717:歪んでいる想い
[……これはまた、僕の愛を届けなきゃいけないかな。]
画面内の男が、嫌な言葉を呟き出す。
まさか今からセルフプレイが始まるのか?と焦ったが、男は立ち上がると隣の部屋に移動しようと歩き出してホッとする。
<そういうシーンは一応、カットする事も出来ますが?>
「……いや、その最中に何か言うかもしれないから、我慢する。
どうせ異世界だ。
個人情報もクソも無いだろう。」
何ならこうして盗み見てる事そのものが問題大有りなのだから、今更どうという事は無いだろう。
多分マキーナとしては、俺の精神衛生上の心配をしてくれたのだろうが、今更男のセルフプレイを見たところで動揺する年齢でもない。
別の部屋に移動したその男の行動が一瞬ぼやけるが、また虫を展開しきったのか、徐々に部屋の様子がクリアになっていく。
<勢大、この部屋は。>
「……あぁ、多分“当たり”だったんじゃねぇかな。」
その部屋は、一瞬倉庫か何かだと思った。
四方の壁、それに部屋の中にもスチールラックのような物がところ狭しと立ち並び、何かの箱が大量に積まれている。
それらの箱と思えた物は虫籠で、それぞれの虫籠には大量に蠢く虫が生きていた。
[今回は……何にしようかなぁ。
ユイが驚くクモは鉄板として、たまにはムカデも良いなぁ。
これを見て驚く所を動画にしてくれるのはいつになるのかなぁ?
驚いたり怖がったりするユイはきっと可愛いのに……。
いや、でも駄目だな、俺以外にそんな可愛いユイの表情を見せるなんて耐えられない。]
ブツブツと呟きながら、それぞれの虫籠を愛おしそうに撫でている。
そういえば、と思い出す。
ユイの初期の動画でドッキリ企画みたいな物があり、その時にクモの人形で激しく驚いていたシーンがあった筈だ。
アレは人形だから最後は笑っていたし動画内でも“よく見ると可愛い”とか言っていたが、本物を送られて喜ぶはずがないだろうに。
「距離感を間違えてるタイプ……なのかなぁ?」
<ユイの、“他の歌姫には無い親しみやすさ”というものが、この男には良くない方に作用しているのかも知れませんね。
身近に感じすぎて、本来取るべきコミュニケーションのいくつかが飛んで、この男の中で勝手に結論にまで到達しているように感じられますが。>
そういうもんかなぁ?と聞きながら首を傾げる。
これが、俺が古い感性の人間だからなのか、或いはそこまで異常性を持った事が無いからなのかは、自分でもよく解ってないが。
そんな事を思いながら画面を眺めていたら、男はその部屋の棚の1つに置いてあった瓶のようなものを手に取ると、ズボンを下ろし始める。
「……マキーナ、下半身にはモザイクをかけてくれ。」
<その方が良さそうですね。>
お互い感情のない声になりながら、モザイク越しにその行為を見つめ続ける。
[あ、あ、あ、!
ゆ、ユイ!愛しているよ!!
僕の愛を受け取って!!
あ、あぁぁあぁぁ!!]
あー、ハイハイ、出る時声でちゃう系ね。
そうしてモザイク越しでもわかるくらい、瓶に何かを詰めると蓋をしている。
なんでそれを貯めるのか全く意味が解らないが、コイツの中では大事な儀式なのだろう。
そうして、一連の行為が終わると賢者モードになったのか、すぐに先程の部屋に戻ると備え付け型の端末に向かい、何かの作業を始めている。
「……一応、画面を見る事は出来ないかな?」
<電気信号を読み取ってありますので、表示は可能です。
少しお待ちを。>
映し出されている画面内に別ウインドウが立ち上がり、端末の画面が表示される。
“ユイを永遠に僕のモノにする計画”
画面上には、その文字が表示されていた。
<……何故、勢大はあの男が怪しいと判断出来たのですか?
私にはただの根暗そうな男性としか見えなかったのですが。>
動画を見終わり、ため息をつきながら遠いところを見ていた俺に、マキーナがそう尋ねてくる。
その声は疑いとか尊敬とかの意味合いは含んでいない、本当に単純な疑問を何気なく聞く感じだった。
「……うーん。
まぁ、アレだな、あんまり認めたくはないんだが、俺も同類だから、かなぁ?」
<勢大にもあぁいう異常性があるのですか!?>
マキーナの驚きに“んな訳あるか”とすぐに否定する。
とはいえ、俺も元の世界では若い頃はオタクだった。
それこそ、今となっては“古き良きオタク”というような存在だっただろう。
オタクである事を周囲にバレないように必死に隠し、一般人のフリをして生きてきた。
隠れキリシタンのように、バレれば社会的に負のレッテルを貼られて色眼鏡で見られる。
とはいえ、同好の士と話していてもお互いの趣味の細部は違っているので微妙に会話になっていない、そういう存在だった。
服装のセンスだって、オタクだから世間から少しズレていてお世辞にも格好良い服装ではなかっただろう。
挙げればキリはないが、そういう“僅かに一般人とはズレた何か”は、同じオタク同士では察する事が出来る。
その感性にアイツが引っかかっただけ、なのだ。
<……私には理解しかねる感性ですが、それではその、オタクと言う存在は、全員が全員あのような計画を立てるものなのですか?>
「……あぁいう事を考えるオタクは、確かにいる。
それでもな、そこまで行っちまうのは一握り、しかも、計画を実行に移してしまうような奴は更に一握りだよ。
それこそ、一般人の中で犯罪を犯す奴と、その比率は何ら変わりないだろうさ。
だから、そう言う奴はオタクの中でも“浮いている”から解るんだ。」
“ユイを永遠に僕のモノにする計画”
げんなりするようなタイトルの計画書、その最後はこう締めくくられていた。
“ユイを殺害し、その姿を永遠にとどめて僕だけのものにする”
と。
コイツはもう、オタクという範疇じゃない。
人と正常なコミュニケーションが取れない、破滅願望を持った異常者だ。
<そういえば勢大、先程の男が呟いていた言葉が気になったので調べてみたのですが。>
紫煙を吐きながら“見せてみろ”というと、視界に数枚、歌姫の顔画像が表示される。
<先程男が口走っていた“マキ”に“エリー”、それとこれは類似性があるか不明ですが数名ほど、似たような“心労”という理由で活動休止になった歌姫がおります。>
「……マキーナ、さっきの奴の住んでいる所の情報をピックアップしておいてくれ。」
最近はだいぶやらなくなっていたが、そろそろ荒事と行くか。
俺はもう一度タバコを吸い込むと、胸の中にある感情と共に煙を吐き出していた。




