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異世界殺し  作者: Tetsuさん
長い旅の始まり
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06:れでぃ

散り散りになった精神の欠片が、一人の男の子を見下ろしていた。


何だか見覚えのある公園の、見覚えのあるジャングルジムで遊んでいた。


何故だかその子がこれからすることが解っていて、声をかけているのだけれども届かない。


“そこで遊ぶと、この後落ちて頭にたんこぶを作ってしまうよ”


朝起きたら何だかお腹の辺りが苦しいような、そんな素振りを見せる小学生位の男の子。


“今日は体調悪いんだろう?学校を休まないと、皆の前で嘔吐してしまい、しばらく不名誉なあだ名を付けられるよ。”


情景は次々と変わり、やはり未来が解るが、それを囁けども届かない。


小学生、中学生まで真面目だったのに、高校生になり不真面目になっていき。


大学生になり、父親の暴力に負けないために始めた武道で、体育会系の地獄を見る。


そして、その後幾度も幾度も、悪夢としてみる事になる、兄弟の死、父親の死を体験し。


大きな環境変化に耐えられず、無気力になりニート生活に堕ち。


このままではいけないと、焦ってろくでもない会社への就職、転職を繰り返し。


ようやく生活が落ち着いた頃、新しい家族となる妻を向かえる。


その情景を見続けていた欠片だったモノは、いつしか人の形になっていた。


それでも、“情景”は終わらない。

もうじき41歳の誕生日を向かえるあの日、あのホーム。


“よせ、行くな。”


見なくてもいい故障中の張り紙を見るため、線路際まで近付き。


その瞬間に、理解する。


“そうだ、俺の過去だ”


ハッと目を見開く。

気付けば、カプセルの中にいた。


まだ寝起きの時のようにぼんやりとしていると、カプセルから“生きている微少な機械”の液体が抜かれていき、浮遊感が終わっていく。


地に足が着き、カプセルから出ながら改めて体を見下ろしてみると、随分と体が萎んでいた。

腹が引っ込んだ以外は、トレーニングする前の体型に近い。


「えー、あー、香辛料君、定着化って無事終わったのかな?何か体が萎んでるんだけど……。」


<無事、完了シマシタ。定着化ニヨリ、コチラニイラッシャル前ノ肉体ノサイズニ、筋力ハソノママデスガ圧縮サレテイマス。>


少し安心した。

この後ももう少し細かく質問したが、結論としては鍛えた分は無駄にならないらしい。

ここまでの時間はピッタリ300年だった。

60年と言っていたが、実際は59年定着化し、41年過去を振り返っていたらしい。

だがここまでの体験から、この300年が耐えうる最大で、それ以上は俺の精神が保たないのだろうと推測出来た。

最初に200年で香辛料君に注意して貰えたのは運が良かった。


いや、もしかしたら香辛料君は、俺の精神が耐えられるギリギリで声をかけてくれたのかも知れない。

その優しさに感謝した。

結局人は、一人では生きていけないのだ。

いつも誰かの優しさによって生かされている。


それはどこでも、それこそこの空間でも同じ事だったのだろう。

色々あった後だから、心が少し弱っていたのかも知れない。

だからそんな柄にも無い感傷的な想いを抱いたが、改めて冷静になってこの空間でのことを思い返す。


最優先を“本来の自分の人生41年分の保持”に定めていたので、トレーニングの内容がうろ覚えになっていたのだ。

試しにと身体測定紛いの事をしてみたが、これだけ鍛えても全体的に“オリンピック選手に少し負ける位?”の様な結果だった。


空気をどうこうするなど夢のまた夢だ。

だがこのまま闇雲に鍛えても記憶が薄らぐ以上、無意味なトレーニングなども繰り返しかねない。

無限に近い持ち時間とは言え、スケジュール管理をしないといつまでも完成出来ない。


悩んだ末に、“500ターム”という区切りを考えた。

“トレーニング・定着化・記憶定着”の300年を1タームとして、500タームした段階での目標を達成したか、という風に設定してみた。

まず最初の500ターム目標は、オリンピック選手の10倍、或いは1/10の成果やタイム、という風に設定した。

この1タームから見て、頑張れば手が届きそうな目標に思えたからだ。

設定を風化しない素材に書き留め、1ターム終わるたびに今が何ターム目かを書いていく。

目標管理が出来たら、後は実行して、都度振り返り、修正していく。


目標を設定すると、無限にあると思っていた時間が急に心許なくなっていく。

最終目標はそれこそ夢の世界の様なモノなのだから、今この程度も出来ないのに達成出来るのか、という焦りだ。

その焦りを鎮めながら、またトレーニングを開始した。



それからトレーニングし続けていて、気付けば500タームを“1回”と呼んでいた。

最初の1回では目標に僅かにおよばなかったが、近しい成果が出せたことに満足し、より精度の高い新しい目標を設定し、着実にこなしていった。


100回をこなす頃には、いよいよ最終目標にむけた内容も盛り込んでいった。


200回と少しをこなした頃には、100歩先のロウソクの炎を、拳の一振りで消すことが出来ていた。

だがそれが、“しっかりとした足場を踏みしめて”という前提であることに気付き、急遽不安定な足場でも同じ事が出来るようにトレーニングを変更したりした。

最初は氷の上、次は油の上、その次は磁石の板に反発し合う磁石の面を取り付けた靴を履いて、そして無重力で、といった具合に。


300回を超える頃には咄嗟の判断を養うべく、今の自分の同じ力量を持つ人形を出して貰い、組み手に勤しんだ。

単独のトレーニングにも飽きが来ていた俺には、このトレーニングは久々に楽しいモノだった。

この人形にも愛着が湧いたので“香辛料君2号”と名付けたら、香辛料君から超嫌な反応を返されたので、トレーニング人形は“もくじんくん1号”に改名させられたのは、何故かその後も記憶に残るくらいの思い出になっていた。


400回を超えた頃には、当時の状況を再現出来るフィールドを香辛料君に無理言って創って貰い、実際にもくじんくん1号に突き飛ばして貰いながら訓練を重ねた。


500回を超える頃には、30%の成功率で当初考えていた計画を実行できていた。


600回を超える頃には70%の成功率、700回を超える頃にはほぼ100%近くまで、成功率は上がっていた。

この頃には定着化で圧縮し過ぎてるせいか、体が若干重く感じていた。

香辛料君に相談したが、最近、現管理者あのしょうねんが環境設定を弄ったようだ、と言う話だったので、安心した。

圧縮しすぎたせいで、いざ元の世界に戻ったらいきなり体が破裂するような事態なら、笑い話にもならないからだ。


そしてより確実に、より完璧にを追求し、気付けば1,000回に到達し、確実に成功するまでになっていた。


ただ、今にして思えばこれが失敗だったかも知れない。

完成されすぎた企画は、それだけに遊びが無くて躓いた時にリカバリーが効かない。

多少のゆとりを持って設計しなければならないという、以前の俺の信念を忘れていた。

いや、失敗の恐怖から、そんなことは想像もしてなかった。


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