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異世界殺し  作者: Tetsuさん
偶像の光
726/831

725:不意打ち

「……しぇ、セーダイさん、何か変じゃない?」


シャドウ出現ポイントと言われている場所にそろそろ近付くか、という時に、ふとユイがふと何かに気付く。


「……何かって、何がだ?」


「うん、もうじき冒険者ギルドが言ってた、“近くの村の人が見た”っていう場所に近いはずじゃない?

なのに、戦闘音が聞こえないのって、ちょっと変だなって。」


言われて、これから入ろうとしていた森を見上げ、そして耳を澄ます。

激しい戦闘が行われているならば、何かしらの戦闘音が聞こえてきてもおかしくはない。

木々のざわめきの中にも、金属の打ち合う音や魔法の爆発音等が聞こえて来てもおかしくはない筈だ。


「……どうだろうな?

まだ攻めてなくて、これから攻撃するところなのかも知れん。

或いは、あんまりにも弱くてもう戦闘が終わっている事も考えられるな。」


目の前の森の中ならともかく、確か目撃ポイントは森を抜けて開けた土地にある、浅い洞窟の中だったはずだ。

シャドウ相手なら、わざわざテリトリーである洞窟の中に入ったりはしない。

入口から油の壺でも投げ込んで、火を放てばそれで終わるか、もしくは出てきた所を倒せばいいだけだ。

ましてやスタンド公爵はお抱えの撮影班と一緒に来ているはずだから、光魔法か何かで照射してやってもいい。

とにかく手はいくらでもあるはずだ。


俺は安心させるように笑うと、森へと一歩足を踏み入れる。


<警告します。

ここは(・・・)既に(・・)敵の(・・)テリトリーです(・・・・・・・)。>


マキーナに言われるまでもなく、俺自身、森の中に入った瞬間に背筋に氷を突っ込まれたような冷気を感じる。

いや、これは冷気ではなく、殺気か。


「え?マキーナさんどうし……たの?」


キョトンとしたユイだったが、俺の表情を見て周囲を警戒し始める。

この辺、ユイがただのお嬢様ではなく冒険者で助かるなと、少し頼もしく思う。


「マキーナが分析したところ、ここにはヤツ自身はいなさそうだ。

監視の目が置いてある感じだろうな。」


「……てことは、ミリーちゃん達マズいんじゃない?」


ユイは重量が軽めの棍棒を取り出す。

歌姫(ディーヴァ)とはいえ、こうして冒険者と同行する以上、武装しての護身は必須技能だ。

俺も同じように手甲を装備し、その上で短めの剣を抜き放ち装備する。


「……慎重に行くぞ。」


お互いに極力音を立てないように、しかし確実に歩を進める。

マキーナが検知した危険範囲を避けつつ、森を縦断する。

少しだけ余計に時間がかかったが、まだ早朝と言える時間には目的地に到着する事ができた。


「……いないな。」


先頭に立つ俺が洞窟を見ながら小声で呟くと、ユイが俺の肩を叩き、一点を指差す。


指さした先には、一組の男女が森と平地の境目あたりで焚き火を囲み、楽しそうに談笑している姿が見える。

スタンド公爵とミリーだ。


「……冷静でいろよ。」


俺の言葉に、ユイは頷く。

それを見て安心した俺は、森から出ると堂々と歩きながら、剣を収めつつ二人に近寄っていく。


「やぁ、スタンド公爵様、こんな所でお会いするとは奇遇ですな。

あぁ、そういえばお礼がまだでしたね。

先日はこちらが危険な時に助けていただいて、ありがとうございました。

して、シャドウ討伐は無事に完了されたのですかな?」


「ん?おぉ、セーダイ殿ではないか。

どうしてここに……もしや、シャドウ討伐の手伝いか?

ハハ、それならば残念だったな、もう終わってしまったよ。

何、生まれたばかりのシャドウであれば、さほど怖くもないからな。

まぁ、もしかしたら先日の礼のつもりで助けに来てくれたならば、それは無用であるぞ?

我等貴族は民を守る為に行動しているのだ。

そなたが気に病む必要はない。」


それに、と、スタンド公爵はユイを見る。


「ユイと言ったか、無事に回復されたようで何よりだ。

聞けばウチのミリーとも仲が良いと聞く。

私も男であるし、歌姫(ディーヴァ)の事となると解らぬ事も多くてな。

同じ悩みを話せる友がいてくれるというのは、非常に心強いというものだ。

これからもどうか、仲良くしてやってくれ。」


若いのに、実に堂々とした貴族だ。

また、話す言葉に嫌味が無く、気遣いまで出来るとは。

やはり人の上に立つ者としてしっかりと教育を受けた人間は、基礎から違うのだなぁと、そんな感想を抱かせてくれる。


「少しだけ、まだ喋りのリハビリ中ではありますが、それもいずれ回復すると医者からもお墨付きを得られましたからね。

……あぁ、そういえばいつも同行されていらっしゃる撮影をされていらっしゃる方々はどちらに?

あの時、ユイを運ぶのを手伝っていただいたりもしましたからね、改めて皆様にも一言お礼を言いたくて。」


「ハッハッハ、セーダイ殿は誠実な方ですな。

それであれば私の方から伝えておきましょう。」


スタンド公爵は笑顔を絶やさないまま俺にそう言ってくるが、俺は“それでも顔を合わせてお礼がしたいもので”と、やんわりと拒否する。


「む、そうであるか。

いや、お恥ずかしい話ではあるが、映像の演出の手前、今彼等は洞窟内でシャドウが出現したようなシーンを撮影しているはずだ。

だから、暇な私達はここで休憩をしていてね。

あぁ。もちろんこの事は秘密にしてくれたまえよ?

民衆にはアレだ、解りやすい方がウケ(・・)が良いのでね。」


その言葉を聞いて、俺は思わず苦笑してしまう。


「左様でございますな。

その辺の演出やら見せ方と言う奴は、私も未だに苦労するばかりです。

では、皆様にご挨拶した後でまたこちらに来ますので。」


そう言い、ユイを先に洞窟の方に歩かせると、俺もスタンド公爵に礼をしてユイの後を追って歩き出す。


数歩歩いたところで、振り返りつつ抜刀して剣を振るう。


剣は空を切る事無く、振り下ろされた剣とぶつかり火花を散らす。


「ククク、なぜ気付いた?

上手くいっていたと思ったんだがな?」


「……スタンド公爵の所の撮影班は15人。

そこには、直接撮影に関わらない警護や側仕えの人間も含まれているんだ。

魔物のお前にゃ解らんだろうが、お前が変身している人間はな、森の外れで女と二人っきりになる事なんざ無ぇんだよ。」


俺の言葉に、スタンド公爵がニヤリと笑う。

その笑顔には、先程まで装っていた好青年の面影はどこにも無い。

ただ悪意で固めたような笑顔が張り付いているだけだった。

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