723:視野狭窄
失礼しました。
昨日メンテで投稿できなかったので、今アップしました。
「……全く、今からじゃ何の準備も仕込みも出来やしねぇじゃねぇか!!」
俺は文句を言いながらも武器や防具を検め、収納袋にしまっていく。
衣類は最小限詰め込み、そしてその他道具類も詰め込んでいく。
俺の方はまだ良い。
問題はユイの方だ。
女性はこういう時、色々と持ち歩くものが増える。
こういう時、他の異世界でたまに見かけた収納系の魔法や袋が無いのが悔やまれる。
<しかし勢大、移動距離や経路を考慮すると、勢大の戦闘移動での速さでなら2日でたどり着けますが、ユイとの移動と考えると1週間近くはかかります。
3日後というのは、どう考えても不可能なのではないかと。>
「そうなんだよなぁ……。
金に糸目をつけず、魔導馬車をフルスロットルでかっ飛ばし続けて壊れたら乗り継ぎ、ってやっていったらどうだ?」
思いついたアイデアをマキーナに伝えるが、マキーナからの反応は良くはない。
ギリギリ移動できるだろうが、不眠不休で3日間移動した直後に戦闘参加、という予測になるからだろう。
荷物を詰める手が止まる。
“行った所で何も起きなかったら”
“少しとは言え、ミリーの能力の底上げがあるのなら、ギリギリスタンド公爵でも勝てるのではないか”
そんな思いが渦巻く。
シャドウがこの世界でそこまで脅威になっていないのは、やはり歌姫の存在が大きい。
他の世界では強化魔法まで完璧に複製されてしまうのだが、この世界での歌姫の歌とやらは複製されないらしい。
だからどんなに目の前の前衛と同じ強さになろうとも、こちらは歌姫の力で底上げされている分、容易く倒せる相手と言う事らしい。
ただ、問題はミリーの歌の力は実際にはそこまで高くないという事だろう。
その事に関しては、ある程度コアなファン層、あのシルク君でさえ気付けるレベルではあったらしい。
実際、あの後シルク君の怪文書をいくつか調べていた時にも、似たような記述は見つけていた。
シルク君は、“僕が君をより良い歌姫にする為のプランを考えてあげる、こうすれば君はもっと良くなる、だから個別にやり取りをしよう”としきりに書いていた。
それというのも、ミリーの歌の力が弱い事を知っていて、そこから……言うなれば“攻略”しようとしていたのだろう。
その時は“この手のアレな奴は、何故かこういう“人の弱み”みたいなのを見つけるのだけは得意なんだよなぁ、そんな事ばかり探してる暇あるなら、現実の女と出会う努力すればいいのに”と違う意味で感心したものだが。
「あ、セーダイしゃ……さん、まだ準備してたのぉ?
アタシ、とりあえず準備終わったよー?」
いかん、ユイの方が先に支度を済ませていたか。
何だかんだ言ってもユイも放浪歌姫の時間が長かったからか、この手の旅支度は手早い方だったか。
「あ、スマン。
移動手段をどうするべきかと悩んじまってな。
3日以内に今回の討伐エリアまで行くにはどうしたらいいか、とな。」
「……え?
セーダイさん、魔導空機で行くんじゃないの?」
ユイの言葉に、今度は俺が頭の上に“?”マークを浮かべる番だった。
まどうくうき?何かの空気なのか?
「ちゃが……違うよ、魔導空機!空飛ぶ馬車だよ。
今回はフォスの街近くの森でしょ?
あそこまでりゃく……陸路で行ったらそれこそ凄い時間かかっちゃうよ?
魔導空機なら、数時間で着くじゃん。」
<……失礼、そういえばそのような移動手段があったのを忘れていました。>
マキーナさん!?
何それそんなのあったの!?
俺の動揺を無視して、マキーナが俺の右目に情報を映す。
なるほど、元の世界の旅客機のような外観で、大型の飛行機という所か。
<勢大の焦りが移ったので失念していましたが、この方法なら余裕を持って移動できます。
早速、2名分の冒険者申請をしておきます。>
その後の登録情報を見ていると、なるほど、冒険者申請をすれば武器の持ち込みは可能になるらしい。
ただ、爆発物や危険物は貨物預かりになるらしいが。
「早く言ってよぉぉ……。
まぁ、それならそこまで慌てる必要もないな。
丁度いい、ユイとも打ち合わせを何処かで出来ればと思っていたんだ。
それによって準備が変わるしな。
なら、今から打ち合わせたいが、今いいか?」
「え?あぁ、良いよー。
ただちょっと待っててね、久々のお仕事だから、ぬこったーで“お仕事復活!”って呟くから。」
それくらいならまぁいいか、と、俺はユイが嬉しそうにソーシャルネットワークに書き込んでいる間にベランダに出て、タバコに火を付ける。
タバコの煙を目で追いながら、これまで戦ってきた経験を元にシャドウとの戦闘を想像する。
(……万が一、俺の能力を丸々コピーされるなら、相当面倒な事になりそうなんだよなぁ。)
<それについては多少の策はあります。
そもそも、勢大の能力を完璧にコピーしようとするなら亜神クラスの許容量が必要です。
そうでなければ、普通は体内の魔力が暴走し、周辺数十kmを更地に変えるような爆発を起こして終わりでしょう。>
いやそれ安心出来る材料じゃねぇから!
俺のコピーをしようとした途端、人類史上最悪の爆弾よりも酷い被害になるとか、シャレにならんぞ?
思わずそんな考えが頭をよぎったが、マキーナは“大丈夫だ”の一点張りだった。
まぁ確かに、と俺は考え直す。
俺自身、普段は鍛えた超人的な力は封じているし、この能力を解禁するには“俺の手持ちの異世界ポイント”を消費して、この世界との整合性をとっている。
解除の鍵はマキーナの能力解放、通常モードへの変身になるのだ。
俺とマキーナ、双方の解除があって初めて使えるこの鍛えた力は、つまりは“俺とマキーナの両方をコピーし、同時に能力発動”が出来なければ、完璧には使えない。
<私の通常モードを開放しなくても使えるレベルでも、普通の人間から比べたら驚異的なレベルでしょうがね。>
そりゃ鍛え方が違うからな、と軽口を叩いたところで、ユイが窓ガラスをノックする。
どうやら終わったらしい。
俺はいくつかの作戦をユイと話し、最低限の準備をし直して魔導空機の発着場に向かう。
ほんの少しだけ、心に緩みが出てしまったからか。
ユイが書いた文章をチェックする事を忘れていたのには、気付けなかった。




