733:遭遇
「よっと……。
ん?何だここ?」
転送され、眩い光が収まった時に視界に入ったもの、それは一軒家だ。
しかも、その一軒家以外は地面は真っ白で、空は嘘くさいくらい抜けるような青空だ。
一瞬、その風景にあの“神を自称する少年”がいた場所に戻ってこれたかとも思ったのだが、どうやらそうではなさそうだ。
地面も、よく見ると細い黒色の点線が入っており、目を凝らしてみるとまるで巨大な方眼紙の上にいるような気分になってくる。
「……“不完全異世界”って奴かな?」
<可能性はありますね。
ただ、それがこの一軒家だけの再現だとするなら、この世界に来た転生者は相当狭い世界でしか生きてこなかった事になりますが……?>
マキーナも不思議がる。
俺も、実に平凡な作りの一軒家を見上げながら、“う〜ん”と唸る位しか出来そうにない。
「またアレかなぁ、引きこもりのニートで自室の中だけが世界の全てみたいな奴。
アレ系なら、そういう不完全異世界もありうるんじゃないか?」
不完全異世界とは、俺とマキーナの間だけでしか通用しない単語ではあるが、今回のような異世界をそう名付けていた。
様々な世界を渡り歩いていて気づいた事なのだが、たまに異世界の中でも、リソースが圧倒的に足りていないというか、異世界でも何段階かにグレードが別れているのではないか?と思えるような妙な世界がある。
まず、一番良いグレード、というかこちらが殆どなのだが、ちゃんと星1つ丸々異世界のパターン。
これはもう言うまでもない。
その世界のどこにでも行けるし、人は自らの意思を持って生活している。
世界もはっきり見えるし、場所によっては思いも寄らない絶景に出会えたりする。
次のグレードはそんなに無いがやや頻度が多い、ワンランク下の異世界。
これは何と言うか、殆ど最上位と変わらないのだが、時々違和感を感じる。
例えば晴れている空の風景がずっと同じだったり、雨が降る時は突然雨が降り出してから空を雲が覆っていたり。
遠くに見える遠景がどんなに目を凝らしていてもぼやけて見えたり。
まぁ、細かい所が気になりだしたら止まらないが、実際はそこまで気にもしない。
その下のグレード辺りからおかしくなってくる。
主要な人物はしっかりと“生きて”いるのだが、名前も分からないような町人や村人達はずっと同じ事を話していたり、同じ様なパターンの行動を取り続けていたりする。
こういう時は“ゲームの世界に入り込んだみたいだな”と違う考え方をするしかない。
空が水色一色だったり、涙が本当に水色の水滴だったりして、慣れてくると面白さすら感じる。
更に下になると、かなり破綻が目についてくる。
限定された地域しか歩き回れなかったり、酷いと街の中から出られなかったりする。
古いゲームのように、マップの左端まで行くと右端から出てくるような感じだ。
マキーナの力を使ってループする場所から世界にハッキングをかけて抜け出してみると、こういう風に真っ白な地面に黒い点線が表示されている、方眼紙の世界が広がっているのも特徴だろう。
この辺一纏めにしているが、街と城、戦闘用平原、迷宮、魔王城と行けるところが多数ある世界もあれば、現代風の世界だと都市1つだけだったりもした。
これまで見てきた中で一番酷いのは学校を中心とした小さな町程度だった所だろうか?
あそこも酷い世界だった。
俺の他に世界を渡っている“異邦人”が先に来ていたらしく、そいつが滅茶苦茶にしていた。
本来は男の転生者だったらしいが、その“俺じゃない異邦人”の手にかかり女にさせられており、しかもエロ系の何か訳のわからない事をさせられていた。
解放した後もしきりに己の行いを反省していたから、まぁもしかしたらどっちもどっちの可能性もあるが。
話は逸れたが、そういう“まともに世界観を構築できていない世界”の事を、俺とマキーナは“不完全異世界”と呼んでいた。
自分が居たい場所、やりたいシチュエーション、なりたかった他者との関係性。
そういったモノだけが切り取られ、前後やその先の世界を考える事なく独立した世界として形を成している、そんな感覚があったからだ。
ただ、これまで狭いと思っていた世界達すらもぶっちぎるような、過去最少の世界が俺の目の前に現れた、と言う事だろう。
「まぁ、こうしていても埒が明かないからなぁ……。
とりあえず、入ってみるか。」
俺は玄関に向かうと呼び鈴を押す。
<……このボタン、機能してないのではないですかね?>
何度押してもプラスチックのカスカスという音が手元で鳴るばかりで、室内に何か電子音が鳴っているような雰囲気は全く無い。
「みたいだな。
全く、こんな所まで不完全なのかよ。
しょうがねぇ……あのー!すいませーん!!」
俺は文句を言いながらも、何度か玄関の扉を叩く。
声も張り上げてみるが、やはり反応は無い。
建物自体は古い民家だ。
開くかな?と思いながら扉の引き戸を動かそうとすると、ガラガラと音を立てて簡単に開いた。
<勢大、警戒を。>
「解ってるよ……マキーナ、通常モードだ。」
全身に光が走り、いつもの装備が俺を包む。
変身を確認してから、俺は玄関の敷居をまたぐ。
大抵はこういう時、“一歩踏み込んだらそこは異空間でした”となる事が多い。
流石にそれには引っかからん。
そう思いながら玄関をくぐると、案の定、何もしていないのにピシャリと扉が閉まる。
試しに開けようとしてみるが、入る時とは違いビクともしない。
『やっぱりこれだ。
マキーナ、何かの反応が無いかセンサーを最大限に広げろ。』
<2階に生体反応があります。>
変に周囲を探索するよりは、まずは行ってみるか。
そう思いながら俺は、廊下から伸びている階段をそっと登る。
体重がかかる度にギシギシと鳴る、木の音に冷や汗をかきながらも、マキーナが表示した生体反応があるという部屋の前まで進む。
何の変哲もない木製の扉、ドアノブはレバータイプ。
触診し、何かトラップがあるわけでもない。
一気に踏み込むかと扉を開き、部屋に踏み込む。
「きゃっ!!え、誰!?
……イタタ……ってか、何でいるの!?」
部屋の中には、部屋着で勉強机に両足を乗せ、ケータイを見ていた若い女の子の姿。
俺を見て慌てて椅子から転げ落ちるが、後ろにベッドがあった事からそこに着地。
しかし、1回転してベッドの奥にリングアウトした後、腰の辺りを押さえながら立ち上がりつつ、また俺を見て怯えてベッドの陰に隠れる。
いやはや、ずいぶん忙しい女の子だ。
とりあえず俺はメット部分を解除すると、顔を晒して危険ではない事をアピールする。
彼女はそれでも、顔の下半分をベッドに隠しながら、訝しげな表情で俺を見ていた。




