696:歌姫登竜門
「……で、これどういう状況なん?」
ピンク色のジャージに着替えたユイがストレッチしているのを、俺はただ眺めていたが、あまりにも気になりすぎて思わず質問する。
ついでに言えば、俺も黒いジャージ姿だ。
あのソフィア氏との対談後、数日して呼び出されたかと思うと目隠しをされて馬車に乗り、よくわからない部屋に通されて衣服を着替えさせられた。
その後また別室というか、薄暗くて先の見通せないような空間に連れてこられて、そこでユイとこうして鉢合わせになったのだ。
「え?だから、この間ソフィア様が言ってたじゃん。
特訓でしょ?
アタシも詳しい内容はどういうのか教えてもらえなかったけどさ。
何でも、“歌姫とプロデューサーの絆があれば大丈夫”らしいよ?
なら、アタシとセーダイさんなら大丈夫だね!」
どこから来るのその自信?
お前とは、この間一緒に魔物退治をしただけだろうが。
そんな考えが頭をよぎるが、確かにあの魔物退治の時にこいつの歌があったのも事実だし、あの時は通常モードに変身していなくてもそれ以上の制限解放が出来たのも事実だ。
こういうのはもしかしたら、長い時間かけて積み上げるものというよりも、フィーリングが大事なのかも知れない。
「それに、セーダイさん強そうじゃん?
何かあっても、まぁセーダイさんなら大丈夫でしょ!!」
前言撤回。
コイツ、完全に俺に頼り切ってやがる。
どうやら他にも何か教師に言われていたらしいが、それ以外は完全に忘れた……と言うよりは覚えていない、との事だ。
「しかし、何でこんなに人がいるんだ?
バディ制ってのは、俺達だけじゃないのか?」
“さぁ?”と返すユイを睨むが、あまり意味をなさないだろうと諦めて周りを見る。
俺がユイと会ってから続々と、同じ様な姿の男女がこの場所に現れていた。
ただ、他の男女は状況を理解しているのか、やや緊張した面持ちながらそれぞれに柔軟体操をしていたりする。
「マキーナはどう思う?」
<女性側はユイと同じような歌姫、そして男性側は貴族なのではないかと推定されます。
年齢に統一性は無さそうですが、体型や健康状態を推測するに、一般市民よりは良い栄養状態にあると推定されます。>
マキーナに言われて改めて見れば、確かに俺と同じくらいか少し年上そうな奴もいれば、まだ10代くらいではないかという奴もいる。
ただ、マキーナの言う通りどの男性も肌艶は良い。
太っちょから筋肉質な奴、細身な奴まで勢揃いだが、健康状態は一般市民よりは良さそうだ。
-皆様!よくぞお集まりくださいました!-
魔法によって拡大された声が室内に響き渡る。
その声と共に上の方に光が見え、見上げるとソフィア氏と複数人の男女がこちらを見下ろしていた。
-今回、事前にお伝えした通り、お集まりいただいた20組の中から最上位のペアを当歌姫ギルドからデビューのバックアップを大々的にさせていただきます。-
-また、その他に上位4組までの活動斡旋もさせていただきます。-
周囲の奴等から、“おぉ”というどよめきが起きる。
俺はそれを聞きながらも、“上位”と言う事は、何か試験的なモノが始まるんだろうな、とぼんやり思う。
-これより、上位を選抜するための試験を行います。-
-この試験は、歌姫の実力とプロデューサーの絆を試すものとなります。-
-この試験において、皆様が事前に同意書にサイン頂いたように“命を落とす危険”もございます。-
-もし、現時点で棄権なさりたい方がいらっしゃるのであれば、それを認めます。-
あ、あの書類か!?と、俺は思い出す。
ここに通される前に、“今回の特訓依頼を受けていただくため、報酬同意のためにサインを”と言われたから何気なくサインしたが、アレそういう事も書いてあったのか!?
くそ、騙された。
もっとちゃんと文章を読んでからサインするべきだった。
<それは普通に確認していない勢大の落ち度だと思いますが?>
あー、マキーナ言った!今一番言っちゃいけないこと言った!!
ハイ傷付きましたー、僕もうテンションダダ下がりですー!!
<アホな事言ってないで状況に集中してください。>
マキーナに呆れられ、俺の心の声までは聞こえないユイがマキーナのツッコミに?マークを浮かべている。
-それでは、どなたも最終同意が済んだと言う事で試験を開始させて頂きます。-
-第一の試験は、プロデューサーにこの橋を渡って頂きます。-
薄暗かった室内が明るくなり、見通せなかった先が見える。
視線の先には、幅10センチも無いだろうか?
細い線のように見える板が、俺達の立っている場所から遥か先の断崖にまで続いている。
それと同時に、魔法で保護されていたのか、透明な膜がスルスルと上がっていく。
その膜がなくなった途端、ごう、という強い風に体がよろけた。
-この橋の上では、プロデューサーは魔法は使えません。-
-体を固定させるのは、歌姫の補助のみとなります。-
そのアナウンスが流れた途端、周囲の男達がざわつき始める。
それまで皆一様に緊張しながらも何処か余裕ありげだったが、“自分の魔法は使えない”と分かった途端にざわつき出したのだ。
俺はそっと橋の下を覗いたが、そこは魔法なのか物理的なのか、地面が見えない程の暗闇が広がり、そして強い風が巻き上がっていた。
「そ、そんな!こんな危険な試験があるなんて聞いていないぞ!!」
「そうだそうだ、しかも私達の魔法を禁じるとはどう言う事だ!!」
「こ、こんな危険な試験で命を落としたらどうするのだ!私を誰だと心得ているのだ!!」
男性陣の数名が騒いでいるが、見上げたソフィア氏は涼しい顔のままだ。
-書類にも、そして先程も申し上げました。-
-“命を落とす危険もございます”と。-
-皆様がそれぞれ信頼されている歌姫の力を借り、共にこの難局を乗り越えるのです。-
-そして歌姫の皆さん、あなた方に、今プロデューサーの命が握られているのです。-
-あなた方の行い次第で、あなたは人を殺める事になるのです。-
少しだけ、なるほどなぁ、と思ってしまう。
これが実戦なら、“戦うのは俺達で、守るのは歌姫”だ。
つまり、臆病者では前を張れないし、歌姫の加護が無ければ戦えない。
そういった意味も込められているのだろう。
ただ。
ちらりと男達を見る。
ソフィア氏に暴言を吐き続ける者。
“絶対にしくじるな”と歌姫を脅している者。
そしてプレッシャーを感じて泣き出す歌姫。
なんとも、波乱の幕開けとなりそうだ。




