734:相応しい姿
「待て待てホラ、怪しいモンじゃない。」
俺はヘルメット部分の装備を解除し終わると、特に意味は無いだろうが両手を上げながら声をかける。
まぁ変身している状態の、髑髏の仮面をつけた奴がいきなり踏み込んできたら、そりゃ怖いだろうしな。
そう思いながら俺は、極力怯えさせないようにこの部屋に入るまでの経緯を簡単に話す。
他の世界から来た事、この世界に来た目的、そしてこの世界に来た転生者にやってほしい事、それらを実行する為に手がかりとなるこの家に潜入した事、物音が聞こえたので踏み込ませてもらった事。
俺が説明している間もずっと警戒態勢だったが、全て話し終わる頃には眉間のシワくらいはほぐれていた。
「……と言う訳で、単刀直入に聞くがアンタ転生者か?
それなら、さっき伝えた言葉を言ってほしいんだ。
アンタにその自覚はなくても、その一言で俺に権限が貸与される。
アンタを元の世界に戻す事も出来るし、こういう世界じゃなくて転生前の様に広い世界を再構築する事も出来る。
或いはそのままってのもあるが、ともかくこの世界が崩壊する前に現状を変えておき……。」
「あ、アタシは!!」
俺が言い終わる前に、隠れている女からの言葉が被される。
説明中、段々と下を向いて何かをボソボソと呟いていたようだが、俺に聞こえていないと解ると声を張り上げたようだ。
「アタシは!そんな事望んじゃいない!!
この空間が!アタシの全てなんだ!!
ここから!アタシは!出なくて良いんだ!!」
しまった、と思った時には手遅れだ。
目に見えない何かの力、超能力だか魔法だか、その類いの何かに強く弾き飛ばされて、俺は吹き飛ぶ。
位置的には、俺は廊下側を背にしていた筈だ。
背中には扉がある筈だから、そこにぶつかって、もしかしたら突き破るかも知れないが、ともかくそう言った何かしらの衝撃を受ける筈だった。
だった、と言うのは、吹き飛ばされた俺が薄暗い水の中に落ちていたからだ。
(何だ!?どうなってやがる!?
おいマキーナ!状況を教えろ!!)
吹き飛ばされた衝撃で何かされたのか、マキーナからの反応がない。
ともかくこのままでは溺れ死んでしまう。
必死にもがき、キラキラと輝いている水面を目指す。
体が重く、思うように動かせない。
永劫にも続くこの感覚も、何とか水面に顔を出す事が出来た。
[おや、大変だ大変だ。
可愛い子猫ちゃん、どこから落ちてきたんだい?]
酷く電子的な声が聞こえると、俺の首あたりを固い何かが掴み、持ち上げる。
(子猫?何言ってやがる。
変態ロボットとか、シャレにならねぇぞ?)
俺を掴み上げたのは、俺の身長の十倍はあろうかというロボットだった。
それも、手足が細いパイプをつなぎ合わせて作ったような、あまりオシャレとは言えないデザイン。
子供の頃にマンガ本に載っていたような、懐かしい未来感すら感じるシルエットをしている。
「あの、助けて頂いてありがとう?で良いのかな?
出来れば降ろしてもらえると助かるんだが。」
[ハハッ、そんなに鳴かなくても大丈夫だよ。
ボクは君に危害を加えたりしないさ。
今下ろしてあげるから、暴れないでおくれ。]
会話が妙に噛み合っていない。
このロボットは故障してるのか?
そう思いながら地面に下ろしてもらった時に、改めて自分に違和感を感じる。
地面に足がついた時、四つ足で地面に着地していた。
慌てて先程まで俺が落ちていた水面に近付くと、その水鏡に映るのは一匹の猫の顔。
白い毛並みに顔の中心がやや黒い。
妻が昔飼っていた猫、そうだシャム猫だ。
あれの毛並みにそっくりだ。
(……まて、まさか。)
口を開けてみる。
水面に映るシャム猫も、同じように口を開ける。
白い牙がよく見える。
慌てて、自分の体を見てみる。
白い毛並み。
両手両足の先が黒く、そして視界にチラチラと映る尻尾の先も黒い。
(俺が、猫になってるのか!?)
背中の毛が逆立つ。
恐らく、俺はあの転生者の攻撃を受けて、猫の姿にされた、という事か。
だが、そうするとこの世界は何だ?
先程まで、俺はあの一軒家にいたはず。
[そんなに毛を逆立てて、何か怖い事があったのかな?
木の上から泉に落ちたのかい?
それとも……。
いや、この辺には虫達はまだ居ないはずだけど、もしかしたら出て来てるのかなぁ?]
レトロなロボットはそう呟くと、周囲を大袈裟な仕草で見回す。
その言葉の意味は殆ど解らなかったが、少なくとも俺に対して敵意は無さそうだ。
「そこは安全ですかね?
出来ればこの場所についても教えてもらいたいんですが?」
[ハハッ、そうか、一人で行けるかい。
それは悪かったね。
でもまたこの大きな水の中には飛び込まない方が良いよ?
君は僕等と違うかも知れないけど、もしかしたら錆びるかも知れないからね。]
それだけ言うと、ロボットはゆっくり背を向けて歩き出す。
その背を見ながら、一定の距離を開けて後をつける。
当然と言えば当然なのかもしれないが、俺の喋りは猫の鳴き声に変わってしまうらしい。
真っ当な意思疎通は不可能、なら、自分で調べるしか無さそうだ。
ロボットの後をつけながら周囲を見渡しても、あの不完全異世界とは思えないくらいの世界が広がっている。
あの空間からは考えられない。
(……どういう事だ?
あの世界の他に、こんな世界まで維持出来るとは思えない。
あの世界につぎ込むべきリソースをこの世界に費やしてる?
でもじゃあここはどこなんだ?)
ロボットの歩く先を見てみれば、巨大な城壁、ただそれは酷くボロボロで、アチコチにツタが絡まり穴が空いている。
(なるほど、このロボットはあそこで暮らしているって訳だ。
なら、何か情報はあの中にあるってもんだろうな。)
それだけ解れば十分だ。
俺はロボットの後をつけるのを止め、手頃な穴から侵入できないかと調べる為に近付く。
(……都合よく、穴に向かって鉄骨がかかってるな。)
その鉄骨も、そこまで急斜面という訳では無い。
(ここまでお膳立てされてると、逆に何かの罠を疑いたくなるんだが……。
まぁ、行くしかないよなぁ。)
俺に出来る事は少ない。
情報もない。
この体でいつまでもこの世界にいれば、いつしか思考も猫と同等になってしまうかも知れん。
それでも行くしかない、そう決めて、俺は鉄骨に飛び移った。




