708:不調と助っ人
荷物の中から数本の剣を取り出す。
剣の鞘についている吊り下げ用ベルトを束ねて持ち、少しずつカマキリ型の魔物に近づく。
<勢大、片手が塞がったままでは不利かと思われますが、どうする予定ですか?>
俺は少し笑うと、鞘から次々と剣を抜き取り、それを様々な場所に放り投げて地面に突き刺す。
「本当はこういうの、結界とか出してそこに大量の剣が刺さってるとか出来れば格好良いんだろうがな。
まぁ残念ながら俺はそんな事は出来ないし、でもやっぱり物理的な攻撃しか出来ないからな、こういう武器を消耗品として、予め準備しておかないとな。」
<勢大の記憶にあった、ゲームの主人公の真似ですか?
それにしては本数が少なすぎるようですが。>
“そりゃ、予算がないから仕方ねぇだろ”とため息をつくと、最後に残った剣を手にしてゆっくりと構え、魔物に更に近付く。
「それよりもマキーナ、動画の撮影は問題ないだろうな?」
<もちろんです。
先日取り込んだ、魔導映写機の調子も問題ありません。
タイミングに合わせていつでも撮影開始できますので、合図をお願いします。>
続いてユイの方を見る。
少し青ざめた顔をしていたが、俺と目が合うと声を出さないように静かに頷く。
「よし、撮影を開始しろ。
……これよりあの魔物の退治を行う!でやぁぁぁ!!」
一気に駆け出し、巨大カマキリの頭部めがけて剣を振り下ろす。
複眼に当たった剣は、しかし甲高い金属音とともにバラバラに砕ける。
「くっ!やっぱり普通の戦い方じゃ攻撃が全く通らない!!
ユイ!“歌の加護”を頼む!!」
ワザと説明を入れながら、のそりと起き上がり戦闘態勢をとる巨大カマキリを見上げる。
こうして見上げるとその巨大さが更に実感できて、分かっていても少しだけ冷や汗が出る。
<他の世界での大カマキリに類似した個体だとは思いますが、攻撃の起点である“歌姫の加護”が無いとマトモに戦えないのは不便ですね。>
“まぁな”と心の中でマキーナに返事をする。
実際に類似した魔物、他世界では魔獣に分類されるが、これとはどこかの異世界で戦った事もある。
駆け出し冒険者でも4人か6人くらいのパーティ、下級なら2〜3人、中級なら1人でも倒せる相手だ。
飛ばれると厄介だが、その全体的な動きは遅い。
唯一、鎌状の両腕だけは素早く動くので、ヘイトコントロールをして攻撃の受け手がいれば難なく倒せる。
しかし、この世界では“魔物”というだけで異常なイニシアチブがある。
まず攻撃が通らない。
そして相手の鎌による一撃は、ほぼ“当たると即死”クラスの勢いがある。
現に攻撃をいなそうと鎌に触れた剣が、耐えきれずに今折れたほどだ。
「あっぶね!?
ユイ!どうした!?
加護を早く!!」
巨大カマキリの攻撃の合間にユイを見ると、苦しそうに喉元を押さえながら、まるで陸に上がった魚のように必死に口を動かそうとしている。
(何だ!?このカマキリの攻撃か何かか!?)
別世界だが蝶のような魔獣で、動き回ることで鱗粉が周囲に撒き散らされ、毒と同じような状態異常を引き起こす個体がいる。
初めはこの巨大カマキリの魔物から、そういうモノが知らずに巻き散らかされているのかと思った。
しかし、そんな攻撃がある事は今まで無かったし、ユイの様子を見ても、どうもそうでは無い気がする。
何と言うか、“必死に声を出そうとしているが出来ていない”と言うような感じだ。
<周辺状況に異常なし。
恐らく、ユイ本人にのみ起きている何らかの異常事態のようです。>
マキーナの診断でも、この巨大カマキリが原因というわけでは無いらしい。
毒や鱗粉による状態異常でないのは安心するが、この危機的状況が改善される訳ではない。
「これは、やべぇぞ!?」
叫びながらも、また剣が一本折れる。
逃げ回り、地面に刺さった剣を回収しながら凌いではいるが、それだって長くは保たない。
(一旦ここから離脱……いや、無理か!!)
巨大カマキリは攻撃された場合、その対象に異常な執着を見せる。
ましてやコイツは既に旅人を襲い、人の味を覚えている。
どんなに頑張って逃げても、それこそ飛んででも俺達を追いかけるだろう。
そして下手に依頼のあった村にでもついてこようものなら、阿鼻叫喚の地獄絵図が待っている。
それに、俺一人ならそれも可能だが、今のユイを連れて完全に逃げ切る事も不可能だ。
マズイ、マズイと焦りながら折れた剣を投げ捨て、新しい剣を手に取る。
<通常モードに変身すれば、エネルギーの大半を消費しますが撃退する事は可能です。>
“倒せる”とは言わない所に、この状況のマズさが理解出来る。
「……仕方ねぇな、マキーナ、通常モー……。」
「ハッハッハッハッハ!!
よくぞ耐えた!だが、やはり一般人には厳しい戦いであったな!!」
もうやるしかない、と覚悟を決めたその時、そんな言葉と共に森の中から駆け出してくる一人の男の姿があった。
「……スタンド公爵!?
何故ここに……?」
「魔物め、この裁きの一撃を喰らうが良い!!
ミリー!!」
スタンド公爵が現れた森の中から、ミリーの姿も見えた。
そしてミリーが歌い、スタンド公爵が光をまとった剣を振り下ろすと、巨大カマキリの頭と鎌がボトリと落ちる。
胴体の方は何が起きたか理解できないようで、数歩歩くと透明な羽を広げ、飛ぼうと数回羽ばたき、そしてバランスを失って大きな音を立てて地面に倒れていた。
「ハッハッハ、無事かね?冒険者君。」
「……おかげさまで。
あの、しかしどうしてここに?」
スタンド公爵は剣を一振りし、鞘に収めると現れた時と同じような爽やかな笑顔で俺に歩み寄る。
(マキーナ、ユイの不調はコイツ等の攻撃の可能性は?)
<ありません。私の力を大きく上回る能力等であれば解りませんが、それであっても何かしらの検知は出来るはずです。>
つまり、不正能力の類でもなく、本当に加勢しに来ただけなのか?
「私の事はいい、君達が魔物と戦うと聞いて、念の為にと様子を見に来ただけだ。
……それより君の方の歌姫が何やら不調そうだが、大丈夫かね?」
ユイの方を見ると、魔物が倒れてもやはり苦しそうなままだ。
俺は慌ててユイに駆け寄ると、ユイは苦しそうな、泣きそうな表情で俺にすがりついてきた。
「……セー……、こ、え、……出な……。」
その言葉を聞き、俺はユイを抱きかかえスタンド公爵に“礼はまた改めて後に!”と叫ぶと、すぐに待たせている魔導馬車へ走る。
“ユイに何か異変が起きている”
それだけしか解らない。
ただ、ならばこそ今ここでウダウダしている訳にはいかない。
両手で抱えているユイは、まるで実体が無いかのように軽かった。




