724:想像外のピンチ
「は?もう出発した?」
「え?えぇ、スタンド公爵でしたら、今日の午前中にはお付きの撮影部隊の方々と一緒に、“シャドウ討伐に向かう”と仰られて出発されましたよ?
確かぁ……あ、そうだ、昨日の事ですが、冒険者ギルドの建物を聞かれたんでお教えいたしまして。
その少し後でお戻りになられた時に、“急用が出来たので1泊キャンセル出来るか?”と、そう仰っていましたので、そのようにご対応いたしましたが……?」
魔導空機には無事に間に合い、その後も諸々乗り継いでシャドウ出現地点にそれなりに近い街に、夕方にはたどり着いていた。
それでも、明日が出発日の筈だから、朝待ち伏せるか後をついて行って、何とか上手いこと同行させてもらおうと思っていたのだ。
だが、スタンド公爵の動きは一手早かった。
俺達がたどり着いた時には、既に宿を引き払った後だったのだ。
「ろぅしよ……、どうしようセーダイさん?
アタシ達もすぐに後を追う?」
「……いや、何が起きているのか確認してからだ。
ユイ、一旦今日はここに泊まる。
悪いが登録だけは済ませておいてくれ。
俺はちょっと冒険者ギルドに行ってくる。」
ユイが何かを叫ぶ前に、俺は荷物をその場に置くと冒険者ギルドがある建物へと走る。
ここに来る前、事前に街の地図は確認しておいた。
ここは他の異世界で言う所の“魔族領に最も近い四番目の街”と言われている場所だ。
街の造りも、そこまでたの異世界と差はない。
慣れたように通りを走り抜けると、冒険者ギルドが入っている建物の扉を乱暴に開ける。
ここの受付は随分可愛いお姉ちゃんだな、と一瞬余計な事が頭をよぎるが、今はそれどころじゃない。
「申し訳ない、スタンド家の方から来た者なのですが、スタンド様はもうシャドウ退治に向かわれていらっしゃるのですか!?」
それっぽく身分をでっち上げ、急いでいる風を装い受付に詰め寄る。
受付のお嬢さんも、慌てて資料をめくり出す。
<……そんな、“消防署の方から来ました”みたいな詐欺師の真似をしなくても……。>
(仕方ねぇだろ、正攻法で情報を取ろうとしても、無駄に時間をかけられるだけだ。)
公爵位の肩書はやはり凄い。
恐ろしい速度で資料が展開され、状況を教えてくれる。
どうやら、昨日スタンド公爵がここに来て状況を確認していた際、シャドウの被害発生あり、という報告があったらしい。
この魔物は時間を置けば置くほど能力を取り込み、被害が広がる。
しかも、運の悪い事にここ所属の冒険者達は割と血気盛んらしく、“お飾りの歌姫と優男のお貴族サマに倒せるなら、俺達なら余裕だ”とスタンド公爵の到着を待たずに討伐隊を編成して挑んでしまったらしい。
「……何とも無茶な事を。」
「え?無茶なんですか?
言い方はちょっとアレかもしれませんが、たかが一匹の魔物ですし、今は弱体化されているって噂もありますし。」
この世界で、獣と魔物では根本からして違う。
いや、これも対峙した事が無いと理解出来ない事だし、それはそれで貴族達の情報操作の結果なのだろう。
彼等があまりにも華麗に倒しすぎているから、いや、華麗に倒すシーンばかりを表に出しているから、その難易度が過小評価されすぎているのだ。
結果、この受付嬢のような感想に繋がるのだ。
「ありがとうございました。
では私は急ぎスタンド様の元に向かいますので。
あぁ、この資料はお借りしても?」
受付嬢は“公爵様のお使いの方であれば”と、気前よく資料を渡してくれる。
ついでに、公爵に口利きしてくれと言われた時には、この世界の女性もたくましいものだと笑うしかなかったが。
「あ、セーダイさん、待ってりゃ……待ってたよー!!」
「なんだお前、部屋で休んでればよかったのに。」
資料を抱え、宿に戻ると入口でユイが待っていた。
俺が戻ったらすぐに出発すると思ったのか、フル装備だ。
「え?すぐ行くんじゃないの!?」
「……今から行ったところで夜になる。
多分だが、いくらスタンド公爵といえど夜には攻撃は仕掛けないだろう。
多分仕掛けるなら明日の早朝だ。
俺達は日が昇る前から追いかける。」
シャドウの名の通り、影が多くあれば神出鬼没の動きを見せる。
つまり夜に戦うのは、どんなに自信があっても自殺行為に等しい。
今日の午前中に出発したのなら、到着は午後になる。
そうすると、戦っている途中に夜が訪れる。
流石にそれは避けて通る筈だと思えば、仕掛けるのは明日の朝だろう。
「え、じゃあ困ったな……。」
なので今日は夜まで寝て過ごすと話した途端、ユイの表情が曇る。
その言葉の意味は、ユイに案内された部屋を見て、すぐに理解する事が出来た。
「……何で、同じ部屋になってるんだよ。」
「いや……、どうせ荷物置いておくくらいかなって……。」
しかも、宿のオーナーが言うには今日はなんだか急に混雑してきたらしい。
そのため、特に事情がなければ同部屋にしてくれと言われ、深く考えずにそのまま1部屋で契約してしまったらしい。
「……いやあのなぁ、お前、これでも一応プロデューサーと歌姫で、しかも男と女なんだぞ?
こんなんマズいに決まってるだろうが……。」
慌てて宿のオーナーに交渉しても、もう部屋はないの一点張り。
ユイは責任を感じて野宿すると言い出したが、流石にそれは俺が止める。
ただ、ベッドとソファだろうと床だろうと、同室で寝るのはマズい。
この手のゴシップも、やっぱりこの世界には溢れている。
何なら貴族の一部は、それ目的で歌姫を囲っているとも噂されているのだ。
「ごめん……。」
「良い良い、気にするな。
ただまぁ、勘違いする男もいるから、今後は気をつける事だな。」
しょげているユイを笑い飛ばし、俺は寝袋を取り出すともう一度宿のオーナーに交渉しに行く。
幸い、この宿には馬小屋が残っていたので、そこで寝させてもらう事が出来た。
「やっぱ、冒険の基本は馬小屋だよな。」
<どう言う事ですか?>
マキーナの困惑をよそに俺はさっさと寝てしまう。
そうして深夜に起き出すと、ユイを起こしに向かう。
扉の前に立ち、ノックをしようとした時に扉が開く。
「……起きてたか。
まぁ、それなら仕方ない、行くぞ。」
ユイも無言で頷くと、2人で静かに宿を離れる。
「この空を見ると、いつも少し寂しくなるんだよな。」
夜の闇が薄れ、空が微かに白みだす。
夜の黒と朝の青が混じり合った、夜でも朝でもない時間。
“この世界で、何者でもない自分”
それを、少し意識してしまうからだろうか。
「そうかな?これから今日が始まるんだって、アタシは希望を感じるけどな。」
ユイの横顔をチラと見る。
真剣な、そして希望に満ちた目だった。
その表情を守ってやらねば、そういう気持ちにさせる横顔だった。




