72:不穏な遭遇
眩い光が収まり、転送が終わる。
前の世界は300年か、500年か。
中々に長くいた。
いや、過去最長と言っても良いのではないだろうか。
賢く、優しい転生者だった。
それにしても、まさか自身を世界樹に変えるとは。
いつか俺も、もしかして夢破れるとしたら、あの終わり方でも悪くないと思えた。
いや、そんな感傷に浸っている場合ではない。
転送先はいつもの森の中、通勤鞄も無事だ。
いつぞやの乙女ゲームの世界では、手ぶらで転送が始まってしまい、内心焦ったモノだ。
どうやら、初期装備は俺と一緒に転送されるようだ。
ただ、誰かに売るなど所有権を手放すとどうなるか解らないため、売却して路銀を得るのは最終手段だと思う。
「しかしこの鞄、持ち歩くの面倒なんだよなぁ……。」
<回収を実行しますか?>
バレないようにしつつかさばる鞄を持ち歩くのは大変なのだ。
だがそう呟いた所、マキーナが反応した。
よくわからなかったが、試しに実行させてみると通勤鞄がマキーナに吸い込まれていった。
“お前いつの間にそんな事出来るようになってたんだ!?”と小さな感動を覚えつつ、他にも吸い込んで回収できないかと調べた。
しかし、結局のところマキーナに登録した時の持ち物しか回収は出来なかった。
便利なようで微妙に不便だ。
せめて銀貨の1枚でも回収してくれたら、最初の四苦八苦が無くなるのに。
それでも、異世界ではオーパーツレベルの物品を見せびらかしながら歩く、という危険な行為を減らせたのは大きい。
一安心すると、マキーナをアンダーウェアモードで起動して周囲を探索する。
それなりに危険な虫や生物もいるようだが、今のところ安全だった。
改めて落ち着き、いつものドロップポイントに向かう。
が、無し!
勢大をあざ笑うかのように、生える草!草!草!
いや、そんな債務者ゴッコをしている場合でもない。
この世界は、転生者が最初に遭遇する“逃げる重要人物が襲われる”、と、言うようなシチュエーションが無いのだろうか。
となると、上手いことこの世界に溶け込めるような服装には、着替えられないと言うことだ。
悩んでいても仕方が無い。
恐らくは近くにあるはずであろう村に、スーツ姿のまま向かうことにする。
転生者の世界は様々だ。
意外にスーツ姿も見慣れている場合もあるからな。
それに期待して村に行ってみよう。
案の定あった荷馬車が通り抜けていそうな道を見つけ、そのまま村の方へ移動する。
予想通り村はあったが、今まで見てきたどの村よりも防衛がしっかりしていた。
村全体をぐるっと囲むように石と木で柵、というよりはもはや防壁が作られている。
村の入り口に繋がる門はおりている。
しかし、門の先には詰め所の代わりだろうか、掘っ立て小屋のようなモノが建っていた。
この世界でもエル爺さんはいるのかと思い近付くと、掘っ立て小屋から“爺さんと呼ぶにはまだ若いが、俺よりは年がいってそう”なオッサン達が3人ほど、慌てるように手に槍を持って出て来た。
なんだ?盗賊か何かに狙われてるのか?
「お、お前、この近くの人間じゃないな?何しに来た?」
3人から槍を突き付けられ、何となく両手を上げる。
両肘は体から離さない。
肘から上だけを上げ、手の平を向ける。
「な、何だい急に、俺は通りかかったんで水でも貰えないかと立ち寄っただけだよ。」
慌てた雰囲気を出しつつ、そう説明する。
だが、村人の顔は険しい。
何だろう?
本当に盗賊団や山賊にでも狙われているのだろうか?
「……何か立て込んでるなら、別に入らなくてもいいんだ。
ここから離れるから勘弁してくれよ。」
そう言いながら少しずつ下がる。
別にこの村じゃなくても転生者の情報は探せる。
殺気立ってるなら、無理して入るまでもない。
「……待て、お前、妙な格好をしているな。」
呼び止められて、俺は下がるのを止める。
村人達の目が更に厳しくなっている。
「アイツもここに来たとき、似たような格好をしていた。」
残りの二人も“そうだ、こんな格好だった”と相槌を打つ。
何かヤバそうだ。
危険を感じ、俺はゆっくりと後退りする。
「お前まさか、アイツの仲間なんじゃないか!!」
一人が怒鳴る。
何を言われているか解らない。
“アイツって?”と聞いたが、惚けているように見えたのか、3人のオッサン達が騒ぎ始める。
「敵襲~!敵襲~!」
「奴の仲間らしき不審者だ!!」
「戦える奴はすぐ来い!!」
3人がそれぞれ叫んだのを皮切りに、村の男達が手に包丁やらクワやらを持って駆け寄ってくる。
いや女性も子供までいる。
動ける奴は総出で襲ってきている感じだ。
“こりゃヤバい”と思うより先に体が反応し、ダッシュで王都方面へ逃げる。
「何なんだよっ!!クソッ!!」
走りながら考える。
いつものマップならこのまま進めば王都方面だ。
ただ道は平原であり、追っ手はいつまでも追いかけてくるだろう。
道を外れて左に行けば林がある。
ただ、そこまで鬱蒼と茂っているわけではないから、明るい日はよく見えてしまうだろう。
ならばと、道から外れて右手にある山へ向かう。
起伏も激しく、木々が鬱蒼と茂っている。
身を隠せそうなところも多い。
とりあえず山道に入り、木々や草をかき分け必死に登る。
遠くで村人達の叫びが聞こえる。
気になったので、マキーナを起動しつつそっと迂回し、村人達の声が拾えるところまで戻る。
マキーナの集音機能も使って聞いていると、村人にとってこの山は魔獣の住み家らしく、今いる人間だけで入るのは危険という認識のようだ。
この山に入れる強さを持った猟師もいるようだが、その彼は今、少し離れた街に行っているらしい。
彼が帰ってくるまで、安全な位置で交替で警戒するつもりのようだ。
いきなりのこの歓迎、もう何がなんだかわからなかったが、とりあえずはこのままもマズい。
元来た道は戻れないので、噂の猟師が帰ってくる前に山を越えて王都方面に向かおうと思い、また山を登り始める。
日が大分傾き、山は特に木々も多いため、薄暗くなるのも早い。
マキーナを使えば暗闇でも歩けなくないが、しかしどうしようと思っているときに、山小屋のようなモノを発見した。
恐らくは例の猟師が狩りの際に利用しているのだろう。
周囲を警戒しつつ、内部も慎重に調べたがやはり無人だった。
これは渡りに舟だ。
俺はホッと胸をなで下ろし、周囲で薪になりそうな小枝を集めると、小屋に入っていった。




