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異世界殺し  作者: Tetsuさん
偶像の光
717/832

716:スパイアイ

<勢大、“虫”からの定期報告が上がっています。>


「いよいよ来たか。

早速表示してくれ。」


俺の右目にノイズが入ると、監視カメラのモニターの様な画面が映し出される。

部屋自体もやや小さめであるのだろうが、荷物が雑然とアチコチに積み上がり、足の踏み場もなさそうに見えており、それゆえますます狭い部屋に見える。


<“スパイアイ”という、過去に体験した異世界での技術を大まかに再現しました。

ナノサイズまで小型化した監視ロボットを展開、部屋に充満させる事で対象の行動、空気振動による音声も再現されます。

見たい角度で表示する事が可能ですので、視点移動は右手の親指を、配置移動は左手の親指を動かす事で動きます。>


何だか、ゲームのコントローラーを操作している気分だ。

だが、立体的に追跡が出来ることでより詳しく、見落とす事なく対象が何をしているのか、何を言っているのかが解る。


最初の画像に映し出された対象は、マキーナが怪しいと言っていたあのマスクをしていた小太りの男だった。


男は部屋に入ると乱雑に衣服を脱ぎ、辺りに放り投げる。

パンイチ、いや、完全に全裸になると、床の辺りを調べ、白い……いや、だいぶ汚れてくたびれている手袋を見つけると、それを両腕にはめている。


<勢大、この時点で既に異常者なのではないでしょうか?

やはりこの男で間違いないような気がします。>


「……いや、まぁ、もう少し見てみようや。

もしかしたら、ただ単に家では裸族という可能性も……あるかも知れないし……。」


まぁ、全裸に白手袋のみという既に十分すぎるほど変質者ではあるが、別にその姿で外を出歩いている訳でも無いしな。


そうして我慢して見ていると、映像の中で男は“ニョホホホホ!!”と奇声を上げたと思うとバッグの中から買ってきた色紙を取り出し、そして頭上に掲げている。


そのままベッドに飛び込むと、器用に色紙を傷付けないようにしながらもゴロゴロと回転している。


別に良いのだが、回転するたびに股間のソレがチラチラと見えるのが非常に不快だ。


[やった!やった!!

遂にユイにゃんの直筆サインを手に入れたぞ!!

ずっと応援してきて、何か報われた気分だ!!

よーし決めた!これは家宝だ!!

これから俺の家宝にするぞぉぉぉ!!

ニョホホホホホホ!!]


[タカーシ!五月蝿いわよ!!

ご近所迷惑になるんだから、奇声を上げるのはおやめ!!]


その後すぐに“うっせぇクソババァ!!”と、画面の男、タカーシが叫んだが、すぐにまたユイのサインに頬ずりしようとして止め、ビニール袋の様な何かに入れ始める。




いやお前、実家住まいなんかい。

ってか実家で裸族は色々とマズいから止めとけ。


……いや、そんな事ではない。

その後もタカーシの行動を見続けていたが、ただひたすらにビニール袋に入れた色紙を飾っては手に取り悶え、また飾っては手に取り……という行動を繰り返し続けている。


<……予想とは違いましたが、これはこれで異常者なのでは?>


言うなマキーナ。

俺だって、“次のステージでは警備を増やそうかな”と考えていた所なのだから。


「と、とは言え、言ってみればコイツは“正常な異常者”って所じゃないか?

親への反抗はともかく、今の所外部に迷惑をかけては……多分かけてないと思うし……。」


語尾に若干の自信のなさが出てしまったが、奇声で近所が迷惑に思うくらいで、それ以外に特に被害は無さそうな気がするし、部屋の中もグリグリ回してみればユイのグッズで溢れかえっているだけで、特に危険な武器等を持っている様子も無い。


元の世界の判断が入ってしまっているのかも知れないが、俺の中でのタカーシ君は“ただのオタク”という判断から出ないイメージだ。


「ともかく、次を見てみよう。

他もこういうのだったら、今回で音を上げる自信があるけどな。」


<であれば、次の“虫”は勢大が怪しんだ人物ですね。

彼はただ根暗そうではありますが普通でしたので、こちらのデータこそ大した情報は得られないと思いますが。>


マキーナはそう言いながらも、次のデータを俺の右目に映し出す。


恐らく家の中に入ってすぐにスパイアイは起動したのだろう。

フレーム状の映像で映し出されるソレは、あの根暗そうな青年と思われる人物のシルエットが歩いているシーンから始まる。


<家族はいない、一人暮らしのようですね。>


マキーナの言葉に俺も頷く。

どうやら彼は一人暮らしの手狭なアパートに住んでいるようだ。

どこかの部屋に入り、乱暴に色紙の入っていると思わしき紙包みをテーブルに放ると、ベッドらしき所にドサリと座り込む。

そこでスパイアイも本格的に展開したらしく、フレームだけだった視覚が次々と色をつけだす。


[……またこんな……他……に媚びを売る……をして……。]


何かをブツブツと呟いていたかと思うと、紙包みを放ったテーブルとは別の、机の上にある卓上型の通信端末に魔力を注いで起動し始める。


<不穏な空気ではありますが、至って普通では?>


「……そうなんだが、コイツさっき何か変な事口走ってなかったか?

“媚び売って”とか何とか。

あの部分、もう一度聞くことは出来ないか?」


マキーナが何かを操作したらしく、見えている映像が逆再生され始める。


<彼の発した音声、そちらのみを大きくしてみます。>


ベッドに腰掛ける寸前まで戻ると、また映像が再開される。


[またこんな、他の男に媚びを売るような真似をして。

僕は君の事を恋人と思っているのに……。]


その呟きを聞いて、全身に鳥肌が立つ。

“コイツ、本気(マジ)だ”と、本能的に思ってしまう。

当然、ユイからこんな恋人というか、知り合いがいるなど聞いた事が無い。


<勢大、彼は何を言っているのですか?

ユイから聞いた交友関係の中には、彼のような存在は確認できませんでしたが……?>


「……俺がいた、元の世界にもこういう奴はいたんだよ。

画面越しのアイドルに親近感を覚えて、勝手に知り合いとか友達とか、そういうものになった気になるんだ。

そうして、段々妄想と現実の境界が曖昧になって、最後は恋人になったと錯覚したり“ヤれる”んじゃないかと錯覚したりするんだ。

コイツ、結構危ないラインまで来てる気がするぞ。」


そうして最後はアイドルの住まいに突撃かまして、警察のお縄になるような場合もある。

そう説明すると、流石のマキーナも絶句していた。

この男が何をするのか、いつしか俺達は固唾をのんで見守っていた。

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