685:イージーエントリー
<勢大、起きてください勢大。
もう昼を過ぎていますよ。>
マキーナに怒鳴られ、俺はうっすらと目を開ける。
カーテンの隙間から差し込む光が随分と明るく、そして鋭角だ。
確かにもう日が高く昇っているのだろう。
それに熱が籠もっているからか、少しだけ暑い。
「んぉー……。
あと5分、いや別に5分以上寝てても良いじゃねぇか。
街は平和、依頼を受けているわけじゃねぇ、とくれば、別に少しくらい怠惰な生活してても良いだろうさ……。」
<いけません。
転生者探しはどうするのですか?
まだ手がかりすら掴めていないというのに。>
マキーナの怒る声を聞きながら夢うつつのまま、俺はこの世界に降り立った時を思い出していた。
<転移完了、アンダーウェアモード起動。
……周辺環境において危険分子なし、大気正常、危険性の高い昆虫その他を発見できず。
また、生命活動を停止した人間の存在も争った形跡も移動に関しての形跡も無し。
現状は安全です。>
マキーナの分析を聞きながら、俺は身を屈めて周囲の状況を伺う。
転移してきた場所はこれまでと同じような森林地帯、その中でポッカリと空いた草原のような場所。
これまでの経験から、中〜近世ヨーロッパ風のファンタジー世界とアタリをつける。
「別に襲われたような馬車の残骸も轍もなし、いわゆる王道の冒険モノの異世界、って訳じゃなさそうだな。」
草むらをかき分けて進んでみたが、よく設置されていた道も無し。
(……いつもより未開の世界、って事なのかなぁ?)
これまでの記憶を頼りに、最初の村がある場所を目指して草をかき分けて移動する。
その最中にもマキーナが観測しているが、いわゆるダニやノミの類はいなさそうだった。
世界としての難易度低めのファンタジー世界なのか?と疑問を持ち始めた頃、開けた場所に出る事が出来た。
この位置なら最初の村が一望できるはずだ。
「……なん、何だこれ?
マキーナ、俺は幻覚を見ているわけじゃないよな?」
<安心してください。
私も同じものを観測しています。
アレは間違いなく実態として存在する街です。>
いつもは木製の囲いに囲まれた、藁葺き屋根の長閑な田舎の村、という想像をしていたが、そこから見える景色は大都会のそれだ。
所狭しと家が立ち並び、ビルらしき建物も見える。
道路は灰色の、つまりはアスファルトに舗装されていて、車らしき物体も移動しているのが見える。
「……何か、見た目は地方都市って感じだな。」
<ただ、勢大がいた元の世界とは異なる文明かもしれませんね。
こちらをご覧ください。>
俺の右目に映る世界が、一気に拡大化される。
望遠レンズの様に風景をズームしていたそれは、いくつかの風景を映し出す。
走る車にはタイヤが付いていない。
宙を浮かんでいる。
タバコを吸おうとしている男性が、タバコを咥えると何も無い指先から小さな火を出している。
小さな男の子と女の子が、公園で両手を広げて踊っているような仕草をしているかと思えば、二人の間にある人形がその手の動きに合わせて踊っている。
「……あれか?この世界、魔法科学文明的な世界って事か?」
<まだ完全にそうと決めつけるには早いと思いますが、その可能性が一番高いと思われます。>
少しだけ、困ったな、と思っていた。
いや、魔法科学文明の異世界も何度も体験している。
だからそこに関しての不思議はあまりないのだが、結局のところ“進歩した文明”である事に変わりはない。
文明が発達している世界で一番最初に困る事は、“身分”だ。
生まれながらに管理されていたりすると、俺みたいに何も持たずに突然世界に現れた人間には住みづらくて仕方がない。
「……とはいえ、一旦飛び込んでどうなるか見てみないとわからんよなぁ。」
正攻法で行ってみて、表の世界が駄目なら裏の世界からだ。
正直裏の世界だと色々制限が厳しくなるから最終手段にしたいところだが、ここで悩んでいても何も始まらないのも事実だ。
俺は覚悟と多少の諦めと共に、山を降り始めていた。
「あ、あのぅー、ッスー、すいません、へへ。
ぼ、冒険者になり、なりたいんでし、ですけど……。」
いかん、噛んだ!
ってか、完全に“今まで引きこもってて陰キャやってました”みたいな喋り方になってて、我ながらキメェ!
いや、ここまで言い淀んだのには訳がある。
山から降りてこの街に入る時に検問所でもあるのかと警戒したが、特に呼び止められるような事も無かったのだ。
それだけではない。
大体の異世界での体験を元に、“この辺にいつもなら冒険者ギルドとかあるんだよなぁ”と思って通りを歩いていたところ、本当にあったのだ。
何がって?
いや冒険者ギルドが、なんだよ。
これには俺も驚いていた。
ここまで進歩した世界で、冒険者ギルドがまだある事が不思議でならない。
まぁ、たまにはあったような気がするが、それは割とトンチキ世界だった事が多い。
ここまでしっかりした世界に当たり前のようにある冒険者ギルドに、俺は気後れしていたのだ。
「いらっしゃい、んじゃこの街の市民ID見せて。
……え?あぁ、持ってないのか。
大方地方から来た移民か?文字は読み書き出来る?
あ、出来るの、じゃあこの申請書書いて。
書いたらあっちの窓口に提出してね。
記入テーブルは後ろのあそこね。」
色黒の厳しいおっさんが、スーツ姿で対応してくれる窓口。
圧倒的!圧倒的お役所仕事感!勢大、震える!!
いや震えてる場合ちゃうわ。
改めて周囲をよく見ると、蛍光色の細長い袋に何かを入れた男女をチラホラと見かける。
大抵の奴等が随分と体にフィットした服を着ていて、まるで全身タイツの芸人がウロウロしているようにも見える。
(……多分、あの上に鎧とかを付けるんだろうなぁ。
蛍光色の袋の中身は武器、って所かな。)
ふと、頭の中で猟銃を蛍光色の袋に入れていた親父の姿が思い浮かぶ。
そういや、狩猟場で誤解されないように、ハントする時以外はあぁいうバッグに入れて移動していた。
この世界でも、似たようなモノなのだろう。
<しかし、移民扱いとは随分おおらかですね。
もっと厳しい審査があるのかと思っていました。>
マキーナの言葉に同感だ。
もう少し人口が多くなったり、問題事が増えたりすればそういう事もあったかも知れない。
そういう意味では、このタイミングで出現できたのはラッキーと言うべきか。
俺は一通り適当な事を申請書に記載すると、言われた窓口に提出する。
1時間もしないうちに、俺はこの世界での身分証を手に入れ、何だか拍子抜けした気分になっていた。




