類が作り出したモノですよ。
だから気を付けてください。
アレ等は有機物を食料とし、それを取り込むことで行動エネルギーや増殖エネルギーを得ています。
あなたの体など、モノの数秒で骨も残らず消失するでしょう。]
冷静な分析どうもありがとよ!!
虫“達”の呼び名の通り、無数の虫が集まり俺めがけて襲ってくる。
今はギリギリ背中にしがみついている蜘蛛型機械、マギカの案内に従って安全なルートを駆け抜けている所だ。
[次の角を右に。
ただ、角に近づき過ぎると待ち伏せしている虫が2匹いるので注意です。
さぁ頑張って。
それを超えて真っ直ぐ走れば、セーフティゾーンまでたどり着けます。]
ため息を付く暇も無く、俺は角を曲がる。
壁に張り付いていた虫が2匹落ちてきたが、あらかじめ聞いていた通りの行動だったのでヒラリとかわす。
「クソッ!正面は壁じゃねぇか!」
瓦礫が散乱するコンクリートの床を走りながら、見えてきた風景に舌打ちをする。
[落ち着いて。
ちょうど走っている直線上に小さな穴が見えますよね?
そこは私を背負ったあなたでも余裕を持って抜けられます。
そこを通り抜けることができれば、我々の勝ちです。]
こいつを背負った俺が通り抜けられるということは、似たようなサイズの“虫”も通り抜けられるのではないか?
そんな疑問がよぎったが、今は他に手もない。
言われた通りに壁まで走り、そして小さな穴に体を滑り込ませる。
壁の穴を抜けると一瞬陽の光に目が眩むが、すぐに俺はその場から離れる。
振り返ると、穴から飛び出てきた“虫”が、太陽の光を浴びた瞬間に床を滑り、そのままピクリとも動かなくなる。
[見えましたか?
虫達は太陽の光に弱い。
元は太陽光すらエネルギーに変えていたのに、不思議なモノですね。]
「……どういう事だ?」
聞けば、あの虫は、とある国の独裁者が“増えすぎた人類を減らさなければならない、しかし、文明はそのまま残し選ばれた人類がすぐに元の文明を維持出来るようにしたい”と考え、それを実行する為の機械として誕生したらしい。
どんな所にでも侵入し、人間だけを処分する機械。
そんな事を考える独裁者も相当にぶっ飛んでいるが、もっとぶっ飛んでいたのは開発していた科学者だった。
小型兵器の時点で燃料は限られる。
なら、太陽光で動かし襲った人間を取り込んでエネルギーにすればいい。
小型兵器の時点で防御力は犠牲になる。
なら、エネルギーの一部を使って自己修復出来るようにすればいい。
小型兵器の時点で複雑な命令は実行出来ない。
なら、有機物を襲わせばいい。
文明は無機物が多いのだから。
もし、対抗策を他国が開発したら?
なら、自己修復のついでに環境に合わせた進化をさせればいい。
エネルギー容量問題は解決したのだから。
こうして、最悪の兵器が生まれる。
この科学者、天才ではあるが知識は足りなかったのだろう。
有機物という指示が、どれ程の惨状を生み出すか把握していなかったのだ。
最初の犠牲者は生み出した科学者と、思いついた独裁者本人。
そして次に独裁者がいた町、国。
そして全世界。
あらゆる対抗策を講じたが、しばらくしたら虫は進化して対抗策を無効化される。
殆どを無機物で作られたあのロボット達も、その対抗策の1つだった。
だが結果、この世界は滅んだ。
今は砂漠と化していくこの世界に、しがみつくようにして活動している一部のロボット達と、より少ないエネルギーで最大限の効果を発揮できるように進化し続けた結果、太陽光を取り込むとその強すぎるエネルギーに全ての回路が焼き切れて止まる虫達が残るのみ、となったらしい。
「……この世界、完全に詰んでるじゃねぇか。」
[難しい問いかけですね。
既存の人類種、という観点で見れば詰みどころかもう終了していますが、あなたのように他の生物はまだ生存していると思われます。
あの“虫”さえ何とかすれば、この星はまた緩やかに回復していくと思われます。]
その“緩やか”という言葉の中には、何万年、いや何億年が込められているのか。
今更“虫”を何とかしたところで、もうどうしようも……。
そこで、ふと思いつく。
もしかしたら、そういう事なのかもしれない。
「……あの、虫達を消滅させる方法があるのか?
それは今の俺にも出来る事か?」
俺の背中にしがみついている蜘蛛型の機械が少し動き、俺の視線の先に映像を投影する。
それは、この街の地図だ。
「流石の科学者も、制御出来ない兵器を作る気は無かったようです。
どんなに進化しても決して変わることのない核に、自壊装置を組み込んでいた。
まぁ、残念なのはそれを使うよりも早く、本人が“虫”の餌食になった事でしょうか。」
マギカが説明するには、この街の中心にある一番高い塔。
そこに制御室があり、その場所にマギカと共にたどり着けばプロテクトが解除されて停止装置が使える、と言うことらしい。
その説明を聞きながら、内心では“やっぱりか”と思う。
「……どっちにせよ、現状を変えるにはそれしか手段は無さそうだな。
それじゃあマギカ君、そこまで案内を頼めるか?」
[もちろんです、小さなご主人。
この世界を生き返らせましょう。]
マギカはモゾモゾと動き、体勢を整えると、俺の前に半透明の矢印を投影させる。
[ちょっと見づらいかもしれませんが、目的地までの方向を視覚化しました。
これで迷いづらくなるはずです。]
至れり尽くせりに、思わず笑いそうになる。
まぁ、今の俺は“ニャー”と鳴くだけだが。




