682:違和感
「皆の者!本日エルフの里から我等と同盟を結ぶべく、使者殿が参った!!
彼等から、今後我が国とどのような関係を築きたいか語ってくれる!!
是非、聞いていってほしい!!」
国王が声を張り上げ、魔法による拡声の影響もあってその声は国中に響き渡る。
国王が“それでは”と言うと後ろに下がり、使節団の1人、若い女性らしきエルフが前に出る。
(……なぁマキーナ、城に入る前に観測した中に、あの女はいたか?)
あまりにも違いすぎる。
唇がたらこ唇とか、髪の毛がアフロがかっているところが、じゃない。
顔の輪郭からしてもう違うのだ。
あんなエラの張ったような女性を、俺は見ていない。
あの時、それなりに旅装束だったからマントやフードを着ている者はいたが、全員顔を隠していなかったはずだ。
それとも、全く関係ない別のエルフグループが合わせてなのかたまたまなのか解らんが、別ルートから来ていたのだろうか?
<勢大、先程のメモリーに該当しそうな人物がいました。
表示します。>
俺の視界の中に、パソコンで別のウィンドウを開いたかのように画像が表示される。
集団の中の1人がクローズアップされ、更には幾つかのフィルタリングをかけてその人物だけに補正される。
(いや、これは……。
確かに服装や装飾品の類は一致しているが、体型や骨格が変わりすぎてないか?
頬もエラも、顔のパーツも全部“アンマッチ”って出てるじゃねえか?)
<しかし、他に観測した皮膚や纏っている魔力パターン、更には呼吸等では完全な一致を見せています。
見た目に相違はありますが、彼女は我々が目撃した使節団の一員で間違いないと推定されます。>
この国の住民達を見たエルフが気を使って変化の魔法か認識阻害でもかけているのかとも思ったが、それもマキーナに否定される。
つまり彼等はこの短時間で見た目どころか骨格まで変わるような何かを受けた、という訳か。
しかも、堂々と立っているその姿から見るに、納得済みなのか気付いてないのか。
「……あー、ゴホン。
皆様、はじめまして。
私達はエルフが住む大陸の西からやって来た、“西のエルフ族”です。
私はその族長の娘でございます。
まずはこちらの国にお招きいただきまして、誠にありがとうございます。
我等との交流をお認めになられた国王様に多大なる感謝を。」
観測していたエルフの女が、落ち着いているように見えるがやや緊張気味に、ゆっくりと言葉を選んで話し始める。
「そして、我等に新たなる価値観をお教えいただきました賢者殿にも感謝を!!
我等は新たなる価値観に目覚める事が出来ました!!
あぁ、あぁ、素晴らしき多様性!!
いくつもの種族が、あるがままを受け入れ自由に街を闊歩する世界!!
これは非常に感激的であり、私の長い人生の中でも未知の領域であり、今私は非常に興奮しております!!
“目覚めた”私達は、この教えを早速故郷に持ち帰り広めて行くと共に、この教えで世界を満たすべくこちらの国と協力し、これからの世界を変えていきたいと考えております!!」
突然興奮気味に話し始めたエルフの言葉に、周囲の観衆も歓声を上げる。
その声はまるで波のように、国中に広がっていく。
(な、なぁ、マキーナ。
これ、一体どういう事だ?)
<理解不能。
ただし、今の演説から推測は立ちます。
恐らくは“賢者”なる存在がこの国におり、そしてその賢者と面会後にあの容姿にさせられた、と思われます。
美醜の是非、価値観の相違または逆転に関しての詳細は解りかねますが、これまでの異世界でのパターンから、個体差はありますが全体的に見た場合、エルフはあのように感情を強く出す存在ではなかった筈です。
価値観や思想、あまつさえ物理的な外見に至るまで、“上書き”されたと想定されます。
つまり、少なくとも“この短時間でそう言う事を実行できる存在”がいる、と言う事です。
これはほぼ、神の御業に等しい行いですね。
流石は賢者、というところでしょうか。>
珍しいマキーナの皮肉に少し笑ってしまう。
てっきりあの国王が転生者かと思っていたが、どうやら違うらしい。
下手に城に突撃しなくて良かった。
危うく人違いで国王を脅すところだった。
(なるほどねぇ、なら、行動方針は決まったな。
その、“賢者サマ”とやらの情報を調べて、そっちをふん縛った方が良さそうだな。)
<その方が良いでしょうね。>
エルフの使節団、族長の娘と名乗った女の演説はまだ続いている。
どれほどこの思想が素晴らしいか、この思想を受け入れない人間を打ち倒す覚悟があると、声高らかに宣誓している。
(意見を受け入れない奴はぶっ殺すって、そりゃ多様でも何でもねぇ、ただの思想統一のディストピアじゃねぇか。)
俺はその場から背を向けて歩き出しながら、エルフの女の演説に耳を傾けていた。
彼女は随分と過激な思想のようだ。
少数派の意見が通るべきだ、それが通らない世界は間違っている、教えをあまねくこの地に広め、矯正していかねばならない。
そんな様な内容だったので、ついツッコミたくもなる。
大多数の中に少数派がいるはずなのに、彼女の言葉の中では大多数対少数派という構造らしい。
随分と視野が狭い。
(しかし、王政の中ならそれもありなのかなぁ?)
元の世界では民主的な世界だった。
民主主義の基本は話し合いだ。
よく言われる多数決とは実は、“最大多数の最大幸福”という価値観からの最終手段であり、本来の民主主義とは、多数決にたどりつかないように議論を重ねて、全員が納得する道を模索する事だ。
それでも意見が割れた場合、先程の価値観からの最終手段として多数決が存在するのだ。
だから本来は少数派の意見だって踏みにじられている訳じゃない。
ただ、ここは俺が元いた世界ではなく、異世界だ。
国王がいる事からも解るように、王政を引いているこの国で、果たして少数派の意見を押し通す事が本当に良い治世と言えるのだろうか?
むしろ国王にとっては邪魔になってしまうのではないか?とすら思える。
(考えれば考えるほど、このアンバランスさは不正能力の結果起きてると思えてくるな……。)
ともかく、賢者を調べよう。
鍵はそこにある。




