692:歌姫、企み中
「……。」
「……。」
帰りの馬車の中、俺とユイは沈黙の中にいた。
馬車を待つ間の件で何とも気まずい俺としては、何か空気を変えようと話題をアレコレ考えては明暗は出てこず、どうしたものかと悩む。
チラとユイを見れば、馬車から見える風景に目をやりながらも、どこか遠い所を見ている。
(……いっその事、ある程度の事は話してしまうか。)
「ねぇ、セーダイさん。」
転生者の事も含めて話しかけようと意を決したその時、ふとユイが口を開く。
「……な、なんだ?」
「セーダイさんって、あの街にいるのは何か意味があるの?
買っている土地やお家があるとか、……家族がいるとか。」
何かを探るような瞳で俺を見つめる。
この気まずい空気を、彼女なりに緩和しようとしてくれているのかも知れない。
そこまで気を回しさせてしまって申し訳ないな、と思いながら、俺は正直に話していた。
人を探してあの街にたどり着いた事、そして、目星がついたらまた離れる予定のため、特段家がある訳でもない事。
「……というか、そんな“普通の暮らし”が出来てるなら、こういう冒険者とかやってるわけ無いだろ?」
「その、探している人って、奥さんとか彼女さんとか、そういうセーダイさんにとって大事な人?」
何だか酷く深刻な顔をしているから、“それは違う”と軽く笑ってみせる。
“というか、探し人はお前っぽいんだがな”と言いかけたが、そこで変に困らせたり勘違いされても面倒だ。
俺は少し考え、そして“ある種の呪いのような制限が俺にはかけられていて、それを解除できる人間だ”と、思いつきの嘘をつく。
「フフフ、そうなんだ。
へぇー、ほぉー、そういう人ねー。」
俺の答えを聞くと、先程までの空気がガラリと変わり、ニコニコと上機嫌になっていく。
“女心と秋の空”とはよく言ったもんだなぁ、と思いながらそのコロコロ変わる表情を見て、ふと思いつく。
「あぁそうなんだ、だから、具体的に“どういうヤツ”ってのは俺にも解らん。
それが男か女なのかも含めてな。
もしかしたら、この国の歌姫ならその可能性が高いかも知れねぇけどな。
……あ、そうだ、お前、ちょっと試しに俺の言う事を言ってみてくれよ。
“セーダイ・タゾノに権限を一時委譲する”ってさ。」
「え?あ、うん、良いけど?
え、えーと、“セーダイ・タゾノに権限を一時委譲する”……これで良い?」
よし、上手い事ぶっ込めた!!
そう思い、ちょっと期待しながらユイが言い終わるのを待つ。
予想通り俺の目の前に“世界のステータス画面”が開くが、そのウィンドウはグレーアウトされており、中央に鍵のマークが表示されていた。
「わ、凄い、何か出た!?
……でもそれ、何か変じゃない?
何か鍵?のマークがあるよね?」
これは驚いた。
マキーナの声だけじゃなく、世界のステータス画面まで見られるとは。
が、ユイの言う通りこの状態はロックされている状態だ。
何かしらの条件を解除しなければ、この鍵が開く事は無い。
今回はその条件すら書いてない所を見ると、それは厄介な事なのか、複雑なのか……。
「……あー、まぁお前の言う通りだな。
どうやらまだ解除出来ないらしい。
ただこれで、歌姫の言葉には何かしらの可能性がある事が解ったかもな。」
一応、嘘を突き通すためにそれなりのフォローを入れておく。
これで“どこかの歌姫なら解除できるのかも?”と思わせれば、興味を失うだろう。
「そっかー、私じゃないのかー。
……いやでも、今反応したって事はもしかしたら……。」
また何かを考え込むユイに、ほっと胸を撫で下ろす。
先ほどまでの話題は消え、“俺の呪いを解除するには”に思考が向かってくれたらしい。
これならまぁ良いかと思いながら、考え込むユイを放っておいて馬車の外を眺める。
のどかな風景に、どうやら少し疲れていたのか瞼が重くなる。
街まではまだ少し時間がある。
こう言う時は、寝ちまうのも下手な会話をしなくて済むのかもな。
そんな事を思いながら、俺は眠りの世界に沈んでいった。
「じゃあこ……う……だったら、セーダイさん…………ないかな?」
<先程伺った……からすると、ユイが……している……から…………た方が…………になるかと。>
「さっすがマキーナさん、頭良いねぇ!」
夢うつつの中で誰かが誰かと話していたような、ぼんやりと水の底で漂う感覚だったのだが、ユイのはしゃぐ声に、思わず飛び起きる。
「んぉ?何があった?」
「あ、セーダイさんおはよー。
もうじき街に着くよー。」
考えがまとまったのか、何だか憑き物が落ちたような、それでいて含みのある笑顔でユイが答える。
「何だ?ずいぶん上機嫌じゃないか。
俺が寝ている間に何かあったのか?」
「ンフフー、何でもないよ。
セーダイさん寝ちゃってて暇だったから、マキーナさんとお喋りしていただけだよー。」
<その通りです。
ユイの考えが実現するための具体的なアドバイスをしておりました。>
“どんな夢があるんだろう?”と気になり、マキーナに内容を聞こうとしたが“乙女の秘密と言うやつです”とはぐらかされてしまった。
マキーナに性別など無いだろうに、と呆れていたが、まぁコイツの助言は的確だ。
話を聞ける特権、或いは今回の依頼で割を食わせてしまった分も合わせて、多少は目を瞑るか、という気持ちで俺もそれ以上は追及はしない。
そうして、馬車は街までたどり着き、冒険者組合で状況の説明と証明を行った所、規定通りの報酬が支払われると聞いてホッとしていた。
ただ、ここ最近では珍しい魔物討伐、それも下位の冒険者と歌姫の討伐である事から怪しまれ、前金で1/3、村長からの証言後に残りが支払われるという話になったのは、仕方ないと言えばそれまでだろう。
「まぁなんだ、次もこういう感じで仕事が出来たら良いな。
あ、ちなみに、お前いつもはどういう場所で仕事してるんだ?」
ここで得た手がかりをみすみす失うのも惜しい。
完全な確証がないとは言え、ユイはほぼ確実に転生者と思われる。
ならば、その活動場所を聞いて、周囲に聞き込みでもした方が今後の方針にもなる。
「え?あ、あぁ、アタシ結構色んなところを転々としてるから、あんまり“ここ”っていう活動場所無いんだよね。
ただまぁ、そんな事を聞かなくても大丈夫だよ、多分!」
妙に元気いっぱいにそう回答され、状況が読み込めない俺は生返事を返すだけで、その場で別れた。
まぁ、報酬の残りを貰ってから考えれば良いだろう。




