686:現状確認
「冒険者資格取得おめでとうございます。
それでは良い冒険者ライフを。」
「あ、あの、それで依頼はどうやって受ければ……?」
身分証を手に入れたは良いが、完全にそれを得ただけだ。
窓口越しに身分証を渡してくれた冒険者ギルドの職員も、これで対応は終わりだと言わんばかりに目線を落とし、何かの書類作成に取り掛かろうとしていた。
流石に来たばかりでいきなり放り出されるのは何なんだと思いながら声をかけたが、職員は少しだけ面倒臭そうな表情をした後、持っているペンで俺の後ろ側を指す。
「さっきのね、申請書書いてもらったところにパンフレットあるから。
それ読んでわからない事あれば、アッチの窓口に行ってもらえる?」
いやはや、何かすげぇお役所仕事だが、こういう世界なんだろうか。
もしくはやたらと現実的な価値観を持つ異世界、って事なのか?
そんな事を悩みながら言われた通りに記入場所に向かうと、確かに色々な申請書の束の中に、“冒険に行く前に”という文字が書かれている、A4用紙を縦に半分に折ったような紙が立てかけてあるのが見えた。
(随分と薄っぺらいパンフレットだなぁ。
大した事書いてなさそうなんだけど……。)
そんな事を思いながら手に取り開くと、立体的な映像が開いた紙の上に展開される。
-やぁ、冒険者の皆、そしてこれから冒険者を目指そうとしてる皆、はじめまして!
ボクは冒険者ギルドのマスコットキャラクター、“ハロークエスト江戸川”だよ!
気さくに“江戸川君”って読んでね!-
なるどなぁ、と納得する。
魔法があるなら、確かにこんなペラ紙でも情報は十分に表示できる。
しかし、こんな風に魔法を使えるという事は、かなりの高度な魔法文明にまで発展しているという事だろう。
<あの、言いにくいのですが、このキャラクターに関してはツッコまなくても良いのですか?>
「……嫌だよ、面倒臭い。」
七三分けで全くデフォルメされてないスーツ姿でメガネをかけている、どこにでもいそうなサラリーマン的なキャラクターだし、意味のわからない名前とか“なんでやねん”とツッコミたくなるが、ここは我慢だ。
そう言う事を言い出していたらキリがない気がするし、何よりこれを作った奴に負けた気がするからだ。
-ちょっと、ここはちゃんとツッコミ入れる所でしょう!
困るんだよねぇそういうの!-
何故かパンフレットに怒られてしまった。
良く出来たパンフレットだと思いつつ、何となくこれをグシャグシャに丸めてやりたい気にもなってくる。
-ちょちょちょ!ちょーっと待った!!
いやぁゴメンゴメン、ちょっとしたパンフレットジョークって奴でね、許してね、はぁと。
あ、いや、待って待って!丸めないで!ちゃんとやるから!!
……え、えーと、ゴホンゴホン、それでは、検索したいメニューを選んでね!!-
良かった、危うく丸めて床に叩きつけるところだった。
大人しくなったキャラクターを無視しつつ、メニューに現れた“冒険者の仕事とは?”に触れる。
-よぉく聞いてくれました!そうよね、やっぱ一番気になるのはそこよね!!-
コマンドを選ぶたびにキャラクターからの騒々しいノイズが少し混じるが、相手にせずにアレコレと調べる。
どうやらこの世界、諸説あるようだがいわゆるゲームであるような魔王に該当する存在はいないらしい。
ただ、無数に魔物がはびこっており、人類としてはその生存圏を拡張できていないようだ。
少しずつ生存圏を拡張しては潰され拡張しては潰されを繰り返しながら、か細い交流ルートで獣人族やエルフ族、ドワーフ族とも交流していた。
しかも驚く事に、この世界では魔族とも交流があるらしい。
ややこしいのだが、魔族と魔物は少し違う。
どちらにも知性はあるのだが、人間族やその他の種族に好意的な魔素を強く宿している存在が魔族。
始めから他の知的生命体に対して対話出来ず敵対的な存在が魔物、と定義されているようだ。
人間並みかそれ以上に知性がある魔物もいるらしいが、どう交渉しても友好的にはならないそうだ。
また、魔物の方が人間よりも圧倒的に強く、普通に戦えば1体の魔物を倒すのに100人は兵士だったり冒険者が必要なレベルらしい。
ただ、様々な文化交流の末、人間族は1つの光明を見出す。
ありとあらゆる複合強化バフを乗せた“歌声”を開発、それを戦場で歌わせる事により、1対1でも対等に戦えるようにしたのだ。
その歌声を持つ者達、“歌姫”という存在を守りながら戦う、というのが冒険者に与えられた一番の使命、と言うことだ。
当然、そんな難しい任務が割り振られる冒険者の立場はそれなりに名誉であり、報酬もかなり高いらしい。
ここまでは格好良い。
が、この魔物が襲ってくるタイミングは当然不規則である。
直近では3年ほど前に大攻勢があり、それ以降魔物達も戦力を整えているのかあまり大きな攻勢には出てきていないらしい。
平和な時間は人々の感覚を麻痺させる。
有事の英雄も、平時にはただのゴロつきと成り果てる。
そう、つまり今、冒険者は暇なのだ。
それでも人は食っていかなければならない。
なので現在の冒険者達の主な仕事は、ある程度高位の冒険者は護衛や狩猟の仕事が、下位の冒険者は早朝に貼り出される日雇いの力仕事や街の清掃業務を請け負い、日銭を稼ぐ仕事しかないのである。
(……大攻勢だのその後の潜伏期間だの、ちっと気になるな。)
<そうですね。
誰かに率いられていなければ、大攻勢というのは考えづらいです。
更には、その後ほぼ完全に潜伏しているのも気になります。
率いる者がいなければ、大抵はその後に散発的なゲリラ戦や小競り合いが起きてもおかしくない筈です。
戦力の回復かこちらの弱体化か、或いはその両方か。
それを待っている可能性は否定出来ないかと。>
マキーナの言葉を聞いて、改めて周囲を見渡す。
蛍光色の袋を持っている冒険者達。
きっとそれなりにランクが高い冒険者なのだろう。
いや、だった、のだろう。
皆白髪が混じっていたり、額の毛が後退していたり。
腹もそれなりに突き出しており、アレでは長時間の戦闘に耐えられるとは思えない。
(……両方、だろうなぁ。)
俺は暗澹たる気持ちを抑えながら、それでもこの世界で使えるエネルギーを無駄にするわけにはいかない。
そうして諦めてパンフレットを乱暴に戻すと、マスコットが話していた“依頼掲示板”に向かう。
依頼掲示板にはいくつかの依頼が残っている。
見れば行方不明になったペットの犬探しから下水のドブさらいまで、選り取り見取りだ。
<勢大、アンダーウェアモードは起動していますから大丈夫です。>
マキーナからの心強い応援と共に、俺は依頼票を1枚むしり取るのだった。




