710:辿ってきた道
目が回るような忙しさ、と言うのはこう言うことを言うのだろうか?と、日々の歌姫活動を続けている最中、ふとした余裕ができた時にユイはそんな事を考えていた。
あの、セーダイ・タゾノという冒険者を見つけた時には、こんなに嬉しい事になるとは思いもしなかった。
今まで4年間、歌姫としてやってきて鳴かず飛ばずだった。
“もっと歌が上手ければ”
“もっと人を惹きつけられる様なトーク術があれば”
“もっと美人だったら”
“もっと魅力的な肉体をしていたら”
“もっと、……自分に才能があったら”
ずっとその、苦しい気持ちを抱えていた。
自分一人ではどうにもならない現実。
歌姫として、魔物を楽に退治させてあげられるほどの能力があれば、少しは今置かれている状況も違うのだろうか。
“冒険者の支援としては不安定”
それが、歌姫組合が自分に下している判断。
不服だった。
“私はもっと実力があるはずだ”
“人が聞けば、その歌声に酔いしれ、称賛するに決まっている”
そういう、どこか世の中を舐めた気持ちもあったのだろう。
歌姫選別、で“適性あり”と言われてから、私の立場が変わった。
ニウ家は辺境にはあるが、それなりの土地を国から任されている程の貴族だ。
一応、地元では善良な統治をする名士と言われている。
そうして始めは“神童”やら“いずれは聖女の跡目を継げる”等と言われて、チヤホヤされていた。
しかしその後4年間、色々な所で打ち据えられ続けて、流石に自分自身の身の丈を知った。
家の人達も、最近ではその話題を口にせず、“そろそろ戻って来て見合いを”と言い出しているほどだ。
そうして、夢を諦めかけ惰性のまま日々を過ごしている時に舞い込んできた依頼。
小さな小さな、魔物退治の依頼。
世間では、魔物は大した敵ではないと言われていた。
貴族が、道楽ついでに自分の強さや格好良さを誇示するために狩る獲物、だと。
だからなのか、この依頼を受ける冒険者の人達は、粗野で粗暴な人が多い。
歌姫の加護をかけなければ魔物には勝てないし、何なら歌姫の加護を私自身にかければ、相手にならない人の方が多い。
とはいえ、私が横柄な態度をとってしまうと各地にいる歌姫に迷惑がかかるし、私にも少しだが応援者がいる。
そういうシーンをヌコチューブにでも上げられてしまえば、本当の意味で歌姫人生は終わってしまうだろう。
だから私は、表面だけでも体裁を取り繕い、清楚を装わなければ。
「……で、アンタがその、歌姫って奴なのか?」
また怖そうな人だなぁ、というのが第一印象だろうか。
しかも、普通の冒険者より年齢がいっているように見えるが、組合からは“新人冒険者”と言われていた。
このオジサンはオジサンで、何か理由があるのだろう。
職を失ったのか、各地を転々とする風来坊の類なのか。
「は、はい!きょ、本日はよろしくお願いいたします!!」
ともあれ、精一杯の営業スマイルと敬語で返事をする。
この手の人は歳をとっているからか、若手に厳しい。
自分の方が年齢が上というだけで、こちらを舐めてくる冒険者もいるほどだ。
「あぁ、そんな緊張しなくても大丈夫だから。
何、まだ魔物と決まったわけでもなし、おじさんそれなりに強いからさ、泥舟に乗った気でいてくれよ。」
出た出た、おじさんジョーク。
あんまりユーモアのセンスないなぁ、と思いながらも、愛想笑いを返しておく。
その後の移動中の馬車の中でも、私が今回の仕事に緊張していると思ったのか、アレコレと自分が見聞きしてきた話を語ってくれる。
意外にその話は面白く、私の中では“気の良いおじさん”位には評価が上がっていた。
そして、その話題の豊富さから、“ベテランだけどこの街には来たばかりだから新人なのだろう”と勝手に思っていた。
でも、村について村長と交渉している時はその表情は一変する。
厳しく、そして細かく追及し、交渉を有利に進めていく。
あまりに可哀想になって、途中でポロリと口を挟んでしまったが、それに対してもちゃんと自分の考えを答えてくれる。
それは、言い方は悪いが冒険者にしては先々を見据えた、的確なモノだと私には感じられた。
そして魔物との初めての戦い。
あそこまで魔物が怖いとは思っていなかった。
そこでの命をかけた戦いを見て、“私のペア、プロデューサーになってもらうなら、こういう人の方が良いな”と思っていた。
どうしていいか解らなかったけど、オジサンは“天啓持ち”だった。
オジサンに付いている天使様の声が私にも聞こえたのも、また運が良かったと言える。
その天使様、“まきーな”さんから色々と教えてもらい、オジサンがプロデューサーになるように申請しまくった。
結果、色々あったがオジサンがプロデューサーになってくれたし、“やるからには、俺なりに考えてプロデュースしてみる”と、やる気を出してくれた事も嬉しかった。
そこから、“再デビュー計画”を考えてくれて、一気に人の目に触れる事になる。
最初は良かった。
“やっぱりこんなに人気者になれるじゃん”と、自分を褒めたくらいだ。
でも、段々と空気は変わる。
最初はヌコッターの書き込み。
それまで応援してくれていた人達、私の古参ファンの人達が、口々に“最近相手してくれない”とか“昔のままの私が良かった”と呟いているのが見えた。
それだけじゃない。
新しい人が大量に増えたからというのもあるのか、私の話題が増えた。
“歌が下手で聞いてられない”
“話が下手”
“コイツの広告ばかり出て来て正直ウザい”
“何か凄い実績あるのコイツ?”
“つまらない”
次から次へと流れる罵倒。
皆は“これで良い”とか“一定数からはどうやっても嫌われるから仕方がない”とか、“悪く言われるのも有名になってきた証拠”と言う。
でも、その言葉を受け止めるのは私だよ?
いつしか、私は夜に眠れなくなっていた。
疲れて疲れて、どうしようも無くなった時に意識が飛んで、それでやっと眠れる。
眠っても、声が聞こえる。
私を罵倒する、無数の人達の声だ。
最初は大勢の知らない人。
次にこれまでコンサートに来てくれていたユイにゃんずの皆。
最後に、プロデューサーや事務所の皆。
“お前はもう使えないな”
そう宣告されて、汗だくになりながら飛び起きる。
最近、上手く声が出せていない気がする。
疲労が、恐怖が、私を蝕み続けていた。
ちょっと問題が起きておりまして、本来なら次の投稿は17日の2-4時を予定していたのですが、1回スキップさせて頂き、次回投稿を19日(木)の2-4時の間にさせて頂きます。
よろしくお願いします。




