722:予測と予感
「ふーん、じゃあアレか、ミリーとスタンド公爵だけでデカい魔物退治なのか。」
「どうなんだろ?そこまでは聞いてなかったけど、何か凄い魔物みたいだから、もしかしたら何組かで挑むのかもしれないね。」
ユイがミリーの所に遊びに行った翌日。
いつものように1階の居酒屋で夕食を取りながら他愛ない会話に花を咲かせていると、ユイがミリーから聞いてきた話を教えてくれた。
当然、俺というか俺達の事務所の方にはその話は降りてきていない。
多分貴族派閥側で進められている話なのだろう。
「そういえばユイの動画、今だに再生数が伸び続けてるぞ。
良かったじゃないか、皆お前を待っていたんだな。」
“うん”と頷くと、どことなく嬉しそうな表情で食事のペースが速くなるユイ。
それを見て、俺は携帯型の端末をテーブルの上に置いた。
「そんなに慌てて食うと体に悪いぞ?
ホラ、これ使っていいから、飯はゆっくり噛んで食え。」
さっさと食事を済ませて端末を見ようとしているのだろうからと、プロデューサー用に渡されている持ち運び式の魔導端末を開く。
俺自身だけなら似たような事をしていると思うが、何せ今はユイを預かる身だ。
食事は活力の基本だからこそ、あまりおざなりにはしてほしくなかったのだ。
「あ、ヤハシラさんコメントくれてる!
カマガーヤさんも珍しくコメント残してくれてるし、くぬぎっ娘さんもゼンラダンディーさんもだ!
皆、待っててくれたんだなぁ……。」
……ユイのファン、改めて考えても不安な名前のヤツ多いな。
何だ全裸ダンディーって……?
<……まさかと思いますが、あの家で裸族だった……。>
待って!言わないでマキーナさん!!
思い出しちゃうから!!
「……?
どうしたのマキーナさんセーダイさん?
ゼンラダンディーさんと会った事あるの?」
「あ、あぁ、お前のコンサートの会場でそれらしい名前で話している奴等を見かけてな。
もしかしたらとマキーナと話してたんだ、ハハハ。」
ユイはそれを聞くと“え?いいなぁー!”とはしゃぎ出す。
何でも、今名前が挙がったような奴等はかなり古参のファン、ユイにゃんずらしく、それこそ歌姫登録した当初くらいから今まで、ずっと応援してくれていたそうだ。
「この人達、ユイにゃんずの皆の中でも特に有名でね、“ユイにゃんず四天王”とか言われてるんだよ!!
カマガーヤさんとか普段殆どコメントしないんだけど、久々にコメント残してくりぇてるー!!」
「そ、そうか、だがちゃんと食事はしろよ?
手が端末しか触ってないぞ?」
ユイはニコニコ上機嫌になりながら、時々コメントをスクロールしながら食事を続けている。
危なそうなコメントは先に削除しておいたが、その甲斐あってかユイが嬉しそうで良かったも、胸を撫でおろす。
安心しながら俺も食事を再開し始めた時に、右目に情報が表示される。
<勢大、恐らくスタンド公爵が戦おうとしている魔物はこれかも知れません。
先程、冒険者ギルドのサーバーにアクセスして確認しました。>
魔物名:シャドウ
種族:不明
対敵難易度:簡易〜深刻
こうしてリスト化されて出てくるのは珍しい。
大抵の異世界では、こういうデータそのものが無くて口頭での言い伝えくらいしか残ってないというのに。
(……ただこの、対敵難易度が“簡易〜深刻”ってなってるのは、どれくらいヤバい感じなんだ?何だか危なそうに感じねぇんだが?)
ただ、リスト化されていても比較データがなければ宝の持ち腐れだ。
この“簡易”も“深刻”も、何を指しているのか、俺に対してなのか現地の戦力に対してなのか、正直さっぱり解らない。
しかも、振れ幅が大き過ぎてどう捉えていいかも不明だ。
<こちらの情報は冒険者ギルドからのデータとなりますので、現地人の難易度と考えてください。
“深刻”の度合いとしては撃破しなければ一国が落ちるレベル、と考えられているようです。>
え?そりゃヤバいじゃねぇか?
そんなもん、貴族だけじゃなくて冒険者全員とか、下手したら国軍が動いて協力する必要があるじゃねぇか。
<そこが難しい所のようですね。
この魔物、記録によると出現したばかりの段階ではさほど脅威にならないようで、普通の冒険者でも倒せるレベルなのだそうです。
その為、“簡易”となっている様ですね。>
なるほどねぇ。
そりゃこれだけ振れ幅があるのも仕方ない所なのか。
ちなみに、何で出現から暫く経過するとそんなにヤバい難易度になるんだ?
<この魔物……そうですね、勢大に解りやすく伝えるなら、別の世界でいた魔族の“ドッペルゲンガー”が解りやすい例えでしょうか?
相手と全く同じ能力の使い手になり、襲ってくるアレです。
このシャドウは、それらを複数記録することが出来、尚且つ同時並行で展開することが出来るようです。>
なるほど、と納得する。
鏡写しのように自分の技を使ってくる、まさしく“影”という訳か。
しかもドッペルゲンガーは都度都度その相手にしかなれないが、こっちは記憶するとなると、それはそれで確かにヤバい。
やられればやられた分だけ、シャドウが強くなるって訳か。
「……ん?それってマズくないか?
スタンド公爵は、一応とは言え貴族の中では最強格だろう?
もし負けたら……いや、歌姫がいるから安心なのか?」
もしスタンド公爵が負ければ、誰も手が付けられない化け物が生まれる。
ただ、歌姫がいるなら能力は底上げされる。
そう考えるなら、ただの劣化コピー相手だから別に問題は無いのか。
俺は“考えすぎだな”と思いながら、残りの食事を片付けようと一気に胃に流し込む。
それを見たユイが“セーダイさんだってちゃんと噛みなよー”と文句を言っているが、それには笑顔を作って受け流す。
次のマキーナの言葉を聞いて、その笑顔はすぐに消えてしまったが。
<そうとも言えません。
実際の所、以前の試練だけで見ればミリーはあの場の誰よりも、歌姫の能力としては低いと言わざるを得ません。>
「あ、昨日遊びに行った時にも、“どうやったら歌姫の能力って上がるのかしら?”って言われたんだよねぇ。
ミリーちゃん、意外に気にしてるんだよね。」
マキーナの言葉を受けて、ふと思い出したようにユイが昨日の話を思い出す。
「マキーナ、スタンド公爵がシャドウ討伐をするのはいつだ。」
席から立ち上がり、急いで自室に戻るために歩き出す。
嫌な予感がする。




