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異世界殺し  作者: Tetsuさん
偶像の光
712/831

711:推測

「……うーん、どういう事なんだろうなぁ。」


病院からの帰り道、俺は独り言のようにマキーナに呟く。

ユイがあの時書いていた、話していた内容を思い出す。

ユイ自身が言うには、ここ最近の忙しさで疲労していた、というのが言い分だ。

それと、思った程イベント会場で人が増えていない、いや、一時期は人が増えていたのだが、それも少しずつ落ちていっているのが解ってしまい、それも疲れを加速させる原因だったらしい。


<それに、これまでの状況や言動から、ユイが完全に全てを話したとは私は思えません。

トリガーは“疲労”かも知れませんが、そこに至るまでにも何か思う所はあった、と見るべきです。>


“そんなエスパーじゃねぇんだから、考えてる事までは解らねぇよ”と思わずボヤくが、そうだろうという予感も感じていた。

これまでの言動でも、先程の筆談でも、ユイは忙しさ自体は否定していない。

むしろ好意的に受け止めている印象があった。

だからこそ、最後に結論として“疲れたからこうなったと思う”というユイの言葉には疑問符がついたのだ。


「……とはいえ、“疲労”ってのは無言の肉体からの抗議だからなぁ。」


<状況を整理しましょう。

先に結果として、ユイは恐らくストレスが原因として声を出す事が出来なくなった。

そのストレスの要因は、本人は“疲れ”と発言しています。

ここまでは良いですよね?>


マキーナの言葉に、俺は頷く。


<私もつい、人間を勢大と同基準で考えておりましたのでそれは反省点ではありますが、肉体の限界を超えた労働で疲弊し、いわゆる“疲れ”という状態にあった、と勢大は認識しておりますが、“精神的な疲れ”というモノが影響していると医師は発言しております。

その原因はユイが濁していましたので判明しませんでしたが、類推する事は出来るのではないでしょうか?>


“どうやって?”と俺は思わず口に出してから、何となくマキーナの言いたい事を察する。

ユイが無意識に避けていた話題。

“活動自体の影響”

そういえば、それを話している時のユイの歯切れは何となく悪かった。


<勢大が想像した通り、忙しさで見失っておりましたが“イベントやステージを行った後の反響”はどうだったのでしょうか?>


「いや、それはオルウェンからも“大成功だった”とは聞いているが……。」


“自分自身で、それを確認しましたか?”とマキーナから問われた時に、俺は返答に詰まる。


見ていない。


次の一手、その次の一手、と先を考える事で頭がいっぱいだった。

いや、それは言い訳だろう。

どこか過信もあった。

“客など、消費型なのだからいちいち拘ってなどいられない”

そういう思いがあった事も確かだ。


「……しかし、どう調べれば?」


<それこそ、この世界にはソーシャルネットワーク型の魔道具があるではありませんか。

ヌコチューブのコメント、或いはヌコッター等で調べる事は可能では?

もしくはファンレターも幾つかは届いていたはずです。

それらに、何かあるかも知れませんね。>


マキーナに言われ、俺は事務所へと急ぐ。

向かう道中、すぐ見る事ができるその2つにも当然目を通しながら。


“最近マジでコメ返とか、くれなくなったよね”

“前まではレスくれてたのに”

“人気出て遠くに行っちまったな”

“ってか最近マジでコイツの広告ウザい”

“前までのユイにゃんキボンヌ”

“チェンジで”

“人気出て調子乗ってるんじゃね?”


そこに広がるのは大多数の称賛コメント。

しかし、確実にそうでないコメントは目に入る。

昔何かの雑誌で見た事がある。

“100の暖かい応援コメントがあったとしても、1つの否定的なコメントがあればそれが目に入り、心を蝕む”

ユイはファンを大事にしていた。

どちらかといえば、大事にしすぎている方とも言える。

間口が広がるという方は、様々な考えの人間がそれを目にすると言うことだ。

人間も数が集まると、大体1〜2割の人間は否定する動きを見せる。

万人に好かれるモノなど有りはしない。

ならば、ユイはこの2割に心をやられてしまっているのか?


<それだけではないかも知れません。

もしかしたら、我々は途中で戦略を切り替えるべきではなかったのかとも思われます。>


「……どう言う事だ?

認知する人間が出れば、こういう傾向を持つ奴は増えるのは仕方ないだろう。

だとしても、多くの人間の目に触れさせなければ、人々の関心を引く事は出来ないぞ?」


少し、ムキになっているのも自覚している。

ただそれでも、多分それは俺のちっぽけなプライドのせいだとは理解しているが、でもマキーナの言葉に“そうだな”と簡単に同意する事は出来なかった。


<勢大の方針に異論を唱えなかったので、それは勢大のせいだけ、という訳ではありません。

しかし、我々は“興味関心”を持たせる事にやっきになりすぎていて、その次の“欲する”という所まで醸成できていなかったのではないでしょうか?>


「AIDMAの法則かよ。

そんなもん、お前に言われなくても元の世界で散々……。」


言葉が尻窄(しりすぼ)みになってしまう。

人間の行動心理。

認知し、関心を持ち、欲しくなり、動機付けが起き、そして買う。

そういうモノだと元の世界の会社で教え込まれていた。

この発想があったからこそ、俺も興味関心の間口を広げる事に注力した。

ただ、これは物に当てはまる事だと思っていたが、よく考えればこういうアイドル活動にも当てはまる。

欲するとはつまり、“歌姫を追いたい”という欲望であり、動機付けとはつまり“ファンとして自分事化”する事であり、買うとは“時間や金を使ってイベントやステージに向かう”事だと考えたら、それは成立する。

そう考えると、俺は認知や関心ばかりに力を入れていて、その後の“歌姫を追いたくなる”ような活動を、またはそれ以降の活動を(おろそ)かにしていたのか……。


「……それは、イベントやステージをやっても人が減っていくはずだな。」


コメントにもあったではないか、“前までは相手をしてくれていた”と。

ファンを大切にしているユイから大切にする時間を取り上げ、“知られる事”のみを強要していたのか。


<恐らくですが、結果としては少し過剰な状態にはなりましたが、それはユイもある程度は覚悟していたと思われます。

現に、ユイからの返信を喜んでいるファンのコメントもあります。

だからきっと、これも要因の1つであって、全てではないかも知れません。>


俺はため息をつくと、ようやくたどり着いた事務所を見上げる。

慣れ親しみ、希望を持って活動していたはずのその場所が、何故だか今の俺には薄ら寒い闇を纏った亡者の城に見えていた。

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