69:揺れる心
生きている人間には不可能な角度に首が折れ曲がった少女が、虚ろな目でこちらを見上げている。
「あぁ……、やっちまったな。」
一応、マキーナを起動し右目を開ける。
そこには、首が折れたパペットマンが倒れている。
“あぁ良かった、やっぱり人間じゃなかった”
そう思い安堵する自分と、そう安堵した自分を気持ち悪く思う自分がいる。
その思いが、改めてあの自称神様の少年に怒りが向かう。
何が神への叛意だ。
自分で勝手に選んで転生させて、転生者が自分の思惑を越えて好き放題始めたら、刺客送り込んで回収か。
馬鹿じゃねぇか、んなモンそれこそ死ぬまでほっとけって話だ。
それで世界が滅ぼうが何しようが、別に痛くも痒くもねぇだろうが。
仮に何か負債を追うにせよ、それが手前ェの責任だろうが。
心の中で悪態をつくが、それはただの現実逃避だと思い直す。
何回だろうと何十回だろうと、人、或いは人の形をしたモノを殺すのは、やっぱり心にくる。
『……疲れたなぁ。』
ここ最近、変な転生者ばかりだったからな。
次に転送されたら、少しのんびりするのも悪くはないか。
“行ってらっしゃい、気を付けてね。”
“勢大、次はいつこっちに帰ってくる?”
脳裏に妻と、そして年老いた母の声が響く。
これは呪いか、それとも俺自身に残された記憶の、必死の抵抗か。
ダメだ、前へ進まないと。
帰らなければ。
『マキーナ、コイツの装備をハッキングして使えるように出来ないか?』
<ハッキング、開始します。>
倒れている少女の装備から、手足の装備と背中のブースターユニットを外す。
流石にこの紐みたいな水着は、俺は着けられないな。
それこそガチのヘンタイだ。
……いや、インパクト的にはありか?
いや待て、ここはグッと堪えて止めておくんだ。
幾ら何でもこの亡骸を裸にするのは倫理上宜しくないし、40を越えたオッサンの紐ビキニは、恐らく男子であろうこの世界の転生者の教育上、よろしくない。
違う世界に目覚めさせてしまうかも知れないしな。
そういや、あの種を付ける感じの紳士は元気だろうか。
きっと今も、男の娘に囲まれていることだろう。
<ハッキング、完了しました。
後、気持ちの悪いことを考えないで下さい。>
何を言う、若い頃は海パン一丁で宴会芸やってた俺だぞ?
今更恥も何もあるものか。
大事なのはインパクトだ。
様々な世界をくぐり抜けていく内に、マキーナは色々と進化していた。
気付けばシステム音声が流暢になり、今では言葉を介さずに意思疎通が取れるまでになっていた。
今ではこんな軽口を叩く、良い相棒にまで進化している。
<ユニット回収、解析……完了しました。>
両手で持っていたパーツが吸い込まれ、そしてマキーナの追加装備として各部位に復元される。
『おぉ、何か格好良くなったな。』
ロボアニメ中盤で、主役機に何かゴテゴテ付いてパワーアップするみたいな感じだ。
まぁ、この装備が使えるのもこの世界だけだと思うと、少し寂しくあるが。
<この世界の技術を解析しました。>
この少女を倒してしまったのは不慮の事故だが、結果として色々なことがショートカット出来た。
この世界で知ろうとしていたことは知れた。
なら、サッサとご対面と行こう。
意識を上に向けると、ブースターが点火し体が浮く。
両肩の小型ブースターも点火しているが、まるで熱くない。
面白い技術だと思いながら、武器屋の屋根から空へ上がる。
街並みは変わらない。
俺に驚く様子もなければ気にする様子もない。
結局ここは“主役を楽しませるための舞台装置”なのだろう。
世界観もなければ生きてもいない。
語ることの少ない、薄っぺらい世界だ。
周囲を見れば王城が見える。
モチーフはフランスのシャンボールだったか。
いつか何処かの転生者が言っていたな。
あいつ、建築を自慢げに話していたが、俺から見ればいつもの同じ王城なんだよなぁ。
座標を意識し、そちらに向けて飛ぶ。
案の定、すぐに白い世界を通過することになった。
『移動シーンもつまらないからカット、って訳か。』
王城中心の一際高い建物、その中腹から少し上。
いつもの玉座の間めがけて、壁を突き破る。
『よう、見てたかい?遊びに来たぜ。』
そう言えば俺は、結構な頻度で壁をぶち破って登場している。
いかんな、今度また似たようなシチュエーションになったら普通に登城してみるか。
玉座の間には、まだ声変わりもしていなさそうな少年が王冠を被り、分厚そうなマントを着けて……先程の彼女と同じ様な半裸の女の子達に囲まれて慰められていた。
「あぁ、泣かないでマスター。」
「メイの仇は私達が必ず。」
「さぁ、いつものように抱擁してあげますね。」
いやー、他人様の情事は気持ち悪い。
マジで見たくない。
言うなれば強制賢者モードだ。
『ノックしてもしもーし。目の前にオジサンが来てますよー。』
「お、お前がメイを!!よくも!!よくも!!」
想像通り、声変わりもしていない高い声で、転生者の王様が鬼の形相で叫ぶ。
『……大事な存在ならば、単独で向かわせるべきではなかったな。
なんなら、お前も一緒に出向くべきだったと思うぜ。』
「お、俺には王としての勤めがある!
盗賊一人に出向いていられるか!」
ほう、“勤め”ときたか。
少しだけ興味が湧いた。
『なら王様、日中は何のお仕事を?』
俺の言葉に、胸を張って玉座に座り直す。
子供が座るソレは、酷く滑稽な画だ。
「王様だからな、ここで控えて、部下の報告を聞いて指図するのが仕事だ!」
『どんな報告を?』
「部下がやってきたことの結果だ!
ソレを聞いて、次の指示を飛ばすんだ!
今は帝国との戦争で忙しいんだ!」
うーん、何とも綿菓子のようにフワッと感満載だなぁ。
『国政はどういう方針で?部下には何を任せているので?帝国との争いの根源は一体何です?』
子供らしく、顔を真っ赤にして震えている。
「うるさい!俺は神に認められた、秘められた力を持つ英雄なんだぞ!俺が力を押さえている間に謝れ!頭を垂れて赦しを乞え!
そうじゃないと、俺の隠された力を見ることになるぞ!」
こいつは素晴らしい。
お花畑もここまで育てばむしろ立派だ。
馬鹿馬鹿しくなってきた。
俺はマキーナを解除し元のスーツ姿に戻る。
左腕の重みが急に消えるので、少し右によろめく。
それでも、腰のベルトに突っ込んでいたピースメーカーを取り出す。
「フン!よりによって銃使いクラスとはな!
良いことを教えておいてやる。
銃はな、どんなにスキルを伸ばしても強さが銃に依存しているから、俺達の様な上位レベルの存在には通用しない屑武器だ!
それならまだ、弓の方が俺達に通じたのにな!」
「ご主人様、ここは私が。」
王様の隣に控えていた巨乳美女が前に出る。
王様は俺が選んだ武器が想像と違ったからか、興味を無くした様に“お前に任せる、メイの仇を取ってやれ”と言っていた。
何故、この手の奴等は自信過剰なんだろう。
まぁいい、授業料を払って貰おうか。
銃を手に持ち、気分は西部劇だ。
心の何処かで、“たまにはこう言うのも悪くない”と思っていた。




