718:方針決定
前回(717)の後ろ400文字程度が切れておりましたので、そちら一部復旧しております。
失礼いたしました。
「……なるほどねぇ。
マキーナ、大体理解したからもう消してくれて良い。」
マキーナが用意してくれた資料に目を通しながら、俺はため息とともにタバコの煙を吐き出す。
右目に表示されていた情報を消すと、ベランダからの夜景がよく見える。
あの男、ネットワーク上のハンドルネームは“シルク”というらしいが、歌姫界隈、それもファンの間である意味で有名な存在らしい。
気に入った歌姫の動画コメント欄に常駐し、“自分が一番◯◯を愛している”と言う様な事をいつも言い、それを注意しようとした他のファンに攻撃的な態度をとるか、或いは理性的な話し合いを持ちかけておきながら自分は煽りまくってハシゴを外すと言った、“会話にならない厄介なファン”として認知されているらしい。
また、歌姫かそのプロデューサーが正式に注意すると、異常な長文で言い訳や病み投稿をソーシャルネットワークに流すといった行動を取り、同情を誘おうとするらしい。
それでも同情されないと解ると今度は“愛している”と言っていたはずの歌姫自身に攻撃的な行動をとるなど、相当な“厄介ファン”らしい。
現に、彼の“教育”という名目で行われる嫌がらせ行為を受けて、“マキ”と“エリー”という2人の歌姫がそれぞれ無期限活動休止と引退という、実害まで出ていた。
ファンの間で噂されている、“解っている大きな被害”でこの2人なのだ。
そして、この“シルク”という男は“◯◯ちゃんをこの世で一番愛している!”というセリフを吐きながら、常に4〜6人程度の歌姫を追いかけているのだという。
つまり、関連づいてないだけで、被害者はもっといるだろう。
<“この世で一番”が常時6人もいるとは、実に多くの愛を持つ男ですね。>
先ほどまでの情報を反芻していた俺に、マキーナが皮肉げなトーンで呟く。
全くその通りだろうな、俺だって鼻で笑いたい所だ。
<勢大もアレですか?
この“シルク”の様に、いくつもの愛を持って周囲の女にばら撒いているのですか?>
マキーナが含みをもたせた、言ってみれば意地悪をしようとするような音声でそんな質問を投げかけてくる。
やれやれ、実に人間くさい反応をするようになったもんだ。
それでは御高説を賜ってやろうと、俺はタバコをもう一口吸うと、煙をゆっくり吐き出す。
「“男の人って、たくさん愛を持っているのね”ってアニソンがあったな。
だが、アレは間違いだろう。
“人を愛する”ってのはな、もっと現実的なんだよ。
好きや嫌いではなく、どんな困難が立ちふさがっても共に手を取り合って生きていく、っていう覚悟だ。
その覚悟ってのは、例えば相方が手足を失ったら一生をかけてその代わりになってやったり、山を登れないとなればおぶってでも一緒に山を乗り越えるような、そういう覚悟の事だ。
共に生きるってのは楽しい事ばかりじゃない。
むしろ苦しい事を共に乗り越える時にこそ、愛って奴は必要だろうな。」
<では、彼の愛は愛ではない、と?>
俺は頭を掻きながら“そうだなぁ……”と空を見上げる。
自分で言っておきながら、マキーナに愛を説法するとは思わなかった。
ただ、シルクの奴の愛が違う事だけは解る。
「奴の愛ってのは、結局の所“憧れ”や“ワガママ”って奴なんだろうな。
言い換えれば、“恋”って奴に近いかもしれん。
自分の方を振り向いてほしくて、“愛”という軽々に使えない言葉を吐いてみたり、思い通りにいかなければ相手を傷付けてみたり。
相手に振り向いてほしくて周囲の事など構ってられないくらい、必死なんだろうさ。」
<しかし、それで傷つけられる方はたまったものではありませんね。>
“その通りだ”と呟きながら、俺はタバコを吸殻入れで揉み消す。
「それが物理的であれ精神的であれ、人に危害を加えてる時点でもうそれは愛でも恋でもなくて、ただの暴力だ。
暴力には暴力……ってのは良くはねぇんだろうが、他に解決策もないしな。」
俺はベランダから部屋に戻ると、久々に冒険者として身につけていた武器を取り出す。
<勢大、それであれば1つ手があります。
あの、勢大が可変機のパイロットをしていた世界を覚えていますか?>
唐突に言われて、何の事かと一瞬頭を捻る。
その世界の事は覚えている。
俺の脳裏には、その世界で相棒として一緒に戦った彼の、懐かしい顔が思い出される。
「まぁ、覚えてるが、あの世界で何かあったか?
科学技術の頂点みたいな世界だったと記憶してるが?」
<その通りです。
あの世界は私達が知る中でも最も文明が進んだ世界でした。
あの世界、犯罪者はどのような処遇になるかご存知ですか?>
言われてみて、あまりそう言う事は調べていなかった事に気付く。
まぁ、既に俺の存在自体がイレギュラーなのだ。
その世界の法を学んだところで意味はなく、どうせすぐに出ていく訳なのだから。
<あの世界では、犯罪者には“教育処理”という脳の書き換えを行い、従順な兵士を作り上げていたのです。
勢大に解りやすく言い換えるのならば、洗脳、というところでしょうか。>
なんともまぁ、あの世界もかなり物騒な闇をはらんでやがったのか。
もしかしたら、その背景には“人を減らし続けると宇宙船の操船に影響が出る”からかも知れないが。
<あの世界程の脳処理は厳しいですが、思考を違う方向へ逸らす事は可能です。
ただ、しばらくの間身体の動きを止める必要がありますので、そちらの荒事を勢大に担ってもらう必要があります。>
何だよ、やっぱり荒事は避けられねぇんじゃねぇか。
そんな事を呟きながらも、俺は全身黒尽くめの服装に着替え直す。
考えようによっては、人ひとりの命を積むよりはマシなのかも知れない。
あんなのでも、この世界の住人だ。
この世界に生きてる奴はこの世界で裁かれるべきだが、それには時間がかかりすぎる。
「……これまでの報いも含めて、と考えるなら、まぁそういうのも仕方ないだろうな。」
俺は深夜になるのを待つと、ベランダから隣の雑居ビルに飛び移る。
“虫”の情報でシルクの家は把握している。
俺のいる場所からだと魔導列車に乗って少し行った、この国の中心地からはかなり外れた一人暮らしのアパートの一室。
なかなかの距離だが、俺がそれなりに本気で移動すれば1時間もかからない。
「まぁ、これも運命だと思って、諦めてもらうしかねぇな。」
様々な建物の屋上を飛び移りながら、最短距離を駆け抜けていく。
一度だけ振り返り、ユイはもう寝ているだろうかと思いを巡らせたが、すぐにその考えを消した。
考え続けていると、怒りでマキーナのナイスアイデアを台無しにしてしまいそうだったからだ。




