689:意外な遭遇
「そ、そういうお前だって、ミドルネームまで持ってるなんて、かなりの家柄じゃないのか?」
取り繕うようにしながら、俺は話題を変える。
様々な異世界を渡り歩いてきていたが、意外にミドルネームを持っている奴は多くなかった。
まぁ中には省略している奴もいたが、転生者に日本人が多いからなのか、あまりミドルネームの概念が薄い。
「あ、そうなんスよ、元々はユイ・ニウって名前だったんスけど、“歌姫の才能”って奴が見つかった時に洗礼を受けて“ピラー”の名前を貰ったんス。
こう見えてあのニウ家の末端なんスよ!どうッスか?
驚きました!?」
「ハッハッハ、“あのニウ家”ってのが何なのか、田舎モンの俺にはさっぱりわからねぇな。
おめぇん家は、そんなに凄い事してるのかね?」
上手く会話が逸れた事に気が楽になり、つい笑いながら冗談を飛ばす。
「あ、これだから田舎者は、って笑われるッスよ?
実家は王家にもコネを持つ、中央都市で魔道具関連を一手に引き受けてる大企業なんスから!
でもぉ、アタシが夢で見たアイデアを形にしてるだけでアレだけ大きくなったのに、歌姫の才能が低いと解った瞬間お払い箱とか、マジふざけた実家ッスよ!
潰れりゃいいんスよ!」
「……夢で、見た?」
だが、ユイというこの少女から出た言葉に引っかかるものを覚えた。
更に話を聞くと、今この異世界で主流となっている魔導人形による馬車、その馬車の動力源となる魔導エンジンやタイヤの発明、それ以外にも台所のシンクや水洗トイレ等、ありとあらゆる近代文明的な機器を発明したという。
それも全て、この少女が夢で“こういう便利なものを使う夢を見た!”という話から構造を設計、量産して販売したという。
「……お前、その、便利なものを夢に見るってのはどういう?」
「え?あ、オッサンも興味ある系ッスか?
でも駄目ッスよ、この夢はアタシにもコントロール出来ないッスから。
寝てるとある時突然、ここじゃない世界で何かそこで生活してるアタシを夢見るんスから。
最初は“神のお告げ”だとか言われてチヤホヤされましたけどね。
結局同じ夢しか見なくなって、しかも“もしかしたらお前にも歌姫の素質が?”とか言われて調べたら大した素質持ってないとかで、一気に見捨てられたッスから。」
俺は慌てて“そうではない”と弁解と謝罪をする。
別に謝るまでしなくても良かったのだろうが、自身に起きた身の上を話す彼女の周りが、一気に影を落としたからだ。
(マキーナ、今の話どう思う?)
<まだ何とも。
可能性としては“転生の記憶を失っている”というのも考えられますが……。>
「ん?今の誰ッスか?
……テン……セイ?の可能性ってなんスか?」
驚いた。
転生者の殆どはマキーナの声が聞こえない。
ただ、たまにこの娘の様にマキーナの声が聞こえる転生者がいる。
マキーナの声が聞こえるという事は、逆に言えば転生者しかいない。
つまり、目の前のこの娘が転生者という事だ。
「お前、この声が聞こえるのか。
……しょうがねぇ。
皆にはバラすなよ、面倒な事になる。
俺はその、何だ、“協力者”っていう祝福を持ってるんだ。」
「ふーん……。」
ジト目で、ひどく怪しんでいるのが解る。
一応、この世界での歌姫の様に、神からの祝福持ちと言うのはある程度いる。
ただ、俺の様なのは“他にない個性”として教会や国に囲われ、研究対象になる筈だ。
だからこうして、冴えない冒険者などをやっているはずがない。
ごまかしたは良いが、ごまかし方を失敗したような気がする。
変に目をつけられたくはないから、あまり吹聴されたくはない所ではあるのだが……。
「オッサン、いや、セーダイさん、その“協力者”さんの名前は何て言うの?」
三下口調ではなく、そしてどこかカマをかけてくるような言い方で、マキーナの事を聞いてくる。
どうするか。
ここで“やっぱり嘘で、独りで生きてて寂しいから腹話術で会話してるフリでしたー!”と言ったところで信じてはもらえなさそうだ。
観念するしかないのかも知れん。
「……マキーナ、“マキーナ”だ。
俺の大事な相棒だ、何か文句あるか?」
諦めて、正直に話す事にする。
魔物か獣かは解らないが、これから一緒に戦わなければならない間なのを思い出した。
小さな嘘でズレた歯車は、いずれ大きな障害となる。
この場で変に疑られるような事は避けたい。
「へぇ、マキーナさんって言うんだ!何か格好良い名前だね!!
それじゃ、これからよろしくねマキーナさん!!」
<ご挨拶が遅れて失礼いたしました。
よろしくお願いします、ユイ様。>
“様なんて止めてよ〜!ユイでいいよ〜!”と照れるこの娘に、少しだけ見惚れてしまっていた。
まるで一気に花が咲いたかのような、誰もが好意をいだくような優しい笑顔だった。
<せっかくの良い雰囲気ですが、お二人に残念な報告です。
前方300メートル先、敵性存在を確認しました。>
森へ踏み込んだ矢先、マキーナからの警告が流れる。
状況が読み込めずに頭の上に“?”を浮かべてるユイを後ろに押しやり、俺は小盾とナタを手に持つ。
「マキーナ、魔物か獣か、判別はつくか?」
<残念ながら魔物の様です。
普通に野に住む生物では考えられないような魔力を纏っています。
勢大のそのナタでは、恐らく皮膚に傷すらもつけられないと予想されます。>
マキーナからのありがたい予測を聞いて、俺は後ろにいるユイを見る。
ようやく状況が理解出来たのか、恐怖と興奮が入り混じった様な険しい表情になっていた。
「ホレ、出番だぞ歌姫。
この状況、何とか出来るんだろう?」
向こうもこちらの存在に気付いたらしい。
周囲に響き渡るような雄叫びが上がる。
その見た目は猪のような頭と胴体だが、蜘蛛のような脚が8本ある。
なるほど、これは普通の獣とは違うようだ。
「あわ、あわわ、あ、アタシ、どうしたら……。」
しまった、と思ってもそれは後の祭りだ。
あの魔物の雄叫び、俺には全く効果が無いが、この世界の一般的な住人や低位の冒険者にとっては“恐怖”の状態異常を引き起こすモノらしい。
一旦体制を立て直して、と考えたが、その隙を魔物が見逃すはずがない。
まるで本物の猪の様に、恐ろしい速度でこちらに突撃してくる。
<勢大、回避すればユイが。>
「わぁってるよコンチクショー!!」
こちらに向かってくる魔物に向け、俺も小盾を構えながら前へと走り出す。
あの村長、帰ったらド詰めにしてケツの毛までむしってやる。
そんな恨み言を呟きながら。




