681:変化
「エルフの使節団?」
「おぉよ、何だ兄ちゃん知らねぇのか?
近々、エルフの中でもまだ交流のない部族がここを訪れるらしくてな、お城の方も何だか慌ただしくしてるぜ。
しかも結構な人数が観光がてらに来るらしくてな、城の近くに店構えてる奴等もお祭みたいな騒ぎになってるよ。」
ギルドを叩き出されてから暫くして、仕方なく予定通りに闇ルートでの魔獣狩りのやり取りをしている時に、露店の1つで噂話を聞いた。
エルフの使節団が観光に来るらしい。
少し前にこの国はエルフの一部部族と戦争寸前の状態になっていたはずだ。
それをこうして呼びつけるという事は、つまりは争わず外交的に勝利した、と言うことだろう。
(まいったな、なんてタイミングの悪い……。)
しかし困った。
国外の要人が来るとなっては、警備が強化される。
強引な突撃だろうと静かな潜入だろうと、どちらも今は難易度が跳ね上がってしまう。
<今現在は様子を見る方が賢明かと思われます。
無駄なエネルギーの使用は、本来の目的からも遠ざかりますので。>
悔しいがマキーナの言う通りだ。
平時であれば早朝か深夜を狙って突撃するのがいつもの手だが、それも厳しいだろう。
とは言え、そこまでの滞在にはならないはずだ。
仕方ない、野次馬のフリをして使節団とやらを見学しつつ、何処かに警備の穴がないか探る事にしよう。
「なるほどねぇ。
ちなみにオヤジ、その使節団ってのはいつ頃来るんだ?」
「なんだよお前、使節団でも襲おうってのか?
止めとけ止めとけ、道中も奴等の騎士団がガッチリ守ってやがる。
エルフ族ってのは魔法に一日の長って奴があるからな、お前みたいな人間族じゃ、近付く前に魔法矢で蜂の巣にされちまうよ。
まぁ、仮に忍び込んだとして、奴等の魔法防護を貫くにはそれこそ王国の騎士団が持ってるような魔法武具が必要だろうさ。
割に合わねぇぞ?」
オヤジは何を勘違いしたのか、俺が金銭目的に襲撃しようと考えていると思ったらしい。
俺は苦笑いしながら“違う、たまには珍しいもんでも見たいと思っただけだ”と否定すると、“それなら”とすんなり教えてくれた。
どうやら明日には到着するらしい。
俺は礼を言うと、すぐに使節団とやらが来るという方向に向かう。
本当に襲う気は無いが、町中に入られたら珍しい物を見ようと街中の人間で溢れるはずだ。
そうなるとどういう奴等が来るのかゆっくり見ることも出来ないだろうから、街を出て見晴らしのいいところで待ち構えてやろうと思ったのだ。
(魔法感知があるとかいっていたが、その辺の対応はどうだ?)
<問題ありません。
ただでさえ勢大は魔力を持たないのです。
動きを止めていれば、魔法を使った感知系に引っかかる事はありませんね。>
マキーナからのお墨付きときた。
それなら安心して潜伏出来るというものだ。
俺は街へと続く道が見渡せる、小高い丘の上で野営の準備をする。
穴を掘り、その上にテントを張ると上に掘った土や落ち葉を被せて、周囲に紛れるようにカモフラージュする。
そのまま一晩過ごし、朝日が昇りだした頃、遥か先に蠢くいくつかの黒い点が見え始める。
(あれか。
マキーナ、右目の視力を上げられるか?)
だいぶ前の異世界で、右目を激しく損傷するダメージを受けたことがある。
その時マキーナに修復してもらったのだが、それ以降マキーナの能力の一部が、通常モードに変身しなくても俺の目を通して使用出来るようになっていた。
<倍率を最大まで上げます。
長時間の使用は脳に負担がかかりますのでご注意を。>
マキーナの言葉の後に、俺の右目で見る風景が急激に拡大されていく。
流石に両目の視界のアンバランスさを感じ、思わず左目を閉じる。
右目だけになった視界はぐんぐんと奥をズームアップしていき、先ほどまで黒い点だったモノが噂のエルフの使節団一行だとわかる。
<エルフ族としては、珍しいですね。>
マキーナと同じ感想を、全く同じタイミングで俺も思っていた。
美形だ。
革鎧、或いは木製の軽鎧を身につけている者ばかりで、ローブのような物を着てはいるが皆フードを被らずに顔を出しており、ハッキリと見る事が出来た。
そしてその顔立ちが、いわゆる元の世界で漫画やアニメで見たような、そして他のファンタジー感の強い異世界で見たのと同様に、男女共に美形ばかりなのだ。
(確かに、よく見る美形エルフばかりだな。
やっぱりあれか、あの街にいるのがその、いわゆるブサ系の奴等ばかりで、本来のエルフの土地にいるのはあぁいう美形ばかりなのかね?)
<つまりは人間族の街にいるのは“容姿の問題から追い出されたエルフ族”という事ですか?
それは少し考えづらいと思われますね。>
少しずつ、使節団は街へと向かう。
俺とマキーナはアレコレと推測するが結局答えは出ない。
あまりに推測が白熱しすぎて一瞬こちらを注視されたりもしたが、とりあえずは無事に見つかる事なく観測を終える事が出来た。
通り過ぎて街に入っていくのを見届け、手早くテントを片付ける。
(さて、それじゃ街に戻ってお祭り騒ぎに便乗しつつ、城の警戒態勢を確認しますか。)
こういう時、城の裏手は警備が薄かったりするモノだが、これは空振りに終わった。
警備に穴があって俺が隙をつけるような事もなく、いわゆる普通の警戒態勢が敷かれており、正直手出ししたくない。
<やはり警戒態勢には盲点が確認出来ませんね。
今回は指をくわえて見ているくらいしか出来なさそうですよ?>
「解ってるけど、言い方ってあるやん?
最近マキーナはんもキッツいわぁ。」
暗くなっても仕方ないと、適当な返事を返したがマキーナはただ沈黙するだけだ。
いや、こういう時沈黙されるのが一番キツいんスけどマキーナさん。
<アホな事はしなくて良いです。
それよりも、これからどうされるおつもりですか?
恐らくは使節団もしばらくは王城から出てこないと思いますが?>
そうなんだよなぁ、と思いを巡らせていると、城に近い方の民衆から歓声が聞こえてくる。
“もう使節団が出てきたのか?”と疑問に思いながらそちらを見ると、本当にエルフの使節団がここの国王と共に城のバルコニーに現れたのが見えた。
「……?
何か、変じゃねぇか?」
違和感を感じる。
<勢大、右目の視力を強化します。
アレを見てください。>
マキーナが慌てたように、俺の右目の機能を使う。
“何だ?”と思いながらも、俺は右目で拡大された使節団を凝視する。
そして、その顔を見て俺は驚愕する。
使節団のエルフ達は、この国にいるエルフ同様、全員不細工な顔立ちになっていたのだ。




