701:結果発表
体が自然と動く。
駆けだしながらも腰を落とし、右拳を握り込むと構えをとる。
鼻から深く息を吸い込み、そして口からゆっくりと吐き出す。
<よろしいのですか?またペナルティが課せられる可能性があります。
今回の場合で言えば“ラストキル”云々の項目に該当しそうですが。>
それでも、だ。
それでも、ここで見殺しにする事が俺の立ち位置とは思えない。
もうすっかりこの異邦人という立場に苦しみ、異世界というモノを心底憎んでいたとしても。
元の世界の、俺だったとしてもやっぱりここではこういう行動をとるだろう。
こんなに鍛えられた肉体ではなく、小太りの中年の体だったとしても、だ。
<それならば、もう何も言う事はありませんね。
あの岩巨人相手に、コウ男爵もそれなりに頑張っていたようです。
右わき腹、腰にやや近い部位に致命傷になり得る亀裂が入っています。
視界に表示します。>
おう、それなりに惜しいところまでは行ったって事か。
振り下ろされるゴーレムの拳に、俺の右ストレートで側面から打撃を加える。
横からの力が加わった事で、コウ男爵に振り下ろされる筈だった拳は目標からズレて着弾する。
俺は右の拳をすぐさま引くと、その引いた力を利用して次の左拳を打ち出す。
目標はもちろんゴーレムの亀裂。
「……何ぃっ!?」
しかし、そこでついてない事態。
亀裂に命中したはずだが、微かにヒビを大きくしただけで、破壊まで至らない。
ユイの加護が切れたのだ。
仕方ない、とは思う。
俺の相手となるゴーレムはもう破壊していた。
その時点でユイは歌うのを止めている。
俺も戦闘態勢を一度解いている。
つまりは、“加護の残滓”でゴーレムの攻撃を反らせただけなのだ。
「やべ……!?」
新たな乱入者を、ゴーレムは見逃さない。
振り下ろしていた腕を、そのまま横薙ぎに振ると、その巨大な石柱の様な腕が俺に直撃する。
「……くぁ……。」
自分の口から空気と共に漏れる、妙な音。
確かに防御はした。
したにも関わらず、まるで無駄だと言わんばかりの強烈なダメージが全身を駆け巡り、軽く吹き飛ばされる。
口の中に鉄の味がする粘度の高い液体が溢れる。
骨までいっているらしく、体に力が入らない。
呼吸をするだけでも、まるで体の内側から針の塊が飛び出てくるのではないかと思うほど痛い。
「……ち、チッ、あ、あばらが……。」
<喋らないでください勢大、予想よりも深刻なダメージを受けています。
今、急ぎ回復モードに……。>
マキーナの声が遠くに聞こえる。
アニメの主人公のように“チッ、アバラが何本かイカれたか”みたいな事を格好良く言って、また立ち上がろうとしたが流石に無理だった。
どんなに、それこそ人知を超える時間をかけて体を鍛えても、足の骨が折れれば立ち上がれない。
あばら骨が折れれば、呼吸をするだけでも激痛が走る。
アニメや映画の様に、何事もなかったように振る舞う事は流石に無理らしい。
痛みから意識が遠のき、視界が霞む。
ゴーレムが片足を上げ、俺を踏み潰そうとするのがかろうじて見える。
「……はは……ここまでか。」
「駄目ぇぇぇぇぇ!!」
薄れた意識にもハッキリと、ユイの叫び声が聞こえる。
次の瞬間、視界にボンヤリとした光が映り、痛みが急速に消えていく。
<勢大、避けて!!>
マキーナの声に、反射的に地面を転がる。
先程まで俺が倒れていた場所には、ゴーレムの足。
チラと自分の体を見れば、淡い光が包んでいる。
察せないほど鈍くはない。
ユイの歌、だ。
その歌の加護が俺の体を包み、そして今こうして傷そのものを無かったかのように回復させたのだろう。
「とりあえず、さっさと終わらすか。」
またもや通常モードの時のような、いや、これはもうブーストモードに片足突っ込んでいるような体の軽さだ。
一気にゴーレムに近付くと、そのままの勢いで力任せに拳を振るう。
急所もクソも関係ない。
まるで発泡スチロールで出来た人形を壊すかのように、ゴーレムは簡単に砕け、そして静かになった。
-最終試練、終了です。-
ソフィア氏の一言によって、ようやく終わった事を実感する。
ふと周りを見れば、生き残りのプロデューサー達が驚いたような目で俺を見ている。
いや、一人だけ、スタンド公爵だけが、俺を睨みつけるような目で見ていた。
「あ、あの、その、た、助けてもらって、その、スマン。」
口ごもりながら、コウ男爵が俺にちかより、そして謝罪の言葉を口にする。
それなりにプライドは高そうな彼が、こうして謝るのは結構勇気のいることだろう。
「いいよ、気にしてない。」
幸いにしてユイのお陰で無事だったのだ。
ここは笑って水に流さないと、だろう。
「皆様、お疲れ様でした。
今回全ての試練を超えた皆様方に、結果をご報告いたします。」
ソフィア氏とその周りにいた男達が、見物席から俺達の場所まで降りてくる。
俺達は“ようやくか”という表情をしながらも、結果発表に耳を傾ける。
「まず、1位はスタンド公爵とミリーのペアとなります。
全ての試練での完璧な力のコントロール、度胸、獲得ポイント、それら全てからこの評価となります。」
なるほど、ただポイントを取ればいい、というものでもないのか。
それを皆理解したのか、それまで諦め顔だったプロデューサー達にも微かに希望の光が見える。
「2位はウェルズ伯爵とトミー。
安定的で堅実なポイント獲得からこの評価となります。」
離れたところにいる一人の男性が、少し悔しそうな顔をしながらも評価を聞いている。
ノーマークだったが、こういう隠れたやり手はやはりどこにでもいるのだろう。
「3位はトキワ伯爵とティキーのペア、そして4位はコウ男爵とカオルコのペアとなります。
両ペアとも、荒削りですがこれからを期待しています。
評価は以上となります。」
「ち、ちょっと待ってくれ!!
俺は、その、最後にこの男に助けられたんだぞ!!
この男の方が上ではないのか!?」
俺が異論を挟もうとする前に、まさかのコウ男爵が評価に異を唱える。
短絡的だが、悪いやつじゃなさそうだなぁ、という気持ちになりつつ、ソフィア氏を見る。
「そうですね。
しかし、それは“ラストキル”の横取りとも見えなくはない行為。
また、それを抜きにしたとしても、この評価は変わりません。
……しかし、最後に見た光が、私も惜しいとは思っております。
そこで、セーダイプロデューサーとユイのペアには支援は今回のルール上出来ませんが、事務所への紹介はさせていただこうと思います。
そこで活躍するかは、お二人次第です。
如何ですか?」
ニッコリと笑うソフィア氏の黒い笑顔に、俺はただ頷く事しか出来なかった。




