707:魔物退治
魔物討伐の依頼が舞い込んで来た。
ここで華麗にではなく、ある程度は危険性を見せた上で戦い、その上で勝つ事が望ましい。
「……まずは俺単体で戦って、今まで公になっていない通常の攻撃では歯が立たない事を知らしめるだろ。
そしてユイが歌う事によって、俺に対抗できる力の付与、その後で魔物を倒して、“やっぱり歌姫の力じゃないと対抗できない、こんな魔物がまた増大してるらしいが、今後どうなるんだ?”的な事を俺が言って締めれば、世間も危機感を覚えるだろうさ。
それがすぐに効果を発揮しなかったとしても、議論の的にはなるだろうからな。」
<確かに、それほど簡単に世の中の意見は変わらないでしょうね。
“それなら、今まで余裕そうに倒していた貴族達は何なのだ?”という疑問は、当然起きるでしょうから。>
“それなんだよなぁ”と、俺は呟く。
どうしてそういう風潮が生まれたのかがイマイチ理解できない。
魔物の発生は人類圏にとって最大の悩みの筈だ。
何せマトモな武器が通用せず、歌姫の加護のみが現状を打破できる唯一の方法なのだ。
もっと大事にされ、本腰を入れて育成に当たってもいいのではないか?
そういう気持ちが俺の中にある。
ただ現状は歌姫というのは一握りのエリートであり、“普通の人とは違う特別な存在”という立ち位置だ。
それ故、かなり高いランクにいる歌姫しか生き残れてはいないし、また人々もそれを当然として認識している。
<まるで“一般化・陳腐化してほしくない”という、何者かの意思の介在を疑いたくなりますね。
過去に“魔物の王”が倒されているとは言え、魔物の被害自体は依然として存在しています。
魔物の王がいるとそれぞれの魔物の統率が取れ、軍集団のように集中運用して来る事から危険性がより増すというのも理解が出来ますが、魔物単体での脅威は去っていません。>
マキーナの言葉を聞きながら、ぼんやりと考える。
この状況で一番徳をするをするのは誰か。
魔物の王が得をする、というのはちょっと考えが飛躍しすぎか。
歌姫ギルド長であるソフィア氏か?
確かに特別視され、神聖視されれば手厚く保護されるだろう。
いやしかし、それなら逆にもっと魔物の危険性を大々的に公表し、支部や歌姫を増やせば国からの補助は大きくなるだろう。
その神秘性は薄まるだろうが、権益はもっと広がり色々とやりやすくなるはずだ。
では順当に考えれば貴族がそのステイタスを主張している、というような場合だが。
これも、正直なところイマイチ腑に落ちていない。
強い、或いは有力な歌姫を囲いアイドルとして運用するのは確かに儲かるし、それだけ他の貴族や国からの敬意を集める。
独占したくなる理由も頷ける。
だが。
結局のところ、魔物と戦う必要があるのだ。
高貴なる者の義務と言えば聞こえは良いが、それは強力な歌姫を囲う有力貴族の、言ってみれば“余裕のある言葉”だ。
実際はあの、トキワ伯爵だったか。
あの伯爵が連れていたティキーのように、能力が低くてアイドルとしても魔物との戦いとしてもギリギリの水準の歌姫を囲う貴族ばかりだ。
実際の戦いは、常に命がけになる。
そういう貴族ばかりなのに、得られる権益があまりに低いように感じられる。
<勢大、合理的視点で見ればそうなのですが、貴方の元いた世界における“騎士”や“武士”のように、名誉を重んじる場合は状況が違うかもしれませんよ?>
それもあるか、と空を見上げる。
俺が生きていた時間軸では考えられない価値観。
命よりも名誉を重んじる、というのは、あまり受け入れられない事だが、それでもその考えは理解できる。
「……とはいえ、それが全てとは思えないんだよなぁ。」
<勢大、そろそろユイがイベントを終えて戻って来る時間です。>
そうだ、と俺はタバコを揉み消して自室を出る準備をする。
今日は午前にイベントで、午後から例の魔物退治が入っているのだ。
もはやユイは時間単位、いやヘタをしたら分単位でスケジュールをこなす売れっ子になっていた。
今までになかったタイプの歌姫。
高貴で触れ得ざる存在だった歌姫から、等身大で気さく、ちょっとドジで歌もあまり上手くないが愛嬌があるユイの姿に、これまでにないタイプの歌姫として人々は興味を向けて行っていた。
<……しかし、最近のユイの状況があまり芳しくないようにも思えるのですが?
ヌコチューブやヌコッターでは変わらない人気ではありますが、今日の様なリアルイベントにはあまり集客が集まっていない、と、オルウェンも言っていました。
また、ユイ自身にも何か……。>
「それだってこれからだろ?きっと。
注目さえされれば、そこから人が集まってくるだろうよ。
ユイだって、ちょっと忙しくなったからな。
今までに無い環境で疲労も多少はあるだろうさ。
どこかで休みを与えてやりたいが、今休ませるのは興行収入上、得策とは言えないだろうさ。」
マキーナはまだ何かを言いかけていたが、ちょうどその時ユイが魔導馬車で戻ってきた。
その表情には疲労感があったが、スケジュールは把握しているようで何も言わずに席を詰めて俺の座る場所を空ける。
「おぅ、おつかれさん。
いよいよ魔物退治だからな、気合入れていくぞ?
大丈夫か?無理なら少し休んでも良いが?」
「……大丈夫だよ、まだ行ける。
これ、終わったらさ、ちょっとセーダイさんに相談したい事があってさ……。」
酷く重たげな口調だ。
これは相当に疲れているなとは思ったが、この仕事だけは何とか終わらせる必要がある。
俺はユイと大まかな流れを打ち合わせた後、馬車の中で寝るように指示して武器の手入れを始める。
ユイはその言葉を待っていたかのように、すぐに眠りに落ちていった。
<勢大、ユイの様子が変です。>
馬車に揺られながら、剣の手入れをしているとマキーナが急に警告を出す。
言われてユイを見てみれば、悪い夢でも見ているのか目を閉じたまま、言葉にならないうめき声を上げてうなされている。
「お、おいユイ、大丈夫か?」
慌ててゆすり起こすと、ユイは焦点の合わない目を開けながらぼんやりと俺を見る。
「……あ、セーダイさんか。
あれ?もう着いたの?」
マキーナがユイをスキャンすると、若干の疲労はあるが身体的な不調は特になし、という診断だった。
俺はユイに酷いうなされ方をしていたため起こした旨を話すと、弱々しく笑う。
「……とりあえず、これが終わったら話聞いてくれる?」
ユイの言葉に不安なものを感じていたが、本人が行くという意思を見せているならやるしかない。
そう思いながら、俺とユイは魔物の発見場所までたどり着く。
そこにはダンプカー並みに巨大な、カマキリによく似た魔物がじっと身を潜めていた。




