714:山積みの問題
“セーダイさん、これ開けて”
“セーダイさん、まだ虫がいたーーー!!”
“セーダイさん……”
あれから、ユイは自宅療養の方が元気が出やすいかもしれない、と言う事で病院からも許可が出て、アパートに戻ってきていた。
どちらかと言えば声が出せなくても色々元気いっぱいでうるさいユイを、病院としても“もうここに置いておく必要ないだろ”と認識していたのかも知れないが。
戻ってきてからというもの、どこに行くにもユイはついてきた。
そして袖をチョイチョイと引っ張ると、本当に些細な事まで、それこそ自分で対応出来そうな事までお願いしてくるようになっていた。
「お前、そんなに元気が余ってるならちょっとは自分でやれよなぁ……。」
“やーだよー!”
“こいつめ”と思いながらも、俺は強く言い出せないでいた。
あの、病室での長い話の中で、いくつか解った事がある。
俺達が発見したあの悪質な贈り物、デビューしてから1年くらい過ぎた頃から、ほぼ毎月贈られ続けていたのだという。
また、犯人にもある程度の目星がついているという。
ユイもデビューしてから、他の歌姫と同じような活動をしており、順調にファンを増やしていたらしい。
ある程度規模が安定し、さぁこれからもっと頑張っていこうという時に、その当時一番熱烈だったファンから結婚指輪の贈り物が贈られてきたらしい。
流石にそれは受け取れないし、あまりにも高額に見えたために丁重にお断りの手紙を添えて返送したそうだ。
それが相手に届いてしばらく経っただろうという時期に、1つの小包みが届く。
中身は今回の物と同じようなモノ。
当時住んでいた建物のオーナーからは、相当怒られたらしい。
また、当時一緒に活動していたプロデューサーも、“厄介なファンを抱えておきながら対処できない面倒者”扱いされて逃げられてしまったらしい。
当初は歌姫組合に連絡し、事情を話して引っ越しをして再起しようとしたらしいが、しばらく経つとまたそれが届く。
それからはその繰り返し。
まるで呪いのアイテムのように、1つの場所に定住して少しすると荷物が届いてしまうのだ。
あまりにもそれが苦痛で、しかもそんな事を繰り返す内にプロデューサーもつかなくなり、結局ユイは歌姫の活動も中途半端になる。
そして最後には、長く1つの所に定住しなくて済む流浪の歌姫として冒険者組合に派遣されていたのだという。
俺と出会うまでに、この少女の身には大きすぎるくらいの大変な道のりを歩いてきていた。
それでも、持ち前の明るさで、人の目が見える所ではいつもニコニコと笑って振る舞っていたというのだという。
本人も口では“大変だったけど、楽しかったよ”と言って、いや書いていたが、それは表層心理だろう。
事実、誰もいない事務所にポツンといる時、たまたま見かけたユイの表情はまるで能面のように感情が消えていた。
真剣に何かを考えているのとも、ボンヤリしているのとも違う。
完全な無の表情。
そんなユイを知ってしまったからだろうか。
俺もあまり無下には出来なくなっていた。
「……とはいえ、お前には少しお仕事としてやってもらわなきゃならな……コラ、逃げるな。」
ぬき足さし足でその場から離れようとするユイの首根っこを捕まえる。
首をつかまれた猫の様に大人しくなったユイを連れ、事務所のソファに座らせる。
「とりあえず、余裕のあるうちにこの色紙にサインを書いてもらおうかな。
しんどくなったら休憩していいが、最低でも100枚は欲しいところだ。」
“その、セーダイさんの言ってた、何とかショップってのに出すんだっけ?”
俺は頷くと、色紙の束とペンをユイの前に置く。
「オフィシャルショップ、な。
そこでユイのグッズを販売して、活動費を作るんだ。
何やるにしても資金は必要だからな。」
実際、まだ失声症が治っていないユイを働かせるのは正解なのかわからない。
本当は、完全に引き剥がして療養に専念させた方が良いのかも知れない。
ただ、今のユイの状態を見ていると、ファンとの交流を断ち切る事が良いのか判断がつかなかった。
ヌコッターでファンと交流をしているユイは本当に楽しそうだった。
また、彼女のファン、ユイにゃんずはあれこれと深く詮索をしてこず、彼女を励ます言葉が多い。
むしろ、彼女のファンでない存在の方が厳しい言葉を投げかけようとしているフシはあるのだが、それはユイの方でも心得ているらしく、俺に返答内容を見せた後で上手い事流している。
そして、例の存在はこの空間には決して書き込んでこないようだ。
ただ、確実に見ているとは思うが。
そうして、今応援しているファンとの距離は良好である以上、“ファンの為に何かしたい”というユイの気持ちは無下には出来ない。
そこで、歌姫組合にも色々手を回し、ユイのグッズを販売する店を用意する事にしたのだ。
これも、専門ショップのような形態はこの世界にはまだ無い。
一部の人気がある歌姫が教会等でグッズを少し販売しているだけだ。
「……今なら、先駆者として得られる利益は大きいだろうしな。」
<それに何より、例の存在を釣り上げる事も出来るかもしれませんからね。>
そうだ。
これが仮に元の世界だったなら、そういう奴をどうにかするのは至難の業だろう。
だがここは異世界だ。
よく解らん魔法が存在する。
更には、わざわざ例の悪質ファンは毎回体液を送りつけてきやがるのだ。
マキーナにより、その生体データはバッチリ解析済みだ。
<こんなもの、解析したくはなかったですがね。>
まぁそう言うなよ、現状ではお前しかこう言う事は頼めねぇからな。
俺の呟きに、マキーナはしぶしぶ大人しくなる。
ふと目をやると、ユイは真剣にサイン書きに没頭している。
その目は無ではない。
情熱を持って何かに向き合う、真摯なアイドルの顔だった。
(……この娘がもう一度表舞台で笑える様に、手を貸してやらなけりゃだな。)
<……難易度は高いですがね。>
前の魔物退治の失敗。
アレも俺達の行く先に影を落としていた。
あの時の動画、スタンド公爵側の動画が出回ってしまっていたのだ。
苦戦する俺達と、そこに颯爽と現れて魔物を狩る公爵の姿。
“やはり貴族でなければ魔物は倒せない”
“魔物が出ても貴族が何とかしてくれる”
そんな世間の風潮が、より強固になってしまっていた。
「……問題は、1つずつ解決していくしか無いだろうさ。」
俺はため息をつきながら、没頭しているユイの隣に、新しい色紙の束を置くのだった。




