705:議論と熱意
「……確かに広告は有効な手段です。
しかし今動画で人気を博しているのは、実力派歌姫のハイライトシーンばかりではないですか。
それらと並び立つには、言っては何ですがユイさんでは少々、その……。」
言わんとしている事は解る。
ユイの実力が足りないのは、投稿した動画の再生数でも簡単に比較出来る。
例の動画投稿が出来るヌコチューブでも、ミリーの動画は数十万再生が当たり前の中でユイの動画は数千、一番良くて数万再生が限界だった。
「そこを逆手に取ろうと思うんですよ。
鳴かず飛ばずだった歌姫の、再起をかけた成功物語に仕立てるんです。
こういうのを見る層は、大体が“非日常”を求めてるもんです。
それが今の主流は“圧倒的な歌唱力を持つ歌姫”という状況ですが、それだけが“非日常”の全てじゃない。
等身大の女の子、自分の身近にいるような子が、成功へと上り詰めていくという物語だって、十分一般的には“非日常”を感じられる物語でしょう。」
「でもそれだって、“歌姫に実力がある事”が前提条件でしょう?
セーダイ氏の描くストーリーは理解できます。
感動的で、我々平民にも夢を見させる存在として、その物語を追いかけたくなる人々も出てくるでしょう。
でも物語の結末には、“ちゃんと大きな舞台で成功する”という筋書きでないと納得しないのではないのですか?」
張り詰めた空気が流れる。
オルウェンの言葉を聞きながら、俺は言うのをためらっていた。
正直なところ、“その結末は訪れなくても構わない”と思っているからだ。
もちろん、異邦人だから途中で抜けるから、という意味ではない。
何も物語は、ベストエンドまで進まなくてもいいのだ。
肝心なのは、駆け抜けている当人、追っているファンが“納得出来るか否か”だ。
最後の成功は掴めなくても、“頑張ったね”と皆が拍手喝采するという落とし所があればいい。
ただ、それをこの場で言うのは憚られた。
何せ、俺達の横には、泣きそうになるのを堪えているユイがいるからだ。
「……あ、あの、アタシも、もっと歌のレッスンとか、頑張るから……ッス。」
か細くその言葉を呟くユイを見て、オルウェンも気まずい顔をしている。
白熱しすぎて、ついつい言い過ぎた事を反省しているようだった。
「ご、こめんなさいね、その、そういうつもりじゃ無かったのだけれど……。」
「いや、現時点ではそのままでも良いと俺は思ってる。
今、歌うのが下手だから何だってんだ。
むしろそちらの方が、見る人間の親近感を喚起できる。
始めから完璧な人間はいない。
今、手札に無い事を悔やむのも恥じる事も無い。
肝心なのは、未来にどんな手札が作り出せるかという事と、その準備をしているか、と言う事だ。」
やれやれ、我ながら言い慣れない事をやっているな。
若者を励ますなんざ、俺のキャラじゃねぇってのによ。
<ユイ、勢大が人を励ますのは非常に珍しい事です。
ですが、私も勢大と同じ考えであるとお伝えしておきます。
過去は変えられない、今出来る事も急に増えたりはしません。
ですが、未来は今の積み重ねです。
積み重ねた先に集まった手札は、今のそれとは比べ物にならないほど強力な物になっている事もあります。
他ならぬ勢大が、そうして今までの苦難を乗り越えて来たのですから。>
「ま、マキーナさんが言うなら、そう……なのかな?
アタシ、今より凄くなれるかな?」
どこか弱気にそう呟くユイに、マキーナは間髪をいれず“もちろんです、私の予測は外れませんから”と励ます。
それまで伏し目がちだったユイは、バッと立ち上がると握り拳を作る。
「そ、そうだよね!マキーナさんが言うなら間違いないよね!!
よぉーし、アタシ、午後のダンスレッスン行ってくる!!
もっと頑張らなくちゃ!!」
残った食事を一気に詰め込み、水で胃に流し込むとユイは個室から飛び出す。
あまりの変わりように、俺もオルウェンも呆気にとられたまま、声をかける事も出来なかった。
「あ、あの、“まきーな”とは?」
「あぁ、まぁ気にしないでください。
俺とユイの、何と言うかイマジナリーフレンドみたいなもんです。」
そう言われても、オルウェンは頭の上に?マークを浮かべたままだ。
<勢大、架空の友達とは、随分な言いようですね?>
(ま、まぁあまりお前の事を言いふらしても仕方ねぇだろ?
ただでさえ頭の硬いオルウェンが相手なんだ、下手したら“神の御使い”とかと勘違いされたらそれこそ面倒な事になるだろうが!)
ワントーン低くなったマキーナの声に冷や汗をかきながらも、俺は何とか思いついた言い訳を脳内でまくし立てる。
とりあえずそれを聞いて、マキーナは納得してないまでも言及はしないようで、そのまま黙ってしまう。
「と、とにかくですね、ユイがいきなり高い能力を見せる必要は無いんですよ。
幸い、本人もやる気にはなってくれたようですし。
今は身近な存在として、そしてゆくゆくは大舞台で歌うに相応しい実力をつけた大歌姫になっていく、という演出が出来るんじゃないかなと思ってるんですよ。
……それに“結末がいつなのか”なんて、私達にも分からない事でしょう?」
歌姫の寿命、というか、人気は短い。
一世を風靡する歌姫でさえ、その人気は2〜3年もすれば頂点となり、後は転落していくか、別の方向性で生き残る道を模索するだけだ。
だから、大抵の事務所は3年くらいを1つのピリオドとして見ているフシがある。
出来るなら俺は、それを否定したい。
オルウェンが、微妙な表情で俺を見つめる。
俺が言いたかった事、それが少しでも伝わったらしい。
「……わかりました。
意外に、セーダイさんは熱い人だという事も。
では改めてですが、これからの方針はどうするつもりですか?」
「そういえば、俺の事は“セーダイ”と呼び捨てで良いですよ。
そちらの方が呼ばれ慣れてるんで。」
オルウェンは“では私も呼び捨てで結構ですよ、同じくそちらの方が楽ですので”と言いながら笑う。
空気が和らぎ、何かを作り上げてやろうという熱意が、静かに、しかし確実に部屋に満ちていった。




