683:賢者
「お?今日は何の用で……賢者?はぁ?
お前そんな事も知らねぇのか?
よく今までこの国で生活出来ていたなぁ。」
エルフ使節団の演説を抜け出し、俺は闇ルートで物資を売りさばくための窓口兼情報屋の、露店のおっさんの元へ来ていた。
何か食っていくかと尋ねられたが、少なくともこの露店では飯を食う気にはなれない。
何故なら、ここで焼かれている肉は“魔獣のくず肉なら大当たり”の部類だから、だ。
この手の街には、今にも死にそうな浮浪者は居ても死体は無い。
全て再利用されるからだ。
もちろん、余す所など無い。
ここの露店の串に刺さっている肉が、元は何だったのかなど、考えたくもなかった。
「情報料ならいつも通り払う。
……あいにくと、今は腹が減ってなければ喉も渇いてないんだ。」
アルコールだって工業用の廃アルコールが混ざっている可能性は大いにある。
飲食するなら、せめて表通りの店で飲み食いしたい所だ。
「なんでぇ、つれねぇなぁ。
まぁいい、賢者様の情報だったな。
……あーと、お前さん魔力感知は出来たんだっけか?」
<読取りは可能です。>
「おぉ、読むくらいなら出来るぞ?
ちと魔力が弱いんでな、書き出す事とかは出来ねえけどよ。」
こういう時、マキーナがいてくれて助かる。
元の世界から転移している影響からなのか、俺には魔力というものがない。
まぁそれはそうだ。
元の世界で魔法なんて言うものはなかった。
無いモノを身に着けているはずがない。
しかしマキーナが知らず知らず能力を拡張しているようで、いつしかマキーナを通じて魔法の真似事というか劣化版みたいな事は出来る様になっていた。
「んじゃ、これを渡しておく。
この水晶玉の中に、俺が知っている限りの賢者の情報を今入れたからな。
コイツを魔力で読み取れば、大体解るだろうさ。
おっと、読み終わったら壊れる様になってるからな?
しっかり覚えろよ?」
オヤジからビー玉位の透明な玉を放られる。
それを受け取ると、俺は情報料を露店のテーブルに置いて立ち去る。
街外れの路地裏に身を潜めると、受け取った水晶玉をマキーナに吸収させる。
本来なら“この映像は再生完了後に消去される”みたいなスパイ映画みたいなノリなのだろうが、こうしてしまうと何度でも再生が可能だ。
<案の定、要所要所で読みにくい、高速で情報が流れる箇所がありますね。
流石の商魂たくましさ、というべき所でしょうか。>
だろうな、と思っていた。
これで何度か買わせるつもりなのだろう。
むしろ“ちゃんと情報を渡してきた”と言う所は褒めるべき所かも知れない。
「まぁ、そういう連中だしな。
それよりも、精査した情報を教えてくれ。」
俺の右目に、マキーナによって要約された情報が表示される。
人族の賢者と今言われている存在は、十年近く前にフラッとこの国に現れた肌の色が白い、人間族の女の旅人だったらしい。
その女は人々を集め“意識の改革が必要だ”と教えを垂れていた際に衛兵によって捕縛され、投獄されたらしい。
ただ、どういう流れなのか不明らしいが、投獄された監獄から城に移送されたようだ。
囚人が城に運ばれるなど前代未聞の事で、更には王と謁見したという。
その際に王は自らの考えを改め、この女旅人に“賢者”の称号を与え、城の近くにある貴賓館に寝泊まりさせている、との事だ。
今も賢者はその貴賓館に住んでいるらしく、住み始めた当初は使用人の求人等が出回っていたと言うことだ。
そしてその貴賓館に住むようになってからは、国中のあちこちで演説を行っていた、という。
ただ、最近は演説も一段落したのか、貴賓館から出てくることは無くなったようだ。
「……なるほどなぁ。
まずは民衆の一部を、捕まったらそこにいる奴等を、そして国王を、遂には国中の人間に対して“何か”をしたって所なんだろうなぁ。」
<一応、勢大には“魅了耐性”と“洗脳無効”をセットしております。
この2つを設定しておけば、精神攻撃には対応できると思います。>
まぁ、それだろうなぁ、とマキーナの言葉に同意する。
ただ、外見まで“上書き”される様な事もありそうだなぁ、と嫌な予感はしているが、流石にそういったモノに対しての耐性は得ていない。
こればっかりは何とかするしかないだろうなぁ、と思う。
「そんじゃ、貴賓館に突撃かましますか。
この情報が正確なら、城ほどの警備体制でもなさそうだしなぁ。」
視界に写っていた見取り図を消し、俺は立ち上がる。
ふと思い立ち、貴賓館に向かう前に化粧品屋を探す。
こんな世界だから化粧なんてするような余裕はないかと思ったが、やはり女性が転生している世界なのか、化粧品屋はそれなりの数が存在した。
俺はいくつかの化粧品屋に入り、一番安そうなところでアレコレと購入する。
俺はゆっくりと歩きながら、周囲を観察する。
入口には衛兵2人、中にも詰所らしき小さな掘っ立て小屋。
最悪は、力押しでも何とかなりそうだな。
「止まれ!何用あってこちらの屋敷に近付くか?」
門の近くまで来た俺を、衛兵が止める。
俺はニッコリ笑うと、事前に用意した偽造の身分証を見せる。
「へぇ、いつもの御用聞きでございまして。
今日はいつもお伺いしている奴が急病で、代わりに私が参りました次第でございます。」
門番はチラリと俺と身分証を見比べると、退屈そうな表情を浮かべながら“ご苦労、入れ”と一声かける。
偽造した身分証を使っておいて何だが、随分とザルな対応だ。
どうやら城の警備と違い、こちらの警備はそんなに気合の入らないものらしい。
難なく敷地に侵入した俺は、色とりどりの花が咲く豪華な庭園を抜けて建物へと入る。
入り口を開けると、豪華なエントランスが待ち受けていたが、どことなく薄汚れているというか、生活感というようなモノが蔓延している感じを受ける。
よく見るとエントランスの端の方に雑然と投げ出されている機材や、見えないようにしているが干しっぱなしの衣類等から、そういう感じを受けているのかも知れない。
「ちょっと!今日はこの服じゃないって言ったでしょ!!」
何やら右奥の部屋から女性の金切り声が聞こえる。
俺は足音を忍ばせつつ部屋に近付くと、突然扉が開く。
「し、失礼しました賢者様!すぐに変わりのお洋服をお持ちします!!」
地味な緑色の、ワンピースの様な服装の女性が部屋の中に向けて頭を下げると、逃げるように立ち去っていく。
あれはコットって服装だったか。
メイドといえばついつい元の世界のメイド喫茶の従業員の様な服装を想像するが、本来の中世ヨーロッパではあぁいう服装が一般的だったと聞いたことがあるな。
この世界の転生者のイメージとしては、ずいぶん本格的なイメージのようだ。
そんな事を思いながら、俺は扉の前に立つ。
「アンタ誰よ!何しに来たの!!」
一瞬、ソレを見て新手のモンスターかと思ったほどだ。
部屋の中には想像とは違う、物凄い巨漢の女がベットに寝ている。
ダブルサイズ、いや、それよりもデカい特注のベッドだろうか。
ともかく、その特注ベッドからも溢れんばかりの巨体がベッドに横になり、俺を睨んでいた。




