693:歌姫の狙い
<勢大、もう朝ですよ。>
「……後10分……いや後1時間。」
“増えてるじゃないですか”というマキーナのツッコミと共に脳内に大音量を流され、悲鳴とともに慌てて起きる。
こいつ、段々と手慣れてきてやがる。
「何だよマキーナ、別に今は働かなくてもいい時期だから、こうしてのんびり過ごしてても問題ないだろうが。」
<そうは言ってもあれから大分時間が経っています。
そろそろ懐具合も寂しくなってきているのではないですか?>
この世界では珍しい存在となっていた魔物を退治してから、もう1週間以上は経っていた。
マキーナに言われて、ふと気になった俺は財布として使っている革袋をゴソゴソと漁る。
前金でもらった1/3は殆ど底をつき、既に銅貨が数枚入っているだけだ。
「……あー、確かにこれじゃ今日の朝飯食ったら無くなるな。
確か、もう査定は終わっているはずだよな?
んじゃ、これから残りをもらいに行くかぁ。」
<そうした方が良いでしょうね。
色々と、準備は終わっているでしょうし。>
ふとマキーナの発言が気になったが、まぁ確かにあの村に調査員が行って、事情を聞いたり魔物の素材の買い取りや調査もあるだろうから、時間は掛かりそうだと思っていたのは間違いないからな。
俺はノソノソとベッドから起き出すと、大きく伸びをして支度を始める。
残りの報酬が手に入れば、もう1ヶ月近くはのんびり過ごせるだろう。
その間にユイの事や、転生者の事がこの世界でどう伝わっているのかまた調べればいい。
そんな事を思いながら、冒険者ギルドへと足を向けるのだった。
「は?払えない?何言ってるんだアンタ?」
ギルドの職員に残りの報酬の事を請求しようとしたら、いきなりの不払い宣言ときた。
この野郎、ここで暴れてやろうかと思った矢先、慌てたように弁解してくる。
「ですから、最後まで聞いてください。
報酬は現時点ではお支払できなくてですね、条件付きでお支払いさせて頂く様に申し使っておりまして……。」
「いや、それじゃこの間と言ってる事が違うじゃねぇか!
何だその条件って奴は?
そんな事、この間は言ってなかったじゃねぇか!!」
俺の怒号を聞いて、周囲の空気が凍る。
目の前の職員も、ただ汗を拭きながら“わ、私ではなく局長がお話しますので……”と声を震わせている。
<勢大、殺意を収めてください。
貴方の迫力だと、一般人は想像以上に萎縮します。
落ち着いて局長の話を聞きましょう。>
確かにそうだ。
この世界は割と平穏な世界であり、死線をくぐり抜けてきた俺の迫力に耐えられる奴がいるとは思えない。
“ちとムキになりすぎたか”と思いながら、大人しく局長室に案内される。
俺が立ち去った後ろでは、ギルド内もまた凍った時間が動き出しているようだった。
「あー、君がセーダイ君?
いやぁ、今回はお手柄だったねぇ。
魔物は放っておくと増殖する可能性もあったからね。
君が機転を利かせてあの場で退治してくれたからこそ、被害が全く無く穏便に済ませたというもんだ。
それに現地での事前交渉や事後の対応も完璧だったと、調査員からも聞き及んでいるよ。
いやぁ、君のような優秀な人材が来てくれて、このギルドも幸運だ。」
見え透いた世辞を聞きながら、俺は局長とやらを観察する。
でっぷりと突き出た腹、頭と同じサイズの首、人の良さそうに愛想笑いする目の奥の濁り。
話を聞きながら、“あぁ、コイツは安心できるタイプの悪党だな”と評価する。
悪党にも何パターンかある。
己の快楽を追求する事が行動原理の者、劣等感から人を不幸にしたくてたまらない者、権力を振りかざす事を至上の喜びとするモノ。
そしてこの局長のように、立場を利用しつつ最大限の利益を得ようとする者。
利益で動くタイプはある意味で解りやすい。
“利益にならない事はやらない”からだ。
そして自分が利益を得ようとする以上、相手にもそれなりの餌を見せてくるからだ。
まぁ、それがこの男の得る利益よりは遥かに少ないのは世の常だろうが。
「世辞は聞いても腹は膨れないんでね。
何をすれば、残りの金が受け取れるんで?」
俺の言葉に、目の前の男は笑みを深くする。
“自分と同類”とでも思ってくれたのだろうか。
「や、話が早くて助かるよ。
実は……あー、その前に君は、この国での“歌姫”がどういう組織なのか、知っているかね?」
俺は自分が知っている限りの知識を話す。
一定の年齢を経た女が選定を受ける事。
能力ありと認められれば名乗れる事。
そして有力者は一握りである事。
「まぁ女性だけではなく、最近では男性も可能性のある者には選定を行っているのだがね。
……だがそうなんだ、有力者は一握りしか生まれないんだ。
ただ、最初は能力が無い者でも、その後の努力次第では能力が上がるものもいるのだ。
とはいえ、その努力というのは、金のかかる話でね。
“歌姫養成所”と言う所でレッスンを受けて能力を伸ばす必要がある。
或いは実戦を生き残っている内に能力が上がる可能性もあるが、そちらは金がかからない代わりに人の命がかかる。
無論、どちらの道でも絶対に能力が伸びるという保証はない。」
ひでぇ話だ、と思う。
金をかけて育てても成果が出なければ金の無駄だし、実戦ならどちらかの命が失われ続ける。
実に割の合わない話だ。
「そこで、歌姫の養成所と冒険者ギルドはそれぞれ提携していてね。
“実力のある歌姫の原石”と思わしき子を見つけたら報告し、無償のレッスンを受けさせるという、提携がね。」
何となく察する。
多分今回の魔物の討伐、ユイの力が大きい。
であれば、彼女に白羽の矢がたった、と言う事なのだろう。
だが、それと俺が報酬を受け取れない事に繋がりが見えない。
まさか、報酬の中から天引きでレッスン代を出せ、という話なのだろうか?
「その無償レッスンの際、歌姫には世話係が任命される。
実戦になれば歌姫と共に戦い、それだけでなく歌姫の成長をサポートや企画運営を補佐するのだ。
我々はその存在を、“プロデューサー”と呼んでいる。」
何となく、嫌な予感がしてくる。
最初にこの局長がのべた世辞が、頭の中で反芻する。
「我々としても、ギルドにとって非常に惜しい人材なのだが、国が介入している以上、養成所の依頼を無視はできない。
また、今回の指名はあちらの歌姫から直々と言うことでね。
おめでとうセーダイ君、君が指名されたよ。」
驚きで言葉が出ない。
更に局長は、今回の依頼を受ければ受け取る報酬を倍にして出す、という。
しかも、以降は養成所の方から固定で報酬が毎月出るらしい。
更には歌姫の成長次第では追加の報酬も出るという。
<勢大、この話を断る要素が見つかりません。
お受けした方が良いのではないですか?>
俺は、叫び出したい気持ちをぐっと堪えていた。




