726:内なる世界
「どうしたセーダイ!動きが鈍いぞ!!
それとも、オレの方が速いのかなぁぁぁ!!」
ニタニタと笑いながら、スタンド公爵……いや、その姿を模したシャドウが矢継ぎ早に剣を繰り出してくる。
流石にこの世界で魔物という驚異の最前線で戦い続ける男の能力だ。
少しでも気を抜けば、即致命の一撃が振り下ろされ続ける。
「クソが!テメェを倒すのは簡単なんだがよ!!」
シャドウと相対し、負けた者は取り込まれて完全に一体化してしまう。
そういう噂が存在している事は知っていた。
幸か不幸か、これまでの世界では俺は一人で行動する事が常だったし、別に取り込まれていようが何だろうがお構い無しに倒してきた。
だから“単純に倒す”だけならお手の物だが、“復活する見込みを考慮しながら戦う”というこの状況には慣れていなかった。
(しかし!かすり傷すら負ったらこっちが取り込まれるのに、こっちは致命傷を与えないように倒すとか、無理ゲーにも程があるだろうがよ!!)
<勢大、それとて可能性の一つです。
取り込まれた人間を完全に救出したという記述は、この世界だけでなく他の異世界でも見かけた事はありません。
ここは諦めて、このシャドウを倒してしまうべきです。
勢大の安全には変えられません。>
その通りだろうな。
別に、命をかけてまで助けたいという理由がない。
確かにユイが発症した時に助けてもらったが、アレとてその後に“貴族こそが対応出来る”と、政治的に利用されていた。
後で知った話だが、あの時スタンド公爵があの場にいたのは偶然でも善意でもない。
始めから、ほんの少しでも俺達がミスった時に現れて“やはり貴族でなければ対応出来ない”と、喧伝する為に隠れていたらしい。
あの時、俺達は見事にデカい餌を与えてしまったというわけだ。
「ただ、だからといって出来そうな事を諦めていい理由にはならねぇよな!!」
横薙ぎに振るっていた剣を、下から弾き飛ばす。
予想外の軌道に剣が動いた事で、ヤツは体勢を崩す。
「シィッ!!」
歯を食いしばり、歯から漏れる空気と共に踏み込む。
下から上に跳ね上げた剣を切り返し、上から下に。
流石に全力で振り下ろせば斜めに両断しちまうなと、頭の何処かで思いながら刃を横にして振り下ろす。
鋭い剣は鈍器となりヤツの肩に命中、体内の骨が砕ける感触が伝わる。
「セー……ダイ、殿、や、やれ……。」
一瞬、正気の光がスタンド公爵の瞳に宿る。
「……は!?しまっ……!?」
刹那の空白。
戦いの中での迷い。
しかしそれは、大きな隙だ。
頭の中で“正気に戻せるかも”と過ったのが良くなかった。
スタンド公爵の姿だったのも、人間の形をしていた事も、判断を誤らせた要因かもしれない。
次の瞬間、スタンド公爵の胸から生えたミリーの顔と腕。
その腕には短剣が握られていた。
《勢大!!》
俺の左肩に突き刺さる短剣。
次の瞬間、大量の記憶や情報が俺の頭に流れ込み、そして相手に流れていくのを感じながら、目の前が暗闇に覆われる。
空も大地も無い空間で目を開ける。
目を開けると、ボンヤリと光り輝く俺の姿がそこに浮いている。
(よう、俺)
何だよ、俺。
(もうこんなかったるい事止めて、少しゆっくり眠ろうぜ)
嫌だよ、俺は帰るんだ。
(帰る?帰るってどこに?お前はもう死んじまったじゃねぇか。)
まだだよ、まだ死んでない。
死ぬ寸前だっただけだ。
(そうだな、そうしてお前は生き残ろうと必死になり、結果多くの人間を死なせたんだ)
俺に、罪の意識がのしかかる。
これまで手にかけてきた異世界の人々が次々と現れ、俺の周りで無表情に立つ。
一番目立つ所に、あの電車の車掌の姿がある。
一番最初にころした、あの……。
(お前はもう元には戻れない。)
(人を殺したお前には、もうその選択肢が根付いている)
(獣は、人の世には戻れない)
(戻れば、お前はいつか妻でさえも……)
「だから、ここでお前と融合しろと?
よく回る舌だな。」
目の前でボンヤリと光り、漂う俺をぶん殴る。
頭を吹き飛ばしたそれは霧散し、また別の場所に現れる。
(ずいぶん頑固に抵抗するな)
(だけど無駄だよ、俺は心に隙間がある獲物は逃さない)
(そしてお前は、隙間だらけだ)
「心に闇がある限り無敵ってか。
なんとも面倒な奴だな。
まぁ、この世界ではほぼ最強格のスタンド公爵を取り込んでるんだ、そりゃ面倒にもなるか。」
俺の態度にも、俺の姿をしたシャドウは余裕の表情のままだ。
本来ならこうして精神攻撃を繰り返し、疲弊したり発狂した所で取り込むんだろうな、と、何となく理解する。
理解したなら、もうそろそろ良いか、と、俺は目を閉じて呼吸を整える。
(ククク、何をやっても無駄だよ)
(人間である以上、何をしても……)
シャドウの声も聞こえなくなる。
心の中に泉をイメージする。
さざ波一つ、波紋一つ揺るがない完全な凪の泉。
泉の水鏡に、自らを映す。
あやふやなイメージから、ハッキリとした俺の姿へ。
「マキーナ、通常モードだ。」
<通常モード、起動します。
……おかえりなさい。>
水鏡に映る俺の体の周りを、光の線が走る。
線と線が骨格を作り、その間を光が包む。
光が収まると全身を黒いラバースーツのような物が覆い、そして鈍い銀色に光る装甲が出現する。
最後に、頭を光が走り、髑髏の意匠が施されたヘルメットが現れると、変身が終わる。
ゆっくり目を開けると、先程までいた森と洞窟の間の、僅かな平原に立っていた。
「な、何故!?
何故俺の侵食を受け付けない!?
どんなに深い闇を持っていたとしても!どんなに光の心を持っていたとしても!!
俺の侵食からは逃れられる筈が!?」
シャドウは現状が全く理解出来ないという風に慌てふためく。
あまりに慌てていたのか、人の形が僅かに崩れて、スタンド公爵やミリー、ついでに撮影班の顔までが全身に浮かび上がり、その全ての顔が驚愕に歪んでいた。
『……何事にも、例外ってのがあるんだよシャドウ。
そうだな、例えばこの世界では異分子として受け入れられていなかったり、例えばこの手の攻撃を食らい慣れていたり、な。』
「そ、そんな筈があるかぁ!!
俺の侵食は完璧だ!それが効かないなど、それはもはや神の……!?」
言いかけて、そんなことは無いと首を振るシャドウ。
ただ、そうして焦っていたシャドウも、何かを思いついたのかゆっくりと落ち着きを取り戻していく。
「ククク、だがそれなら好都合だ。
俺はお前の記憶も能力も確かに写し取った!!
同じ能力なら、他の人間の能力も備えている俺が負けるはずがない!!」
落ち着きを取り戻し余裕を見せるシャドウを、俺は静かに見つめていた。




