68:人形の町
「次!通行証を見せよ!……よし、通れ!」
それなりに高い塀に囲まれた城下町の入口、通行用の門で衛兵が入国審査を行っている。
流石に転生者がいる町は機能しているようだ。
ようやく人間味を感じられそうだと列に並ぶが、一向に順番が回ってこない。
先程から衛兵が威勢良く“通れ”と言っているが、よく見れば誰一人動かない。
順番を無視して横から見てみたが、ただ列をなして待っているだけだ。
衛兵も、誰も前に立って通行証など見せていないし、誰も歩いて通り抜けないのに“次!”と声をかけている。
「なるほどねぇ、そう言う感じかぁ……。」
あまりに寂しいので、ついつい独り言が出る。
ここは列を待つ商人役と、検問を行う衛兵役が配置されているようだ。
定期的に声を張り上げている衛兵の脇を通り抜けて、城下町に入る。
一応人間達は動いている。
ただ、しばらくその場でジッとして見ていると、やはり違和感だらけだ。
積み荷を積んだ馬車が目の前を通り抜け、十字路を左に曲がる。
そしてしばらくすると、また目の前を通り抜けていく。
同じ所をグルグルと回り続けている。
試しに通行人を少し押してみると、何も言わずされるがまま、壁に向かって歩き続け、そして少しずつズレて元に軌道に戻る。
「タチの悪いクソゲーの中にいるようだな。」
ちゃんとデバッグした方が良いぞ、と思わず言いたくなる。
まぁ、言ったところで変わりは無いだろうが。
町の中も、武器屋や防具屋、道具屋以外は行けそうに無い。
それどころか普通の民家が並んでいるような所でも、風景を突き抜けて白い世界に度々突入した。
テレビゲームのRPGで言うなら、一本道シナリオのゲームにいるような気分だ。
ややゲンナリしながら、物は試しと武器屋を覗いてみる。
店に入ると、“へいらっしゃい!良い武器揃えてるよ!”と店主が正面を見ながらそう声を発している。
いや八百屋じゃないんだから、もっと他にあるだろうがよ。
一通り武器を見てみると、ファンタジー御用達のブロードソードに槍、弓矢に銃に魔法の杖と、それなりのラインナップだ。
……銃?
思わず手に取る。
「……ピースメーカーかな?珍しいな。」
こういう世界で見かけるのは珍しい。
西部劇などでよく見る銃、コルト社のシングル・アクション・アーミーによく似た銃がそこにあった。
弾を弾倉に1発ずつ込めるタイプの銃で、隻腕の俺には弾を込めることすら一苦労だろう。
ただ、何となくこういう世界に置いてある武器としては珍しくて面白かったので、店のカウンターから弾を取り出しつつ、更にピースメーカーも2丁失敬すると、その場で弾を込める。
すると、突然武器屋のオッサンから声が……いや、音声が流れる。
“どうです?良い感触でしょう?かつては帝国に後れを取っていた我が国の銃器産業も、昨今では盛り返してきていますからね、帝国なんて目じゃないですよ!”
なんだろう、強面の武器屋のオッサンなのに、出てくる声質は軽薄なセールスマンのようなトークだ。
コイツ黙らないかな?と顔を上げると、オッサンはこちらを見てすらいなかった。
いや、微動だにしてない。
“あぁ、仰らないで下さい!グリップが木製じゃないのか?と仰りたいんでしょう?
木製は確かに使い込めば手に馴染みますが、お手入れは大変です。
その分、こちらのラバーグリップであれば、汚れてもサッと拭き取れて、お手入れが簡単ですよ。
さぁ撃鉄を起こしてみて下さい。”
弾を込め終えた俺は、その音声に言われるがままに撃鉄を親指で起こす。
ガチリ、と、金属の重厚な音が響く。
“どぉです?良い音でしょう?”
……ダメだ、ここまでネタ振りされた以上、答えないわけにはいかない。
俺は意を決して口を開く。
「一番気に入っているのは……。」
“……?お、おい、止めろ!”
銃口を店主に向ける。
「値段だ。」
引き金を引くと、火薬の破裂する音と共に店主のオッサンの頭が破裂する。
やはり人間ではないらしく、木片が辺りに散らばる。
良かった、抗いがたいネタだったとは言え、ネタで人命を奪いたくは無い。
<警告、高速で近付く物体があります。>
くっ!防犯装置が作動してしまったか。
何という巧妙な罠だ。
……いやいや、そんなわけ無いか。
まぁ、この世界的には“武器屋の店主を襲って武器を奪う強盗”な訳だから衛兵辺りが来るのは解るが、どうにも反応が早すぎる。
マキーナの警告通り、恐ろしい速さで飛来してきたソレは、武器屋の天井をぶち抜いて落下した。
おいおい、守るべき色んなモノを破壊しとるがな。
「む、警報を聞きつけて駆けつけてみれば、怪しげな姿をした賊とはな。……貴様、何者だ?」
一目見て衝撃を受ける。
一言で言えば、“半裸のヘンタイ”だ。
その姿を改めて見て、俺は“機動兵器少女”を何となく連想していた。
ビキニのお嬢さんの手足にロボットのような装備が付けられ、背中には短めのウイングやブースターなどが見える。
あれ?ここ中~近世ヨーロッパ的な世界観じゃないの?
「どうした、答えぬのか?」
半裸少女が腰のサーベルを抜き、こちらに突き付ける。
「あの、その前に良いですかね?」
半裸の少女が訝しげな顔をする。
いやその顔したいのこっちだからね?
「何でそんなエッチな格好してるんですか?」
少女は固まり、少しするとプルプルと震えながら歯をむき出して顔を真っ赤にする。
うーわ、すげぇ怒ってるわ、あれ。
怒りの感情が爆発寸前の少女を、逆に俺は冷静に見る。
これが少年漫画なら鼻血を出して倒れるところだろう。
青年誌なら、興奮しておっ勃てるところだろう。
だが、こういう状況に置かれて初めてわかった。
好意を持っているわけでもない、知り合いでもないただの知らない女の子が半裸の格好で目の前にいても、何か違和感を感じる。
久々に普通の感情が戻ってきたのだろうか。
いやらしい気持ちと言うよりも“気の毒に”と言う感情が強くなる。
だから、何故そんな格好をさせられているのか、そちらが気になっていた。
「き、き、き、キサマ……、ご主人様に頂いた装備を馬鹿に……!!!」
ご主人様、ときたか。
よく見ると何か光を放つ首輪の様なモノをしている。
「帰ってご主人様とやらに伝えてくれないか?
“今、会いに行きます”ってな。」
ちょっと馬鹿にし過ぎたか。
怒りの形相で距離を詰め、剣を振り下ろしてくる。
少しだけ、考える。
これは人か、それとも人形か。
答えを出す前に、体は動く。
ちょうど持っていた銃の銃身部分を剣の腹に当て、滑るように右外へ逸らす。
すれ違い、振り返る前に銃から手を離し、後ろ襟を取るつもりが首輪を掴んでしまう。
そのまま自分の方に引く俺と、振り返り外へ逃れようとする彼女とで、不幸なすれ違いが起きる。
「あっ」
ボキリと音がして、少女から力が抜ける。
彼女はパペットマンにはならなかった。
何処か遠くを見つめるように、こちらを見ている。
ただその首は、普通の人間には出来ない方向に折れ曲がっていた。




