712:行き過ぎた熱心
「……贈り物、ですか?」
事務所に着いてオルウェンか困った顔をしていたので話しかけたら、そんな話を聞かされた。
ユイ宛の贈り物が届いているのだが、本人がいなくてどうしたら良いのか解らないで困っている、らしい。
「いや、そう言うのは保管しておいて本人が戻ってきたら引き渡せば良いんじゃないですか?」
「本来はそうなんですけどね、ただ……。」
オルウェンが荷物の方に目をやる。
俺も釣られて見てみれば、荷物の1つから液漏れしているのか、箱が濡れている。
「あの箱、何だか変な臭いがしていて、どうしようか困ってまして。」
贈るのを禁止している生モノでも贈ってきたファンがいるのだろうか?
<警告します。その箱は屋内で開封しない方が良いかと。>
変な臭いはするが、仕方無しに開けようと箱に手を伸ばした瞬間、マキーナが強い警告を発する。
(なんだ?中身は何が入ってる?)
<視界に表示します。>
右目にマキーナの情報が表示された瞬間、俺は“うわっ”と思わず声を上げてしまった。
熱源探知、それと透過探知の結果として、内部には液体と大量の昆虫が入っている事が表示されていた。
<この液体は男性の、いわゆる体液ですね。
よくこれだけの量を詰め込んだと言うべきでしょうか。>
その解説、今いらなかったなぁ……。
その箱の中には大量の昆虫と、何かの紙と、そして四角い容器に入った液体。
その容器の一部が配送か積み上げた時のどちらかで破損し、漏れ出ているようだった。
確かにちょっとすえたイカみたいな臭いがしているはずだ。
内部の昆虫も、一部は動かなくなっているがそれでもまだ大量に蠢いている。
「あの、セーダイさん?どうしたんですか?」
驚きの声を上げて硬直した俺を心配して、オルウェンが後ろから声をかけてくれる。
「あ、いや、何でもないんですが、ちょっとこの箱、中身が漏れてるんでね、裏庭でちょっと開けてきて、変なものだったら処分してきますわ。」
手袋をして近くにあった袋にその箱を詰めると、俺はさっさと事務所から出る。
こんなモノ、あの場では開けられないし、オルウェンにも見せられない。
<勢大、裏庭に行きましたら、“部分解除モード”で左腕だけ変身してください。>
マキーナに言われるまま、俺は裏庭に行くと袋から箱を取り出し、開封する前に金属板を懐から取り出す。
「よし、マキーナ、部分解除モードだ。」
一瞬だけ左腕が光に包まれたかと思うと、肘から下にいつもの手甲が出現する。
<その左腕で箱に触れてください。>
言われた通りに手を開き箱に触れると、モーターの様な低く唸る音が聞こえる。
<箱の内部に電流を流しました。
内部の生体反応は全て消失しています。>
お前そんな機能まで……と思ったが、今は助かる。
部分解除を終了し、改めて手袋をつけると箱を開けていく。
「……害虫ばっかり、しかも毒虫が多いな。
このムカデみたいな昆虫、この世界にもいるんだな。」
毒々しい色をした無数の昆虫が詰まっている。
これを開けた瞬間箱を落としでもしたら、かなりの大惨事になるだろう。
「……そういえば、少し前にユイの部屋で昆虫騒ぎみたいな事が無かったか?」
<先日勢大が防虫剤をまいて対処しましたね。>
アレも、つまりはコレだったのか。
大量の虫の死骸を避けながら、容器の上に乗っていた便箋を持ち上げる。
-どう?驚いたかな?
この間のステージでも僕の事を無視したよね?
だから君に罰を与えます。
でも僕はちゃんと君の事を考えているから、愛の証も一緒に入れておきます。
いつか君にこれを全部注いであげるから、今からしっかり慣れておいてね。
君の事を解ってあげられるのは僕だけなんだから、未来の旦那様へのご奉仕だからね。
その日が待ち遠しいよ。
愛してる愛してる愛してる愛してる……-
「……気持ち悪いな、なんだこりゃ?」
俺はその紙の束を、箱の中に放り投げて戻す。
最初の紙に書いてある事も支離滅裂だし、後の紙には“愛してる”の単語だけで埋め尽くされていた。
<恐らくは、“熱烈なファン”というヤツかと。>
マキーナの言葉を聞きながら、俺は遠い目をする。
“目に留まる人数が増えれば、変な奴も増える”
そうユイに言っていたのは俺だ。
ただ、ここまでとは思わなかった。
「人に好かれるって事は、こういう危険も孕んでやがる、って事か。」
<これは氷山の一角、という奴かもしれませんね。
実際は、もっと存在しているのかも知れません。>
今まで、ユイからこんな話を聞いたことはなかった。
あの子は、一人でこんな事を抱えていたのか、と、暗い気持ちになる。
「今後の活動方針を考え直そう。
まずは、歌姫に贈られた荷物は必ず事務所で確認する事を公表する所から、かもしれんな。」
それだけでは当然終わらないが、まずはそこからだろう。
<その他にも、ユイのファン達、ユイにゃんずでしたか、そちらの人々との交流を中心にして行った方が良いでしょうね。
広告も一旦止めるべきでしょう。
今後のユイの行動としては、認知の段階は一旦置いておいて、応援したいと思わせるような行動や、イベントに参加したいと思わせるような、“ファンの囲い込み”に重点を置いた行動をするべきかと。>
そうだろうな、とため息をつく。
本来であれば認知や関心のフェイズを止めることなく、ファンとの交流を重視して囲い込みを行うべきだろう。
ただ、現状のユイの体調を考えると、今認知や関心の間口を開けっ放しにしていてもプラスにはなりにくい。
ならば、一旦そちらは疎かにしてでも囲い込みの方を重視するべきだろう。
「……しかし何だな、俺は転生者から権限を譲り受けたいだけで、それの手段としてこの世界での歌姫の立場の向上のため、魔物と戦う姿を大勢に見せれば良いだけのはずなのにな。
その、“大勢に見せる”部分のために、何でこんなに一生懸命プロデュースを考えているんだろうな。」
<仕方ありませんよ、それが一番の近道ではあるはずですし、何よりユイの望む世界でもありますでしょうし。>
手袋を外すと、タバコを取り出し火を付ける。
確定ではないが、ユイが転生者だろうと当たりをつけている。
だから、ユイを利用するためだけに近付いているだけだ。
たまたま俺の目的と合致しているから、手を貸しているだけだ。
「……割り切れるなら、どれだけ楽だろうなぁ。」
<そう言いながらも、割り切らないのが勢大だと理解していますよ。>
ため息と共に、含んだ煙を空に吐き出す。
ゆらゆらと宙に漂う煙は、ゆっくりと見えなくなっていった。




